パパラッチ王マリア
その日の夜。
みんなでうちのリビングに集まり、絨毯に座ってテーブル囲んで夕食を食べていると、茉美が痛快そうな笑みで口を開いた。
「にしても朝は桐葉のおかげで笑わせてもらったわ。あのアイドル、高所恐怖症だったのかしら?」
「自業自得だよ。ボク、ああいうテレビならなんでも許されると思っている奴が嫌いなんだよね」
朝のことを思い出しているせいか、桐葉の口調は冷たく、トゲがあった。
桐葉に出会ったばかりの頃は、彼女にはずっと笑顔でいて欲しいなんて思ったけど、最近はこっちの桐葉も良いと思ってしまう。なんていうか、クールビューティー。
「ん? どうしたのハニー?」
桐葉に冷淡な声を向けられて、背筋がゾクゾクと震えた。
「あ、いや……なんでも……」
クールビューティーな桐葉も好きだなんていうバカップル丸出しの感想を、みんなの前で言うわけにもいかず、俺は誤魔化した。
なのに、桐葉は俺の顔をためつすがめつ観察してくる。それから、口元を中心に邪悪な笑みを顔全体に広げていく。
なんなら、彼女の体から黒いツノと羽とシッポすら生えているような気さえする。
「ねぇ、ハニー今なんて思ったの?」
箸を置いた桐葉は、両手を絨毯に着いて前かがみに俺に迫ってきた。
必然、部屋着のえりもとが下にたわんで、桐葉の深すぎる谷間の一部があらわになった。
「ぐふぉぁ!?」
桐葉の腕が、一歩進むごとに、対の豊乳が左右に揺れる。食事中なのに、別の欲求を刺激されてしまう。
「食事中っていうか、みんなの前で言うことじゃないから、こういうことはさらっと流そうか?」
「ん~、ボクはみんなの前でこそ聞きたいなぁ」
甘い吐息を漏らす妖艶な笑みがキスの射程距離まで迫ってくる。羞恥で顔がパンパンに腫れて熱くなる感覚に耐えながら、俺は茉美に目配せした。
すると、彼女は俺の視線を敏感に感じ取り、テーブルを叩きながら立ち上がった。
「育雄! あんたまた破廉恥なことを考えていたんじゃないでしょうね! 真理愛! 舞恋!やっちゃいなさい!」
「承りました」
「いや、承っちゃだめなんじゃないかな?」
真理愛が正座して舞恋のお叱りを受けている間、俺は二人にサイコメトリーされたり念写されるよりはマシだと、覚悟を決めた。
「その……俺は桐葉には幸せになって欲しいから、前はあんまりシリアスモードの桐葉にはなって欲しくなかったんだけど……」
「うん」
「最近は、クールビューティーな桐葉もいいなぁって……」
俺の一言で、桐葉の小悪魔スマイルが冷え切った。蜂蜜色の瞳は、冷然と細められ、まるで虫を見下すように冷え切っていた。
「キミ、Mッ気でもあった?」
桐葉の手が、強引に俺を押し倒した。
背中を床に打ち付けられた俺は、なすすべもなく寝転がると、桐葉が腹の上にお尻を乗せて、またがって来る。
下乳の絶景、その向こう側から俺を見下ろしてくる冷徹な表情に、未知の興奮を覚えてしまう。
「ちが、別に冷たい視線で見られるのが好きなんじゃなくて、笑顔の可愛い桐葉もいいけど大人びた雰囲気の桐葉もいいなって」
「こっちのボクが好きなら、モーニングコールはこっちでしようか?」
「え……」
「ハニーちゃんが迷っているっす!?」
「有名税有名税♪」
「撮影しないで美稲様ぁ! ……ん?」
いつのまにか、麻弥がツーサイドアップの房を垂らしながら、じぃっと俺の顔を覗き込んできていた。
「どうかしたか? 早く食べないとご飯冷めちゃうぞ?」
麻弥は無表情無感動のお人形さんフェイスで一言。
「つめたい目なのです」
――貢ぎたい! 心の底から麻弥に貢ぎたい!
俺のために、わざわざつめたい目線を浴びせに来てくれた麻弥の優しさ俺が涙を禁じ得ずにいると、突然、詩冴が素っ頓狂な声を上げた。
「にゅおわぁああああ! ハニーちゃんこれを見るっす!」
詩冴の目の前に、突然MR画面が表示されると、そこには朝に現れたアイドル、やまちーのSNSが表示されていた。
その内容に、俺らは前のめりになって息を呑んだ。
端的に言えば、それは俺と桐葉への悪口だった。
育雄にテレポートを見せて欲しいとおねだりしたら、「見せもんじゃねぇ」と罵倒されとか、ボディガードの桐葉に暴力を振るわれて怖かったとか書いている。
しかも、あからさまに文句を言っておきながら、最後は「だけど超能力を見せてなんてお願いした私が悪かったんだよね」「辛いけどファンのみんなのために頑張ります」という文章で締めくくり、ファンの同情を誘おうとしている。
コメント欄には、すでに100件以上のコメントが書き込まれていた。
俺や桐葉への誹謗中傷と、やまちーへの同情的なコメントで溢れかえっている。
中には、桐葉のことを【毒虫女】と、彼女のトラウマと言っても良いほどの単語を 使って罵倒しているコメントまであった。
桐葉はすっかり表情を失い、つまらなさそうな、ぶっきらぼうとも言える視線で、MR画面を見つめていた。
そこに、さっきまで俺のことをからかっていた余裕は見受けられない。
俺も、つい毒づきたくなるほど気分を害した。
けど、怒りの矛先がわからなかった。
嘘を書き込み他人を貶めるアイドル。
こんなアイドルの言いなりになっているテレビ局。
安っぽい書き込みに踊らされて俺と桐葉の誹謗中傷を書き込んだファンたち。
俺と桐葉は、何も悪いことをしていない。
なのに、低俗な連中が一方的に絡んできて俺らにダメージを与えてくる。
よく、犬に噛まれたと思って、という言い方があるけれど、誰だって犬に噛まれたくなんてない。
幼い頃から一方的にクラスメイトたちからいじめられてきた理不尽な気持ちが蘇って、思考が攻撃的になってしまう。
「あんのクズアイドル、今度会ったらあたしのヒールフィストで顔面ぶっ飛ばしてやるわ! 殴ると同時に傷が治るから暴行の証拠は残らないわよ」
アポートでやまちーをこの場に呼び出して末尾のヒールフィストでぶっ飛ばしてから元いた場所にテレポートで戻せば、完全犯罪だ。
一瞬、魅力的な案に思えてしまった。
けど、そうした短絡的な行為は結果的に桐葉との明るい未来を閉ざしてしまうと、俺は冷静になった。
茉美たちの顔を見渡すと、不機嫌なのは彼女だけでなく、他のみんなも同じ様子だった。
美稲と舞恋は苛立ちを含んだ困り顔で、どうしてこういうことをするんだろうと、文句を言っている。
詩冴に至っては、左右の握り拳を交互に突き上げながら、
「真理愛ちゃん! このアイドルのスキャンダル動画をネットに晒してアイドル生命を絶ってやるっす!」
とか叫んでいる。
「気持ちはわかるけど落ち着けよ。あと詩冴は真理愛を便利に使い過ぎだ」
「むむむ、ハニーちゃんは悔しくないっすか? シサエは怒りで殺意の波動に目覚めそうっすよ」
「俺だって同じだよ。けど、それは超能力の悪用だ。正当防衛ならともかく、悪党だからブチのめしました、じゃただの傷害罪だ」
冷静な解説に、詩冴は閉口しながら眉根を寄せた。
彼女たちを傷つけないよう、俺は優しく、だけど真摯な口調で語った。
「俺らはすげぇよ。高校生なのに超能力で日本を救っているんだからな。けど、法律違反をしていいわけじゃない。漫画でもよくあるだろ? スーパーパワーに目覚めた主人公が悪党からみんなを守るんだけど、だんだん自分に都合の悪い奴を悪党認定して殺すようになるような。俺は、正義の名を借りた暴力を振るいたくはない」
自分自身に言い聞かせるような俺の言葉に、詩冴たちは肩を落としてうつむいた。
詩冴はションボリ言った。
「ハニーちゃんの言う通りっす……シサエは、暗黒面のフォースに魅入られていたっす。もう、蚊を嫌いな奴の顔面にけしかけるのはやめるっす……」
「そうだな、もうやめような」
――地味にキツイなそれ。
続けて、茉美がらしくもなく、しおらしい態度を見せた。
「あたしも、正当防衛以外でヒールフィストを使うのはやめるわ……」
「うん、偉いぞ茉美」
――正当防衛以外でいつ使っていたんだよ。
それから、桐葉も上目遣いに、申し訳なさそうな声で謝ってきた。
「ごめんねハニー。ボクも、毒針の威嚇行動はほどほどにするよ……」
「よしよし、桐葉はお利巧だぞ」
「あと嫌いな奴を空輸するときにわざと高速回転乱降下するのもやめるよ……」
――それはエグいな……。
俺が複雑な思いを抱くと、美稲がみんなの中央へと手を伸ばした。
「じゃあみんな、ここで約束しよう。私たちは超能力者だけど、決して調子に乗らない事、超能力を悪用しない事をね」
美稲の大人びた温和な呼びかけに、俺らは顔を見合わせながら、自然と頷いた。
誰もが手を伸ばして、美稲の手の上に重ねていく。
その一体感に、胸が晴れやかな気持ちになっていくのを感じた。
みんなも同じ気持ちであることが、言葉にしなくてもわかる。
ここにいるみんながいれば、俺らは道を踏み外さない。
感極まったせいだろう。
俺は、いつもなら絶対に言わないような言葉を口にした。
「ありがとうなみんな。大げさかもしれないけど、俺らは最強で最高のチームだよな」
みんな、少し頬を染めながら、満足げに頷いてくれた。
「桐葉、美稲、詩冴、茉美、舞恋、麻弥、それに真理愛……あれ? 真理愛は?」
6人も、一斉に真理愛の姿を探し始める。
真理愛は、一人だけ手を伸ばさず、心ここにあらずといった雰囲気で、中空を眺めていた。
「どうしたんだ真理愛? AR画面にメッセージでも届いていたか?」
スマホが廃れた現代では、自分にしか見えないAR画面、あるいは他人には見えないよう不可視モードにしたMR画面でデバイスを操作することが一般的だ。
だから、中空を眺めていたり指を走らせる人がいたら、十中八九、ネット中だと思っていい。
「はい、詩冴さんに言われた通り、やまちーさんのスキャンダル動画をネット上に念写していました。数が多く、どれを念写しようか悩みましたが、全部念写しておきました」
無感動な一言に、世界の時が止まった。
「 え?」




