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魔女とせんせい  作者: 真夜中
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魔女とせんせい 0

二つ上の姉の、二回目の浪人が決定したと同時に、ボクの描いた絵本がそこそこ有名な出版社で賞を獲った。

結果、ボクの一人暮らしが決定した。


「ここなんてどうですか?日当たりもいいですし、収納も各部屋にありまして」

「ああ、はい。ここでいいです」

不動産会社のお兄さんの言葉を右から左に書きながら部屋を見回す。風呂トイレ別。仕事場と寝室は分けたい。けどそんなに部屋はいらない。あとはベランダがあれば嬉しい。でも安ければもう何でもいい。というボクの要望にお兄さんは誠意を込めて選んでくれた。三軒ほど回って、最後のこの部屋。四軒目のここに決めたのは、ここが先に回った三軒と違って家賃が一万二千円も安かったからだった。しかも風呂トイレ別で、居間と寝室の二部屋ある。小さいけどベランダもあって、しかも東向きでよく日が入る。断る理由が無かった。

即決したボクにお兄さんは少しだけ気まずそうな顔をしていた。「もう少し見ていきませんか?」と言われたので「じゃあ、はい」と曖昧に頷く。色々説明されながら見て回るけど、頭の中には安い家賃のことしか無かった。母さんが見ればもだとしっかりしろと怒られてんだろうな、と思う。何となく話を聞きながらお風呂の扉をあける。脱衣所と洗面所が一緒になっていて、少し狭い。けど、その分浴室は広かった。浴槽の大きさだけは確認しろ、と母さんから酸っぱく言われてたからそれだけ確認する。少し足が引っかかるけど、まぁいいか。のっそりと起き上がって風呂場から出ると扉を閉めた。


部屋探しについて来なくていいと言ったのはボクだった。だって母さんも父さんも、姉さんのことで大変そうだったから。受験前は今度こそ合格する、とあんなに息巻いてたのに、合否発表が出た瞬間今にも消えるんじゃないかってぐらい落ち込んでた。

かくいうボクほと言えば、元々大学に行く気は無く、絵本作家になりたかった。だから一年だけ、という条件でそれに集中する時間をもらった。ら、まさか高校卒業と同時に賞をもらってしまった。

姉さんは三度目の浪人生活が始まり、ボクは高校を卒業し新たに絵本作家として道を歩むことになった。結果、ボクは早々に独り立ちをすることになった。申し訳なさそうな顔で一人暮らしをして欲しい、と頼む両親と姉を目の前に、こんなこと両立するんだ、と考えていた。

どうせ大人になればするつもりだったし、それについてどう思うことは無かった。それどころさ、今の姉さんとどういう顔で過ごせばいいのか分からなくて、家から出るちょうどいい理由になると思ったほどだった。だから今日の物件探しも一人で行くと言ったし、引越し準備も一人でするつもりだ。

だって本当に今の家族をどんな話をすればいいのか分からなくて。

母さんと父さんもボクの受賞を喜んでくれた。姉さんだって心から祝ってくれた。自分は大学に落ちたのに、“おめでとう”なんて自分が一番言われたかったはずなのに。

まるで自分のことのように祝ってくれる家族に“ありがとう”と言えなかったあの時から、ボクは家族の顔がうまく見れなくなった。


「……ということなんですが……よろしいですか?」

「えっ、ああ、はい」

お兄さんの言葉に慌てて顔を上げると、心配そうな顔をしたお兄さんがこちらを見ていた。生返事をしたボクにもう一度説明をしようと書類を指差してくれる。けど自分の都合でお兄さんの手を、いや、口を煩わせるのも申し訳なくて「大丈夫です、大丈夫です」と両手を振った。

「そうですか。では……そう言えば、先程引っ越しはご自身でされるとお聞きしましたが」

「ああ、はい。友達に言って手伝ってもらいます」

「そうですか。もし業者が必要でしたらお早めにご連絡下さいね」

「あー、はい。ハハ」

お兄さんの言葉にも曖昧に笑う。何か、片頬が引き攣っている気がする。最近、何故か笑うのが下手になった。

「それじゃあ後の話は戻ってからしましょうか。斉藤さん」

「はい」

お兄さんの後に続いて部屋を出る。ベランダを背に居間を通り、横目で寝室を見る。あ、フローリングだ。ベッド買わなきゃ。

お兄さんの言葉に相槌を打ちながら廊下へ出る。まだ少しだけ寒かった。トイレの横を通り、開けっぱなしだった風呂の扉を閉める。

「斉藤さん下のお名前、結構珍しいですよね」

「あー……古臭いですよね」

「えっ!?ああ、すいません、そういう意味では無く……!!」

「はは。自分でも思いますよ。この時代に“彦”って、て」

「いえ……綺麗な響きだと思いますよ」

「そうですか?ありがとうございます」

少し目を伏せて渡された書類を見る。記入欄にはこの十八年連れ去った自分の名前。

「漢字も一発変換で出て来ないし」

「なんて読むの?」

「“よるひこ”です。依存の“依”に彦根の“彦”。これ初対面の人に毎回言うんですよ」

はは、と笑いながら前を向くと、お兄さんが不思議そうな顔だらこちらを見ていた。そして「そう言われると分かりやすいですね」と笑う。

「ええ、ああ、はい」

会話に不思議な違和感があった。でも、言うほどでも無いような小さなもの。

おかしいなと思いつつ足をすすめる。玄関で靴を履いていると、ふと後ろから視線を感じた。振り向くも空っぽの部屋しかない。ベランダから覗く日光に照らされて埃が白く舞っていた。

「それじゃあ斉藤さん、いきましょうか」

「あ、はい」

お兄さんの声に俺は慌てて前を向いた。

審査がうまく通れば、三月の後半からここに住める。それならまだ春休みだから、人も集めやすいだろう。家に帰ったら早速友達にラインを送ろう。

頭の中で引っ越しに呼ぶ奴らの顔を浮かべながら、ボク鍵をかけられたドアに背を向けた。

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