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最弱騎士の錬金術ご飯  作者: 港瀬つかさ


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6/8

6:柔らかお肉のサクサクカツ丼 前編

 ひょんなことから錬金術の才能があることを知ったハイレートの日常は、ひたすらに鍛錬として料理を作ることになっていた。食堂に出勤するのも随分と慣れてきた。技量の方は相変わらず初心者から少し進んだ程度だが、実に充実した日々を過ごしている。

 ただ、最初の頃こそ休日にも自主練と称してごそごそやっていたのだが、今はそれを控えている。根が生真面目なので、ついつい根を詰めすぎてしまうのだ。食堂を預かる主、女将さんによって「休むときはちゃんと休みな!」と言い渡されてしまったのだ。

 そう、だから今日は、ハイレートは休日をまったりと過ごすつもりだった。

 日々、錬金術の鍛錬に勤しんでいるおかげで、魔力の消耗も激しい。魔力は使えば使うほど強くなるというか、正確には全体量に対して消耗した分だけ増加する。総量は徐々に増えているのだが、回復させるには休む日も必要だ。その辺りは体力と同じだろう。

 しかしその考えは、空しく崩れ去ろうとしていた。……目の前の、休日の朝から人の部屋に押し掛けてきた人物()によって。

 穏やかな休日は終わった。悲しい現実をハイレートは理解しなければいけなかった。そもそも、一人だけなら適当にあしらって終わらせることが出来たのに、何故二人で来ているのか。いつの間にそんなに仲良くなったんだとツッコミを入れたいハイレートだった。

 

「ハイレート、これ、これ作ってくれ!」

「説明文からすでに美味しいと判明しているのですが、やはり実食が必要であろうという話になりまして」

「…………」

「安心しろ。材料はレックが用意してくれた!」

「ウィレルさんが厨房に運んでくださって助かりました」

「……とりあえず、落ち着いてくれ」

「「……?」」


 何が? と言いたげに小首を傾げる二人、同僚騎士のウィレルと何くれと仕事で関わることになっている書記官のレックを見て、ハイレートはため息をついた。何でこの二人がここにいるんだと思ったが、多分何を言っても通じないだろうことは、わかっていた。

 この二人は、いわゆる食いしん坊属性というものだった。ハイレートが作る錬金術ご飯に興味津々で、アレを食べたい、コレを食べたいと言い出すコンビになってしまっているのだ。

 本来、ウィレルとレックに関わりはない。しかし、レックがハイレートの錬金術ご飯目当てに騎士団の食堂に入り浸るようになって、何故か意気投合してしまった。今では、二人揃ってハイレートよりも教本に載っている料理を把握している始末である。何でだ。

 錬金術の教本を見て、そこに書かれている料理が食べたいと思ってしまった二人。そんな彼らは、ハイレートが休日でゆっくりしていることなどお構いなしに、元気よく突撃してきたのである。 錬金術で作った食事は、錬金術が使えるハイレートにしか用意出来ない。彼らが食べたいと思ってもハイレートに作ってもらうしかないからだ。

 一応は、必要な材料をあらかじめ自分たちで用意してくるという程度の配慮をしている。しかし、やはり彼らは、今日ハイレートが休日であるという事実に関しては、全くもって気にしてないようであった。

 彼らに何を言っても無駄だと理解しているハイレートは、大きくため息をつきながら二人が手にした教本に手を伸ばした。ここだと二人が示している、そのページを見る。そこに書かれている料理名はカツ丼となっていた。

 カツ丼。 豚肉に衣を付けて揚げて玉ねぎと共に煮込み卵とじにしたものを、白いご飯の上にのせる料理である。 記されている文言はそれなのだが、生憎とハイレートは食べたことがない。大騒ぎしている二人も食べたことはないが、絵や説明文から美味しそうだと思ったのだろう。 食べてみたいという気持ちが爆発したらしい。

 そこまではまあ、一応理解した。納得はちっともしていないが理解はしている。しかし理解したとて、ハイレートには二人に言わねばならぬことがあった。


「なぁ、これ、今まで作ってきたのに比べて難易度が高いんだが」


 実に切実な告白である。ハイレートは錬金術の才能があるということがわかって、日々真面目に鍛錬に励んでいる。励んではいるがほぼ独学である。

 教本だけは辛うじて与えられているが、魔力操作の方法も錬金術での魔力の使い方も手探り状態だ。何せ、手本となる師匠はいないのだ。それゆえ初歩中の初歩とも言える料理をこつこつこつこつ作ることで、日々レベルアップを図っている。

 ハイレートの言葉を聞いた二人は、ぱちくりと瞬きを繰り返す。何を言われているのか、一瞬分からなかったらしい。しかし、少し考えてハイレートの言わんとしていることをきちんと理解してくれた。

 した上で、ウィレルはにぱっ笑った。


「大丈夫だ。 仮に失敗したとしても全部食べる」

「そういうことを言ってるわけじゃない」

「安心してください。材料はたくさん持ってきましたよ」

「そういうことでもないです、レック書記官」


 ツッコミが全く通じないことに、ハイレートは大きなため息をついた。とはいえ、ため息をついたところで現実は変わらない。目の前の食いしん坊二人は、多分ハイレートが何を言っても退かないだろう。目をキラキラと輝かせて、さあ、この美味しそうな料理を作ってくれと言わんばかりである。

 子供か? と思わず口をついて出た言葉は、目の前で教本に記載された料理を見て盛り上がる二人には届いていなかった。せめて届いてくれと思うが、届いてもやっぱり彼を待ち受ける未来は何も変わらないのだろう。

 そう、ハイレートは分かっていた。この二人からは逃げ切れない。一対一ならまだしも、二対一になっている状態では勝ち目はどこにもないのである。「さらば平穏な休日」と心の中でつぶやいて、ハイレートは諦めを多分に含んだまま二人から教本を取り上げて部屋を出る準備を整えた。

 言葉にはせずとも、その行動でハイレートがカツ丼を作ってくれると理解したのだろう。二人は嬉しそうにハイレートの側へとやってくる。しかし彼らは、 部屋を出て食堂へ向かうハイレートの背中が、妙に哀愁漂う状態であることには全く気づいていない。

 ご機嫌な二人を連れて、どんよりしたまま食堂への道を歩くハイレート。すれ違う同僚たちは「あいつも大変だな」と言いたげな生ぬるい眼差しを向けるのだった。




 そして、早く作ってくれと言わんばかりの食いしん坊二人を連れて、ハイレートは食堂へとやってきた。馴染みの料理人たちは、「何しに来たんだ……?」みたいな顔をしている。

 無理もない。彼らは今日のハイレートが休日なのを知っているし、根を詰めすぎないように休日はちゃんと休むべきだと思っているのだ。

 しかし同時に、ハイレートに続いて食堂に姿を現したウィレルとレックを見て、すべてを理解したと言いたげな悟り顔になった。食いしん坊に捕まったんだな、と察してしまったのだ。そうやって理解される程度には、そろそろ日常になりつつある彼らの関係性だった。

 食堂にたどり着いてハイレートが一番にしたことは、ウィルとレックの二人が用意したと言っていた食材の確認である。教本を片手に用意されている材料がきちんと揃っているかの確認だ。

 そんなハイレートに向けて、「さあ見てくれ、ここにあるぞ」と言わんばかりに顔を輝かせるウィル。「きちんと全部揃えましたよ」と言いたげに柔らかく微笑んでいるレック。

 どちらも慈愛に満ちた笑顔を浮かべているように見えるが、その実はただの腹ペコだ。キラキラと輝く瞳が、「これでご飯作ってくれるよね」という期待を込めたものになっている。とてもわかりやすい二人だ。ハイレートの休日はやはり、完全に忘れ去られている。世知辛い。

 用意されている食材は豚肉、小麦粉、卵、玉ねぎ、米、油、これだけである。普通に料理としてカツ丼を作るならば、ここに調味料が必要になるのだろうが、そこは錬金術で作るご飯である。必要な材料は、ある意味で最低限で終わる。

 特に調味料に関しては術者の魔力の注ぎ方、注ぐときの魔力の強さ、混ぜ方など諸々の条件によって変化し、それが味付けになるらしい。つまりは同じレシピで作っても、魔力の注ぎ方が違う等となれば、味付けが変わるらしい。

 まあその辺りは実際の料理と変わらないだろう。同じ材料、同じ手順で作っても熟練者と素人ではやはり味の深みが異なる。こればかりはやはり、鍛錬が必要というしかないだろう。

 とりあえず材料が揃っていることは確認できた。次いでハイレートは教本に書かれている手順を確認する。確認して、「やはりこれは難易度が高いのではないか?」と少しばかり思った。

  カツ丼という料理を作るためには、まずトンカツを作る。次に、それを玉ねぎと共に卵とじにする。そして最後に米を炊く。この三つの工程が必要になるのだ。早い話が、一度の錬金で、三つの料理を作ることになる。

 それはつまり、それだけの集中力と魔力が必要になるということだ。満足に作れるのはオムレツと食パンだけな初心者から抜け出せていないハイレートには、どう考えても難易度が高かった。

 自然と、ハイレートの表情も渋くなる。材料が足りなかったのだろうか、何か不備があったのだろうかと言いたげに視線を向けるウィレルとレック。そんな食いしん坊二人に、ハイレートはため息を吐いて事情を説明した。


「材料は揃ってるが、やはりこのカツ丼という料理は俺には難易度が高すぎる」

「そんなにか?」

「簡単に言うと、一度の錬金で三つの料理を作る必要があるんだ。作ったこともない以上、集中力も魔力も保たない。確実に失敗する」


 そんなことを自信満々に言いたくはなかったが、ハイレートは己を知っている。客観的に己を判断できるのは、彼の長所である。

 そして、レックはともかく、付き合いの長いウィレルはそんなハイレートを知っている。彼が無理だと言うのならば、無理なのだろう。少なくとも、今の彼には。

 そこまで理解したウィレルは、少し考え込んでからぱぁっと顔を輝かせた。名案を思いついたと言いたげに。


「それならハイレート、まずはトンカツを作る練習をしたらどうだ?」

「……は?」

「教本を確認してみたら、トンカツだけを作る方法も載ってたし、カツ丼で一番難しいのはトンカツを作る部分だって書いてある。だから、まずはトンカツを練習すれば良い!」


 それなら料理は一つなのだから、難易度は下がるのではないか。満面の笑みを向けてくるウィレルに、ハイレートは微妙な顔になった。何があってもカツ丼を作らせたいんだな、と感じて。

 しかし、そんなウィレルに同調する存在がいた。レックである。


「そうですね。段階を踏んで修練を積むというのは良いことだと思います。ちょうどここに、トンカツの材料はありますし」

「トンカツが出来たら、食堂でパンやご飯をもらえば良いからな!」

「その通りですね、ウィレルさん」

「なー!」

「……俺がトンカツを作るのは決定事項なんだな……?」


 楽しそうに盛り上がる二人を見ながら、ハイレートはがっくりと肩を落とした。やはり、平穏な休日はどこかにすっ飛んでしまったらしい。頑張ってほしい。

 

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