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真理愛の親に会いに行こう

 俺、桐葉、真理愛の三人で真理愛の家の前にテレポートした。

 目の前に佇むのはクラシカルな、洋館風の家だった。

 7月の18時はまだ日が高く、立派な様相がはっきりと見て取れた。


「いま開けます」


 自動で左右日開いた鉄柵門をくぐり、真理愛が玄関ドアの前に立つと、彼女の胸元にMRダイアログが表示された。


 ――最新式のMRロックかよ。


 どうやら、真理愛は裕福な家庭の育ちらしい。


 これは、かなり期待できる。


 上流階級の人ならば、同棲なんてふしだらなことには反対に違いない。

 どうか桐葉の破廉恥な企みを打ち砕いてください。

 俺は、まだ見ぬ真理愛のご両親に熱いエールを送った。


 開錠されたドアは自動で開き、俺らは広い玄関に足を踏み入れた。


「お母さま、ただいま帰りました」

「お邪魔しまーす」


 桐葉が声を上げると、廊下の奥から軽い足音が聞こえてきた。

 顔を出したのは、真理愛と同じ濡れ羽色の、青みがかった長い髪の女性だった。

 真理愛と似た顔立ちだけど、こちらは無表情を通り越して、無愛想に見える。


「おかえりなさい。そちらの方々は?」

「こちらはクラスメイトで同じ職場のハニーさんと針霧桐葉さんです」


 ――え? 俺の名前ハニー?


「ハニーさんのことは、お母様もテレビで知っていますよね? ハニーさん、桐葉さん、こちらは私のお母様です」


 ――訂正してくれないの? 俺の本名はハニーなの?


「珍しいわね、貴方が人を呼ぶなんて」


 しかめっ面で俺を一瞥してから、真理愛の母親は視線を娘に戻した。


「お母様、今日はお願いがあってお二人を連れてきました」

「お願い?」

「はい、実は――」


 真理愛が何か言おうとすると、桐葉が機先を制するように前に出た。


「同じ四天王同士、同じ官僚用の官舎でルームシェアしようってボクが提案したんだよ。一緒に暮らしたほうが仕事のことも相談しやすいしね」


 ――上手い! 愛人という言葉は使わず、同棲をルームシェアという言葉に置き換えて警戒心を抱かせずに話を進めている! 流石は全学試全国一位! だけどそれは完全に詐欺師が使うテクニックですよ!


「そのお話は、断らせてもらいます」

 だが真理愛の母は騙せなかった。


「娘はまだ高校一年生です。異能学園や国家プロジェクトについては理解しています。それが立派なお仕事であることも。ですが、うちの真理愛は社会人になったわけではありません。親の庇護の下で暮らすべき。私はそう考えます」


 実に筋の通った話だ。


 やっぱり、大事な娘さんを手放すなんて看過できないらしい。

 俺の願い通りだけど、すんなりと行き過ぎて拍子抜けだ。


「わかりました。では桐葉さん、また明日、学校でお会いしましょう」

「うん、また明日ね」

 意外にも、桐葉はあっさりと引き下がった。

 俺らは真理愛に別れを告げて、外に出た。


 玄関のドアを閉めると、俺は桐葉に問いかけた。

「お前、よく食い下がらなかったな?」

「仕方ないよ。親がダメって言うんだから。それに、大人になったら一緒に暮らせるでしょ。だから……」


 桐葉がそっと身を寄せてくると、耳に暖かい息がかかった。

「今は、もうしばらくハニーを独占させてもらうよ」

 ひそめられた甘い声に、鼓膜から脳の奥がゾクリと震えた。


 ――俺の嫁が可愛すぎて生きるのが辛い!


 色々と、俺が18歳になるまで待てない気分になった時、ドアの向こう側から、怒気を含んだ声が聞こえてきた。



「真理愛、人を連れてくるなら事前に連絡を入れるべきだと思うのだけど違う? お母さん何か変なこと言っている?」

「い、いえ、お母様は間違っていません」


 慌てて母を弁護するように、真理愛の声は狼狽していた。


「それから、『テレビで知っていますよね』って何なの? どうして知っていることを前提にして話すの? いつから貴方は親のことを勝手に決めつけられるほど偉くなったの?」

「それは……」


「それに奥井君のことならテレビで何度も放送されているし知っている決まっているでしょ。なのに知っているか確認を取るなんて親をバカにして、今年で16になるのにこんなこともわからないなんて恥ずかしい。もっと頭を使いなさい」


 語気は徐々に荒くなり、声にはトゲが含まれていく。


「だいいちハニーって何? 奥井君のあだ名? 紹介する時にあだ名を使うなんて貴方バカなの? お母さんのことも勝手に紹介して、自己紹介ぐらい自分でするわ」

「はい……」


「だいいち、たかだか子供がルームシェアなんて。やっぱり貴方を総務省へ行かせたのは失敗だったかしらねぇ。だからこんな生意気な態度になるのよ。いーい、超能力なんて貴方の実力じゃないの。貴方はただ運が良かっただけ。たまたま超能力を持って生まれただけなの。それを四天王なんて呼ばれてもてはやされて、何が官僚の官舎でルームシェアよ。バカじゃないの! そういうのを昔からチートって言うのよ。チートって意味わかる? 卑怯ってことよ! お母さんが子供の頃に流行っていたけど、異世界転移主人公にでもなったつもり? 努力もせずもらった能力をただ発動させるだけでチヤホヤされてそれを自分の実力だと思い込んで、恥ずかしくないの?」


「す、すいません」


「なんで謝るの!? 誰が謝れって言ったの!? まるでお母さんが謝らせているみたいじゃない! 下を見るな! なにその態度!? お母さん貴方にそんな顔されるような事なんかした!? なんであんたはいつもいつもいつもそうやって当てつけみたいなことしてお母さんを嫌な気持ちにさせるの!?」


「……すいません」

「もういい! 部屋に戻りなさい!」

「承りました……」



 会話、いや、母親の一方的な言葉責めが終わった頃には、俺は怒りでこめかみが熱くなっていた。


 なんなんだあの親は? あれだけ責められたら誰だって謝るだろ? 自分で謝罪に追い込んでおきながらなんで怒るんだよ?


 当てつけって、あんな風に攻撃されたら誰だって悲しい気持ちになるだろ? なんで自分で攻撃しておきながら相手が弱ったら怒るんだよ? 頭おかしいだろ。


 これが毒親というものだろう。


 許されるなら、あの母親を殴り飛ばしたいほどの憎しみが湧いてきた。

 それは、桐葉も同じらしい。

 冷厳な表情で、桐葉は吐き捨てるように言った。


「何あいつ。真理愛の言動にいちいち難癖つけてどこの何様だよ?」

「ていうか別に真理愛は生意気なことなんてしていないし、卑怯でもないだろ」


 なのにどうして、あんな、子供の出世を妬むようなことを言うんだ。


「ようするに、大事なのはプライドであって子供じゃないんだよ」


 踵を返して、真理愛の家に背を向けながら、桐葉は毒づいた。


「世間体が大事だから子供には優秀でいて欲しい。だけど子供に追い抜かされたくない。子供はずっと自分より格下で劣った存在でいてほしい。そうしたゴミみたいな矛盾をはらんだ親はああなるんだ。子供の言動全てに難癖をつけて優等生を強要するクセに子供が成果を出しても認めない。なんでそんな奴が子供を産むんだか」


 桐葉の語気は、あくまでクールだった。


 けれど、トーンの落ちた肉声には、押し殺しきれない憎しみが滲んでいた。


「やっぱり……真理愛にはハニーが必要だな……」


 最後の一言は、意識的に言ったものではなさそうだった。


 考えが意図せず口から洩れてしまったような、かすれた囁き声だった。


 だからこそ、それは桐葉の本音であり、俺の胸に、深く響いた。

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