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最弱騎士の錬金術ご飯  作者: 港瀬つかさ


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8/8

8:柔らかお肉のサクサクカツ丼 後編


 鍛錬としてトンカツを作り続けて一週間。ハイレートは、ついにカツ丼に挑戦することになった。

 なお、当人としてはもう少しカツ丼を作るまでに修練を積みたかったのだが、食いしん坊二人が「もうそろそろ、トンカツからカツ丼に取り掛かってもいいのではないか?」というような態度に出たからだ。

 どうやらトンカツのお味が気に入ったらしく、この味ならばカツ丼も期待できるという風に思いが高まってしまったらしい。そんなわけで、失敗しても知らないからなという前置きのもと、ハイレートは本日カツ丼作りに取り掛かることにしたのだ。

 なお、今日もやはり休日である。

 何故せっかくの休日にこんなことを行っているかといえば、ウィレルとレックがハイレートの休日と自分たちの休日を合わせてきたからだ。心置きなく食べるなら今日しかないという風に外堀を埋められてしまったわけである。全くもって自由な食いしん坊二人である。

 まあ、悪いことばかりではない。ハイレートは食事に興味がないわけではないが、そこまで情熱的になる方ではない。なので、食いしん坊二人があれを食べたい、これを食べたいとリクエストを持ってくることで、修練が捗るというのも事実ではあるのだ。

 そんなわけで本日のハイレートは、日々錬金術の鍛錬をしている食堂の片隅で、錬金釜と向き合っていた。

 トンカツを作る際に使ったのは、豚肉とパン粉と油という実にシンプルな材料だけだった。調味料がいらないのは、錬金術で料理を作る際の特徴だ。味付けや工程を魔力で補うからである。そして、今日はカツ丼であるので、ここに卵と米が追加される。

 使う米は、この辺りで良く使われている細い米ではなく、やや丸みのある楕円形のものだ。そちらの方が味がカツ丼にしたときに美味しいらしい。まあ料理によって食材を変えるのは、ハイレートたちにとっても馴染みのあることなのでそういうものかという風になっている。

 実際、お店でも使い方によって米を変えているところは多い。普段ハイレートたちが食べているのはパエリアなどに使われる細長い米だが、今日使うのは食感がふっくらもっちりとするタイプの米らしい。

 まあ何分、そういった知識はすべて教本に書かれているものなので、何が正しくて、何が間違っているのかはわからないままだが。……というか、やはり何度考えても、錬金術の教本がレシピ本な当たりが色々とアレである。ハイレートも最近はもう色々と諦めたが。


「とりあえず先に言っておくが、失敗しても文句は言うなよ」

「大丈夫だ。よっぽど、消し炭とかじゃなかったら食べる」

「ええ。食べ物を粗末にはいたしませんよ」


 満面の笑みで答えるウィレルとレック。何でこの二人はこんなにも息が合っているんだろうと思いつつ、ハイレートは材料を錬金釜へと入れる。トンカツのときには全ての材料を一度に入れてよかったが、カツ丼を作る際には工程を踏む必要があるらしく、食材を入れる順番が決まっている。

 ただ最初は、トンカツを作るのと同じ工程で良いらしく、そこは少し助かった。豚肉、パン粉、油を入れ、魔力を注ぎながら良く混ぜる。最初は固形物だったものが、魔力を受けて液体へ変わり、乳白色へと変わる。

 以前はこの後に手応えが変わったことを感じて、一気に魔力を注いでトンカツを仕上げたのだが、今日はここに次の作業が入る。

 手応えが変わったと思った瞬間にハイレートは、そこへ米を投入した。乳白色の液体の中にパラパラと白い米が舞い落ちる。それをぐるぐると混ぜると、米がゆっくりと溶けて中の液体と混ざり合う。それが魔力を注ぐ棒を通じて、ハイレートに手応えとして伝わる。同時に棒が重くなり、魔力の通りが悪くなる。思わずハイレートは低く呻いた。

 やはり、難易度が段違いだ。魔力の通りやすさ、必要とされる量がトンカツを作るときとは全然違う。しかしここの作業を失敗してしまっては、ご飯が美味しく炊き上がらない。そうなれば、カツ丼の美味しさは半減どころではなくなるだろう。

 どうせ作るならば美味しく作りたい。そう思いながら、ハイレートは歯を食いしばって錬金釜の中身をかき混ぜる。注ぐ魔力は強すぎても弱すぎてもいけない。柔らかく、ふっくらもっちりとした食感に米を炊き上げるためには、繊細な魔力調整が必要なのだ。それと同時に、作業を手早く行わなければならない。無為に時間をかければそれだけ仕上がりが不味くなるのだ。錬金術はなかなかに奥が深い。

 鍋の中身を目で確認し、手応えで確認し、教本に書かれている通り、ハイレートは慎重に魔力を注いでかき混ぜる。やがて鍋の中の食材が魔力ときちんと混ざったのか、手応えがふっと軽くなる瞬間があった。だが、ここで終わりではない。

 今がタイミングだと理解して、ハイレートは錬金釜に卵を放り込んだ。卵を入れてからのこの最後の仕上げに、全てがかかっていた。

 カツ丼という料理を、ハイレートは食べたことがない。だが、教本に書かれた説明文を見ると、サクサクに揚げたトンカツを、出汁と柔らかな卵で包み込むようにして卵とじにして、ふっくらと炊き上げたご飯の上にのせるものと書いてあった。すなわち、今入れたこの卵がトンカツを包み込み、出汁の旨味を伝える柔らかな卵でなければいけないのだ。ここが重要だ。

 卵料理というのは、そもそも普通に作ったとしても火加減一つで食感や味わいが大きく変わってしまう。端的に言えば、目玉焼き一つとっても半熟と固焼きでは全く別の料理のように思えてしまう。この卵とじ部分もそれに該当するような難易度の高さがあった。

 普段作っているものよりも難易度の高い料理を作ることにより大幅に消耗した魔力をかき集め、途切れそうになる集中力を必死に維持しながらハイレートは錬金釜の中身を混ぜる。ここが踏ん張りどころである。どうせ作るならば美味しいものを作りたいのだ。用意された材料を無駄にするのも嫌であるし、食べたいと言ってくれた友人たちに不味いものを食べさせるのも気が引ける。

 そして何より、生真面目な彼の性格が、これを鍛錬の一つと捉えていた。一つ、また一つ新しい料理が作れるようになれば、それはハイレートが錬金術の腕前を上げているということに他ならないのだ。作っているのがたとえ料理であっても、これは紛れもない修業なのである。

 そんな気持ちを込めて、錬金釜の中身を一際大きくぐるりと混ぜる。注ぎ込む魔力の強さも教本に書かれていた通り、強すぎず弱すぎず、優しく全体を包み込むように心がける。なけなしの魔力が吸い取られるような感覚を味わいながら、ハイレートは歯を食いしばって魔力を注ぎ続けた。

 しばらくして、ピカッと錬金釜が光った。そっと中を覗き込めば、そこには錬金釜の中いっぱいにカツ丼が出来上がっていた。オムレツなどの単一の料理と違い、どうやらこういった丼物という形状の場合は、釜の中一面に料理が出来上がるらしい。

 かき混ぜていた棒をすっと持ち上げると、ハイレートは錬金釜の中を見てぽつりとつぶやいた。

 

「これ、盛り付けるときに形が崩れそうじゃないか……?」


 固形物ではあるものの、すでに錬金釜の中でカツ丼という形状が出来上がってしまっている。盛り付けるときにそっと器に入れなければ、この美しいバランスが壊れてしまいそうだった。

 とはいえ、料理が完成したのは事実である。錬金釜の中身の状態に関しては、こういうものらしいと思うことにしたハイレートである。逆に、材料を入れてもいないのに、器に入ったカツ丼ができたとしたら、それはそれで色々とおかしいと思うことにしたのだ。


「女将さん、これを盛り付ける場合って、どうやったらうまくいきますかね?」

「ん? あぁ、端の方からすくって、こう滑らすようにして器に入れな。そうしたらひっくり返らずにうまいこと盛れると思うよ」

「なるほど。ありがとうございます」


 流石は騎士団の食堂を切り盛りする熟練の女将さんである。料理ど素人のハイレートにはわからない上手な盛り付け方もご存じだった。その指示を受けて、ハイレートはせっせと錬金釜の中身を器に盛り付ける。

 大きめの深皿に、目安はトンカツが豚肉一枚分というぐらいの範囲のものにしている。そっと切り込みを入れてすくい上げ、横から滑らせるようにして盛り付ければ、白いご飯の上に黄色の卵に包まれた、ほかほかのトンカツののったカツ丼の完成である。

 なお、何故か入れた覚えのない緑の葉っぱがちらほらと散っているのだが、彩り担当、つまりは飾り付け用の葉っぱらしい。そんなもの材料になかったよなと思うハイレートであるが、どうやら調味料と同じくハイレートの魔力を使って生み出されたらしい。恐るべし、錬金術。

 本来ならばここでハイレートが試食といくべきなのだが、完成したカツ丼を今か今かと待ちわびている食いしん坊二人の目線が実に痛い。まあ、見た目も匂いも美味しくできているような気がするので、ハイレートは細かいことを考えず盛り付けたカツ丼をそっとウィレルとレックの前へと差し出した。

 

「食べていいのか?」

「よろしいんでしょうか?」

「とりあえず完成はしたから好きに食べてくれ。言っておくが、不味いとか、出来がいまいちという文句は受け付けないからな。どう考えても、今の俺でそれらしい形にカツ丼が仕上がっているのが奇跡なんだから」


 友人たちの文句を封じるように、ハイレートは先手必勝とばかりにそんなことを告げる。しかし食いしん坊二人は、ハイレートの話を半分ほど聞き流していた。彼らの意識は、目の前の出来たてのカツ丼に向かっているのだ。

 スプーンを片手に、いただきますと満面の笑みを浮かべて食べ始める。そしてそのまま、幸せそうにカツ丼を頰張っている。そんな二人の姿に、何一つ聞いていなかったと盛大にため息をつくハイレート。その肩を、女将さんがポンポンと叩いてくれる。あんたも大変だねと言いだけだ。

 そんな女将さんに、ハイレートは出来上がったばかりのカツ丼をそっとし出した。こちら、四分の一ほど盛りのカツ丼である。味見用ということで、一人前を小分けにして盛り付けてあるのだ。ハイレートと女将さん、そして興味津々で見ている料理人たちで分け合う形だ。

 食いしん坊のレックとウィレルは胃袋が人より大きいのか一人前をペロリと平らげたところで、食事に影響はないだろうが、ハイレートたちはそうもいかないのだ。本来の食事もしているのに、間食としてカツ丼を食べられるほど胃袋は大きくないのだ。

 もりもりとカツ丼を食べている二人を横目に、ハイレートもカツ丼を一口食べる。最初に感じるのは、トンカツのジューシーさだ。玉子とじにしているのだが、サクサクとした部分も残っていて、出汁を吸った柔らかな部分との対比が何とも言えない。そして、そのしっかりとした味を受け止める白米の優しい甘味が何とも言えない。

 普段食べている米とはまた違う、水分多めでふっくら柔らかなご飯が全てを受け止める土台として仕事をしている。トンカツだけでも美味しいが、玉子とじにしたカツ丼はまた別の料理として更に美味しいというのが良く分かる。

 何度も練習をした甲斐あって、トンカツはとても美味しく出来ている。それ単品だけなら、きっと店で出しても大丈夫だと言われる程度には仕上がっていただろう。ただ、今回作ったのはカツ丼だったので、それ以外の部分ではまだ不出来なところがあった。

 味は悪くない。むしろ初めて作ったにしては美味しく出来ている。ただ、ご飯の炊き加減も場所によって少し食感にばらつきがあるし、玉子とじに関しても同様だ。本来なら全体に満遍なくふんわりとした玉子がくっ付いているべきなのだが、火が通り過ぎて固くなった部分もちらほらある。

 周囲は美味しいと言いながらカツ丼を食べてくれているが、ハイレートは真剣な顔で初めて作ったカツ丼を食べている。食べながら、味だけでなく出来映えも分析しているのだ。


「やっぱり、今の俺の魔力量だとこれが限界か……。いや、足りてないのは制御の方か……?」


 ぶつぶつと呟くハイレート。あまりにも真面目すぎるその姿に、もぐもぐとカツ丼を頰張っていたウィレルが傍らのレックを見た。レックも同じようにウィレルを見ていた。


「あいつ、細かいところまで気にしすぎだと思わないか?」

「思いますねぇ……。十分美味しいんですが……」

「そりゃ、鍛錬になるって巻き込んだのは俺たちだが……」

「真面目ですよね」

「真面目過ぎるよなぁ」


 目の前の美味しいカツ丼に満足している二人は、更に上を目指そうとしているハイレートの姿にやれやれと肩をすくめる。彼らにとっては美味しいご飯を作って貰っただけだが、ハイレートにとっては修業の一つだ。それを分かっていても、もう少し肩の力を抜いたら良いのにと思った二人なわけだ。

 しかし、これもまたハイレートらしさということなのかもしれない。多分、教本がこのレシピ本しかないので、料理を作ることを騎士団での鍛錬と同じように考えているのだ。休日に友人たちに強請られて作っているだけだというのに、真面目過ぎる。

 あまり考えすぎるなと言ってもハイレートには意味がないと知っているウィレルは、別の言葉を友人に投げかけた。


「ハイレート、カツ丼美味いぞ」

「え?」

「トンカツが上達してるのは知ってたけど、このカツ丼もすげぇ美味い。ありがとうな」

「……いや、美味しかったなら良かったよ。でもやっぱり、今の俺には難易度が高かったぞ」

「分かった。次からは難易度も考慮して作って貰う料理を選ぶな」

「何でそうなるんだ、お前は……」


 大真面目な顔で言い放ったウィレルに、ハイレートはがっくりと肩を落とした。違う、そうじゃないと言いたかったのだろう。しかし、これはウィレルの本心である。ハイレートへの感謝と、彼に負担をかけすぎないようにという配慮なのだ。

 ただ、何で食べたいものを作って貰うのが前提なんだと言いたくなるハイレートである。果たしてこれが友人なりの優しさなのか、それとも単純にまだまだ食べたい料理があるだけの食いしん坊の欲求なのか、判断が出来ない。どっちもかもしれないが。

 そんなやりとりをしている二人の傍らでは、レックが美味しそうにカツ丼を味わって食べていた。細身の文官のくせに一人前のカツ丼を(間食枠だというのに)平然と平らげていくレックは、胃袋だけなら騎士団員たちにも引けを取らないのかもしれない。





 休日返上でカツ丼作りを頑張ったハイレート。良い点と言えば、難易度の高い料理に挑戦した結果、魔力量や制御力が少し上達したことかもしれません。日々これ鍛錬、ということでありましょう。多分。

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