2
世界一の国にある。
世界一の騎士団。
騎士団員を目指す見習い騎士たちの育成にこれまた世界一力を入れている、ファリス騎士養成学校。
七歳~十六歳までの青少年を寮に住まわせ、朝や夕なと文武ともに鍛えている、おそろしい・・・・・・いや、生真面目な学校だ。
その教室で、ニトリ先生こと通称ニワトリが、自分の演説に酔いしれた心地で授業をしていた。
「えー、いいですか? えー、世界は六年前まで、えー、五百年戦争と言う戦乱の世が続いていました。えー、すべての国を巻きこんだ。えー、おそろしい戦争です。えー、ごっほん。この戦争に終止符を打ったのが。えー、みなさんもよく知っていますね。我が国がほこるファリス聖騎士団のカルロス・ファッジ大将。ランデュ・オルバース中将。ロンファ・ハングレッド少将の三英雄です 」
間が空いて、ニワトリの目が忙しなく動く。
「えー、三英雄と、えー戦場の騎士達の活躍により。えー、ファリス国は世界の頂点に立つ王都となりました。えー、みなさんが平和に暮らしていけるのも。えー、他ならぬ三英雄のおかげです。えー、それを深く心にとどめ。えー、感謝して生活するように 」
ぼくは眠気ですっかり重たくなってしまったまぶたをこじあけながら、「これ、なんの授業でしたっけ? 」と小声でたずねた。
「歴史の授業 」
と、となりの席のトイが早口で答えた。
「おい、ルーク。また余計なこと言うなよ。目をつけられても知らないぞ」
後ろの席から忠告が飛ぶ。
ぼくは背中に腕を回し、了解の意をこめて親指を立てた。
わかってる。一週間前、授業の要領の悪さと改善策を羊皮紙にまとめて提出したのに、大目玉を食らったから。
同期からは「そりゃあ怒られる 」と呆れられ、「勇者だなぁ 」と褒められもしたけど。
でもそれくらいうんざりしてるんだって。と言うか飽きる。
三英雄とやらは、貴重な授業の一ヶ月分をつぎこむほど、感謝しなければならない人物なのだから、イヤになるでしょう。
ぼくは黒板に立てかけられた三英雄たちの肖像画をマジマジと見た。
ここのところ毎日見てるんだけど、改めて拝んでみて、やった。
--剣を振り回す姿なんて、想像がつかないくらい小柄で痩せたおじいちゃんがひとり。
顔中が髭だらけで、前髪もながいせいか目が全く見えない。
--ぼくよりいくらか年上に見える男の子がひとり。
髪が鎖骨まである金の髪で、空色の目が印象的で優しい。彼も戦場を駆け抜けた騎士には見えない。
--最後は黒髪黒目の眼光の鋭い男だ。
騎士というより、傭兵あがりの剣士が似合いそうだ。絵画で表現された瞳はつまらなそうにこちらをにらんでいる。
印象に残る顔ぶれではあるけれど、目を伏せたら感謝する前に名前は忘れる。確実に。
こっそりため息をつくと、突然真横の席から「せんせぇー!! 」と威勢の良い声が飛んできた。
ああ、またユウリだなと思い、横目に彼をながめた。
中途半端に伸びた髪を後ろでまとめてしばっているけれど、剛毛なせいか、まとまりがいまひとつ。顔はいかにも悪ガキだった。
ユウリはイスを蹴飛ばし、関節が外れそうなほどまっすぐ挙手をしている。
「五百年戦争ってさぁ。すべての国が参戦したっていうけど、そこの国は参加してないんですよね。ほら!アグダスの森の中にある国」
「んん? アグダスの森ぃ?」
ニワトリがめんどくさそうにオウム返しする。
ユウリは「そこそこ!」と教室の壁に貼られている世界地図を指さした。
世界地図の北西のすみに、大陸の三分の一をおおうほどの巨大な森が描かれている。褪せかけたインクでアグダスの森と記され、()書きで(バルガン)と名前が補充されていた。
ユウリにつられて、みんながバルガンの国名に注目する。
ニワトリは本物のニワトリのように目を動かし、うんざりとした顔を作った。
「地図が古いんですよ。バルガン国は伝説上の・・・・・・おとぎ話の国です。今の地図にはもう載ってないでしょう」
ニワトリはクツクツとのどを鳴らした。
「おどろきましたねぇ。ユウリくんは十歳にもなるのに、まだおとぎ話を信じているのですか?」
とたんに教室に爆笑の嵐がおこる。ついでにぼくもめいいっぱい笑ってやった。
ユウリが『お前も笑うのかよ!』と表情だけで器用にツッコミを入れたけど、無視無視。柔軟な表情だなぁと思いながら、また笑い続けた。
そう。ユウリ以外の人間はだれもしらない。
ぼくはおとぎ話の国の人。
バルガン国から世界観光をしにきた旅人だった。
むしろユウリにバルガンの国民だとバレたのは、僕の世界観光生活の最高にして最大の汚点だった。




