ちょ、おいっ、真理愛!
その日の仕事終わり。
麻弥は、勉強会を欠席した。
官舎のリビングで、麻弥以外の俺ら7人は、テーブルを囲みなながら、宿題そっちのけで麻弥について話す。
「やっぱりシサエはマヤちゃんを放っておけないっす」
「俺もだ。ていうか、このままだと、俺どころか麻弥が特進コースから落ちるかもしれないよな?」
俺は、この8人一緒のクラスがいい。
そこで、一人でも違うクラス、というのは、やっぱり寂しい。
仮に放課後や昼休みに会えたとしても、何か違う気がする。
「ねぇ二人とも、警察班のお仕事の時も、麻弥さんは元気ないの?」
美稲の問いかけに、舞恋と真理愛は顔を見合わせた。
「……うん、一応、仕事はちゃんとするんだけどね」
「心、ここにあらずといった様子です」
二人の返事に、茉美も力なく息を吐いた。
「でもよ、もしも家族に不幸があったとか、そういうのだったらどうする?」
「もう思い切って舞恋のサイコメトリーで調べたら?」
桐葉が提案した。
「そういうのは良くないよ」
「じゃあ真理愛の念写は?」
「そういう問題じゃないだろ」
俺はツッコむも、真理愛がMR画面を展開した。
「……おい真理愛、お前、何してんだ?」
「念写が完了しました」
「するなよ!」
と、指摘しながらも、真理愛がMR画面を反転させると、俺は視線を注いでしまった。
そして、画面の内容に、酷く気分を害した。
きっとそれは、他のみんなも同じだろう。
そう確信するほど、それはなまなましい内容だった。
「おい、これって、麻弥が前に通っていた高校のROOMだよな?」
画面には、●●高校1年1組というルーム名で、ハンドルネームを使った数多くのメッセージが書き込まれていた。
内容は、麻弥へのやっかみだ。
超能力者は優遇されていいよな。
何も努力していないくせに探知能力で高給取りとかいいご身分だな。
人形のくせに。
言動がいちいちあざとくて前から嫌いだったわ。
そんな言葉が、どこまでも続いている。
「麻弥は、もとからいじめられていたのか?」
俺の問いに、真理愛が感情を押し殺したような声で冷静に答えた。
「いいえ。前の学校でも、愛されていたようです。ですが、それは表向きだったのでしょう。『かわいい』という単語の語源は『かわいそう』。世の中には、弱くて自身をおびやかさないかわいそうな存在に対して、好感を持つ人が大勢います」
真理愛の話で、俺は思い出した。
子供の頃に見た、テレビの話だ。
リーマンショックという100年に一度の不況が日本を襲った頃、いわゆる【おバカタレントブーム】というのが起きた。
視聴者は最初、彼ら彼女らを『バカワイイ』と愛でていたが、それがキャラ付けの演技であるとわかるとブームは終わり、代わりにテレビを席巻したのは動物番組だった。
とある評論家曰く、視聴者は見下す対象が欲しかった、らしい。
不況の中、誰もが貧困で自信を失い、バカで愚かで明らかに格下の人間を笑いものにして、優越感に浸っていた。だから、その対象が格下ではなかったと分かった途端、手の平を返した。
そして、絶対に自分をおびやかさない、動物番組に飛びついた、というわけだ。
麻弥のクラスメイトも、同じだったのだろう。
ある程度勉強はできても、小さくて、幼稚で、どこかトボけた麻弥のことを、愛玩【動物】のような気持ちで可愛がっていたのだろう。
なのに、それが突然社会的地位も名誉も金もある上流階級の存在になり、裏切られたと逆恨みをしているに違いない。
酷い話だ。
同じ手の平返しでも、俺が有名人になった途端、媚びを売ってきたウチの連中のほうが遥かにマシだ。
俺と同じで転校したのに、縁が切れてもなお、麻弥の元クラスメイトは足を引っ張るのか。
人間の持つ悪性とでも言えばいいのか、適当な日本語が見つからないけれど、とにかく、そうしたものに、俺は吐き気さえ覚えた。
「つまり……麻弥は前の学校の連中の会話を見て、落ち込んでいるってことか」
みんなの顔が暗く、表情が沈んだ。
茉美は握り拳でテーブルを叩いた
「なんなのよこいつら! 育雄、こいつら全員ここにアポートしなさい! ブチのめしてやるわ!」
「そんなことで解決するかよ。それに、相手の情報が少な過ぎてアポートの対象に指定できねぇよ」
「そう、ね。ちょっと興奮し過ぎたわ」
浮かせた腰をソファに下ろして、茉美は舌打ちをした。
「じゃあ、もう直接慰めるしかないんじゃない? ハニーがボクにしてくれたみたいにさ」
顔を上げると、桐葉が穏やかな表情で、俺のことを見つめていた。
「ハニー覚えてる? ボクが、友達なんていらないって、ハニーさえいてくれたらいいって言った時、ボクと正面からぶつかりあって説得しくれたよね」
「それは、そうだけど」
恥ずかしいから、あまりみんなの前で触れて欲しくないのだけど、桐葉の真摯な態度に否定することができなくて、俺は止めることができなかった。
「ボクはね、蜂の能力で幼い頃から怖がられて、他人なんていらないと思っていた。だけどハニーはボクを怖がらなかった。ボクを愛してくれた。凄く凄く嬉しくて、ボクはキミがいてくれればそれでいいって思ったんだ。でも、そんなボクを変えたのはハニーの正直な言葉だったんだよ」
にっこりと、優しく微笑んで、彼女は俺の手を握った。
「だから、今度はボクが麻弥を説得するよ。こんな連中、気にしなくていいって」
「でもお前、真理愛の念写で書き込み盗み見たって言うのか?」
「そこはちょっと強引でも、もしかしてこういうことあった? て聞くよ。能力で散々いじめられたボクなら、そう思っても不自然じゃないよね?」
彼女の自信ありげな態度に、俺は自然と頷いた。
「わかった。頼めるか?」
「うん、任せてハニー」
桐葉は嬉しそうに口角を上げた。
「みんなも、それでいいかな?」
俺に問いかけに、みんなも頷いてくれた。
◆
翌日の仕事終わり。
総務省の講堂で、退勤の報告をした麻弥は、寂しげな表情で俺を見上げて言った。
「ハニーさん、今日は自分で帰るから、テレポートはいいのです」
「おいおい寂しいこと言うなよ。ていうか勉強会どうするんだ? 麻弥は俺が特進コースに行けるよう協力してくれないのか?」
「桐葉たちがいれば大丈夫なのですよ。それに、わたしが特進コースに行けるかも……」
「まーや♪」
麻弥の瞳に涙が浮かぶ直前、真後ろから桐葉が抱き着いた。
麻弥の大好きな豊乳を、彼女の頭の上に乗せて、桐葉は麻弥の頬をなでた。
「ちょっとお喋りしよっか。ハニー」
「ああ」
麻弥の返事を聞かず、俺は桐葉と麻弥を、俺らの部屋の玄関にテレポートさせた。




