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魔女とせんせい  作者: 真夜中
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魔女とせんせい 2


喉の渇きを感じてふも顔を上げると、もう日付が変わっていた。やばい、三時間も座ったままだ、と立ち上がろうとした瞬間、腰に鈍い痛みが走る。

「うお……あ〜……しまったなぁ」

ぐっと背中を反らして軽くストレッチをする。熱中するとついつい体を動かすことを忘れて座りっぱなしで作業を続けてしまう。一時間に一度は立たないと血が止まるとか、血が固まるとか前にテレビで見た。だからこそ気をつけていたのだけど。

とりあえず飲み物をと、コーヒーを飲むことにした。まだまだやることは残っている。実家から持ってきたヤカンに水を入れて温める。この量なら沸騰するまで五分というところか。

その間、つい最近買ったソファで待つことにした。

「おあ〜〜……」

背もたれに思いきり体を預ける。背もたれがふかふかで、肘掛けもあって、触り心地がいい。男の一人暮らしでも違和感のない、お一人様サイズ。買ったばかりだけど、このソファに座ってコーヒーを飲んでぼーっとしたり、本を読みながらぼーっとする時間が気に入っている。

いつものようにお湯が沸くまでぼーっとしていると、視線の先に見慣れない観葉植物があった。目に入ったそれに今さら、そういえばあったな、と思い出して、そっと目を逸らす。

昨日の朝、突然置いてあった細長いそれ。引っ越しを手伝ってくれた友達全員に聞いたが、誰一人として知らないと言われた。

もしかして、否、そうであってくれと家族にも全員聞いたが、誰も知らないと言っていた。姉さんに至っては「ヨルにしては珍しいものを買ったね」と言われた。言えない。もしかするとこの部屋に憑く幽霊が置いていったかもしれない、なんて。

調べだけど、サンスベリアという植物だと思う。二週間くらいは水がいらなくて、空気をきれいにしてくれる、らしい。

「……」

本当は今すぐでも部屋から出したい。けど触りたく無い。でも怖い。もし触って呪われたらどうする?こんなことをずっと考えた結果、まだそれはボクの部屋にいる。それをめにいれないように、意識の外に置くようにと必死だ。

少し背伸びをして背もたれに首を預ける。ぐっと反らせると固まった首の後ろが少し柔らかくなった気がした。あああ、とじいさんみたいな声を出しながらぎゅっと目を瞑る。沸騰するまで、あと四分?三分?

次に目を開けると、知らない女の子が上から覗いていた。

「うわあああああああ!!!!!!」

「えっ、な、なに」

「な、なにって、だれ!?えっ!?お、おばけ!!!!」

「ちょ、ちょっと待って」

驚いた俺はそのままソファから転がり落ちた。ギャアギャア叫びながら振り返ると、女の子はまだいる。ボクに手を伸ばそうとしてきて、叫びながら逃げる。

「ちょ、こ、来ないで!?というか誰!?なに!?マジでどこの誰!?!?なに!?」

「わ、私は……あ、あぶないっ」

「えっ!?あだっ!!」

突然後頭部に何かが当たった。めちゃくちゃ痛い。振り向くと机のへりが当たったらしかった。前を見たまま後退っていたから。まさかおばけに注意されるなんて。

両手で後頭部を押さえながら悶絶していると机の上からノートが落ちてきた。ネタ帳代わりにしている自由帳……というていの落書き帳。ちょうど開いたページには何本もの線が引かれてて、その下にスパゲッティが描かれていた。それを見て一昨日の夜のことを思い出す。

「あっ、き、きみ、な、ナポリタンのおばけ!!」

「ナポリタンのおばけ!?なにそれ!」

「わああぁぁ!あ、あれ、あの草も君のでしょ!?」

「そ、そうよ!引っ越しのプレゼントにあげたんじゃない!」

「いや引っ越しのプレゼントって……プレゼント?」

「そうよ。引っ越し祝いって言ったでしょ」

そう言えば言っていた気がする。引っ越し祝いとかなんとか言って、何もないところから植木鉢を出して、そもそも突然現れてナポリタンとか言って……

「結局おばけなんじゃん!!!!」

「違うってばぁ」

それまでソファの後ろに立っていた女の子が前へと出る。腕を交差して身構えるけど、拍子抜けするほど普通の女の子だった。ちゃんと右足と左足があって、黒い靴下を履いていた。まじまじと見ていると、ねぇ、とその子から声がかかる。

「そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」

「あ、ご、ごめん」

確かに。いくらおばけとは言え良くなかった。ボクは頭を押さえながら立ち上がる。改めて見ると、そのおばけは見れば見るほどどこにでもいる女の子に見えた。

「えっと……おばけじゃ無いってことは……不法侵入とか、そういうことでいいんだよね?」

女の子は首を横に振る。

「どこの家の子?こんな時間にこんなところにいたら家族が心配するよ」

女の子は黙ったまま俯いた。

「……名前は?」

女の子は何も答えない。

「……えっと……実は君はもう亡くなっていて、でも君自身はそのことに気付いてなくて、ずっとこの場所に執着していたから自分の名前とか家族が思い出せない……とか?」

女の子がじっとボクを睨む。

「……警察呼んでもいい?」

最後の手段とばかりに警察の名前を出した。女の子は少し反応したけど、でもやはり静かな様子で「無駄だと思うよ」と答えた。

「無駄って何が?」

「……貴方の前の前に住んでた人がちょうど貴方みたいに見える人だった。その人は幽霊とか一切信用してなくて、私のこと、不法侵入者だと思ったみたい。その後すぐ警察呼んだけど、警察には私のことが見えてなくて、イタズラだって注意されてた」

女の子が静かに語り出す。頭の中にその光景が浮かんでゾッとした。

「そういうことが何回もあって、結局その人はここから出ていった、みたい。よく分からないけど。多分その人の家族っぽい人が荷物とか取りに来てたから」

女の子が窓の外を見ながら語り終える。窓ガラスにはぼんやりとその子と、ボクの姿が写っている。

「……それ、結局君が幽霊ってことなんじゃないの……?」

「違う。私は生きてる」

ボクの問いに女の子は首を横に振る。幽霊にしては力強い否定だった。でも意味がわからない。今の説明で、目の前の女の子が幽霊じゃない理由なんて何一つない。

「それじゃあ……君は何なの?」

「私は、魔女」

女の子がすっと人差し指で自由帳を指す。床に落ちたままだったそれは、指を指された途端ふわふわと宙に浮きだした。

「幽霊なんかじゃない。私、魔女なの」

ふわりふわりと浮かんだ自由帳が机の前で止まり、すーと横に移動して机の上に戻る。一連の光景をボクは呆然としながら見ていた。

「……魔女?」

ボクの問いに彼女が頷く。静かな夜の部屋で、お湯の沸く音が低く鳴っていた。ふつふつと、ぶくぶくと。


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