有名になる目
俺と言う存在を必要としている人間は、この世に何人いるのだろうか。
最近、そんな事ばかり考えている。
家族に勘当され、友達も出来ず、学校の先生にも好かれず、恋人も出来た試しがない。
年齢関係無く、俺を必要とする人間が、一向に現れない。
自分なりに挑戦はしている。
しかしそれでも、皆俺を頼らず、避けている。
特に不足している所は無いはずなのに、どうしてなのだろうか。
こうやって周りから避けられると、段々と生きるモチベーションすら保てなくなってくる。
俺はこの世界には不必要な存在なのだろうか。
取り敢えず、生きよう、どれだけ辛くても。
樹海にやって来た。
やはり、俺はこの世界から消えた方が良さそうだ。
何時まで経っても必要とされないのは変わらなかった。
このまま俺が生きていても、周りも、俺自身も、誰も何も得をしない。
この緑豊かな樹海の真ん中で、静かに命を絶とう。
俺はロープで輪を作り、樹木に括り付け、折り畳み式の小さな机を展開して設置した。
後は机に乗ってロープの輪に首を通して机を蹴れば死ねる。
これでやっと生き地獄から抜け出せる。
机に乗り、ロープの輪を首に通した。
その時だった。
「やめて……死なないで」
突然後ろから女性の声がした。
俺は首からロープの輪を外し、振り向いた。
そこには俺が持っているものと同じ位の大きさの鞄を持ち、白いワンピースに身を包んでいる、二十代前半位のボブヘアーの女性がいた。
足音も気配もせず、まるで突然そこに現れたかのように思えた。
「降りて……お願いだから……」
思わぬ邪魔が入った。
このまま首を吊ったとしても、多分この人に助けられる。
俺は乗っていた机から降りた。
すると彼女はこちらに近づいて来た。
「お願いだから……命粗末にしないで……」
「……申し訳ありません、貴方に俺の気持ちなんか分かりっこありません」
そう言って逃げようとした時だった。
女性が突然俺の胸ぐらを掴んで来た。
「教えて! どうして死のうと思ったのか! 教えて!」
俺はその圧に負け、全てを話した。
「だから……俺はこの世界には必要無いんです」
「世界……ここ以外の他の国行った事あるの?」
「……いいえまだ」
「行った事ないのに……世界からは必要無いなんて言っちゃうんだ……確かに、君の何かが悪いのかもしれない、でも、それに気が付いていないだけじゃない? その悪い所に気が付いて、直したら良いんじゃない?」
そんな事、とっくにやっている……って言おうとしたのだが、俺は言えなかった。
もしかしたら、本当にまだ気が付いていないだけかもしれない。
そう思うと、涙が零れ始めた。
「君は……一人で決め付け過ぎ……もっと……視野を広げなさい……」
俺は喋る気が起きず、首を一回だけ縦に振った。
「少し深呼吸してみようか、ここは緑豊かな樹海だし、きっと空気が美味しいよ」
俺はその場で数回深呼吸をした。
数を重ねれば重ねるほど、涙が溢れ出た。
暫くして、ようやく涙が止まった。
「落ち着いた?」
「……はい」
「うん……じゃあ……この樹海から……直ぐに出ようか……」
「……はい」
「私が樹海の外まで付き添うから」
「……ありがとう」
樹木からロープを外し、机を折り畳み、鞄にしまい、二人で樹海の外を目指して歩き始めた。
俺と言う存在が必要無いかどうかなんて、まだ分からない。
例え直ぐには気づけなくても、いつか必ず。
女性と樹海の外を目指して歩いていると、ふと女性がここに来た目的が気になった。
「貴方は……どうしてここに?」
「ん? んー……目的は無い……ただ来てみたかっただけ……」
「そうですか……あ、なら、その大きな鞄は一体?」
「……え?」
「あ、す、すみません! 突然変な事聞いて……でも……やっぱり気になっちゃって……俺が持っている鞄と同じ位の大きさの鞄で……え?」
そこで俺は突然気が付いた。
「ん? どうした?」
「もしかして……その鞄の中身……俺の鞄の中身と同じだったりしませんか?」
「……鋭いね」
出来れば当たって欲しく無かった勘が当たってしまった。
「教えて下さい……どうして死のうと思ったのか……俺は貴方にそう言われて話しました……」
俺はこの人に助けられた。
今度は俺がこの人を助ける番だ。
「これから言う事……信じてくれる?」
「はい」
「何もかも全部……信じてくれる?」
「はい、何もかも全部」
「君……有名人って知ってる?」
「はい、知ってます」
「なんで……有名とか……無名とかって言葉があると思う?」
「え? いや……突然言われても……」
「実はね……この有名とか無名とかって言葉を作ったの……私の先祖なの……」
「……はい?」
「そうなるよね……でもね……本当なの……」
「……」
「聞いた話だけど……私の先祖は……右目にある能力を持っていたらしくて……その右目で、血の繋がりが無い人の両目を片方ずつ見つめると……その人は……有名になったらしいの……」
「……うん……それで?」
「それで……私の先祖によって……多くの人達に名が知られる人が出来て……有名とか……無名とかって言葉が出来たの……」
「……うん」
「で……その右目の能力は……血の繋がりがある人全員に遺伝するらしくて……私にも……」
「右目の眼帯をしてるのって……その為だったんだ……」
「うん……むやみやたらに有名人を増やす訳にはいかないから……」
「どうして?」
「……この右目の能力は……人を有名にする能力……人気にする能力じゃない」
「……どういう事?」
「右目の能力を使ったからと言って……必ずしも好印象の有名人になる訳じゃないの……」
「つまり……」
「悪印象の有名人になる可能性もあるって事なの」
「……なるほど」
俺は彼女が死のうとした理由に察しがついた。
「能力を使うと……使われた人が青色か赤色に輝くの……使った人の右目でしか見えないけどね……赤色に輝くと好印象……青色に輝くと悪印象の有名人になるの……」
「……ほう」
「私……まだ赤く輝いたこと……三回しか無いの……一週間前……眼帯付け忘れて……私の好きな人の目を見ちゃって……青色に輝いて……ニュースになってる猟奇殺人鬼になっちゃって……昨日……逮捕されちゃった……」
「……そうだったのか」
「右目を切り裂こうと思った事もあった……でも……怖くて出来なくて……私……もうこの能力嫌……」
彼女は涙を流していた。
俺は彼女に優しく抱き付いた。
「俺には……貴方の気持ちが分かりません……自分の右目で見た人が有名になるなんて能力……俺にはありませんから……でも……俺は貴方に生きて欲しいと思っています……俺が……貴方を支えます……ですからどうか……」
「……ありがとう」
「ゆっくり……深呼吸しましょう……」
「……うん」
私とあの人が結婚してから、暫くが経った。
今日、眼帯を付け忘れて、右目であの人の両目を見た。
人生で四回目になる赤色の輝きを見た。
とても美しかった。




