八郎丸の家に行こう
舞恋ががばりと俺から跳び離れた。
助かった反面、ちょっと惜しいとも思う。
「べ、別にタダイチャついていたわけじゃないぞ。じゃあ糸恋、一緒に行こう、すぐ行こう!」
「おおきに」
ほっと安堵した糸恋の笑みに、何かうしろめたいものを感じてしまう。
まだ、糸恋とは何もないんだし、なんなら俺は8股だし、舞恋とイチャついたからって何も糸恋に悪いことをしているわけじゃない。
それでも、なんだか申し訳ないことをした気になってしまう。
考え過ぎだろうか?
そうして、現在に至るというわけだ。
とはいえ、糸恋の気持ちは俺にもわかる。
俺だって、最初の頃は似たようなものだった。
テレポートの有用性が分からなかった俺は、美稲たちチート組のただのタクシー役で、便利な移動手段だった。
俺はみんなとは違う。
ただの便利君。
友達とは名ばかりで、決して対等な関係じゃない。
そんなネガティブな感情すらあった。
迷惑をかけて射なくても、役に立てないことが辛い。
美稲は、そんな俺の性格を褒めてくれる。
俺の美徳だと。
だから自画自賛で恥ずかしいけど、糸恋のことも好きになってしまう。
他人の役に立てない事を辛いと思う。
優秀な知り合いに対して利用しよう、ではなく、対等になりたくて頑張りたい。
そう思える糸恋は、とてもいい子だと思う。
桐葉も俺に糸恋を薦めてきた。
俺も、糸恋が俺のことを好きなら、9番目のお嫁さんになってくれたら、凄く嬉しい。
「さぁハニーはん、行きましょ。あれが八郎丸はんの家らしいわ」
「ああ、行こうか」
「え?」
糸恋の手を握ると、俺は歩き出した。
彼女は嫌がらず、たおやかな手にはむしろ力が入っている。一方で、振り向けば糸恋の顔はゆるみ、頬を赤くしながらはにかんでいた。
わかりやすい。
表情で嘘を付けない。
そんなところも信頼できるし可愛いと思った。
◆
「でけぇなぁ……」
巨大な瓦屋根の門を見上げながら、俺は感嘆の声を漏らした。
八郎丸重蔵の家は、歴史を感じる武家屋敷だった。
いわゆる閑静な住宅街、というか、閑静な高級住宅街の中でも、ひときわ目立っている。
【八郎丸】という表札も達筆で、きっと一流の書道家に頼んだ逸品に違いない。
「こんな名家のご子息が茉美とブン殴り合っているのってどうなんだ? もしかしてボンボンの道楽息子?」
「う~ん、どうかしら。アタシがあいつとやり合ったのって八郎丸が修学旅行で東京に来た時だから、あんまり実家には詳しくないのよね」
「そっか」
実家金持ちでボンボンの道楽息子が正義の味方気取りでアンチ異能学園派閥を作ってお山の大将を気取っている。
そんなところだろうかと思っていると、勝手に門が左右に開いた。
そこに待っていたのは、着物の上から割烹着を来た、妙齢の美女だった。
「お待ちしておりました。異能学園御一行様でございますね。わたくしは坊ちゃまの専属侍女、鹿島でございます」
「あ、どうも丁寧に」
うやうやしくお辞儀をしてくる鹿島さんに、俺は慌ててて頭を下げた。
「坊ちゃまがお待ちです。こちらへどうぞ」
そう言って、鹿島さんは折り目正しく踵を返し、しずしずと母屋へ招いてくれた。
――専属侍女に坊ちゃまって、本当にボンボンだったんだな……。
そんな奴が喧嘩最強の能力者をしていることに違和感を覚えながら、俺は母屋に上がった。
板張りの廊下を抜けて、奥の座敷に通されると、ガタイのいい甚平姿の男子が座っていた。
短く切りそろえた髪、太い眉、力強い眼光、広い肩幅。
けれど、暴力的な印象はなく、極めて高い克己心を感じさせる。
一言で言えば、武将、という風情だ。
「八郎丸重蔵だ。お前が奥井育雄、三叉茉美の男か?」
――すごい久しぶりに本名で呼ばれたな。それはひとまず置いといて。
「そうだ」
はっきり言った。
少し照れ臭いけど、もう慌てたりはしない。
俺は桐葉たち8人の彼氏で未来の夫だ。
恥じる方が彼女たちに失礼だろう。
こうして俺が自信を持てるのも、普段から桐葉たちが俺にアプローチしてくれるおかげだ。
むしろ、俺の隣で茉美が赤く狼狽している。
「なるほど、いい面構えをしている。女を侍らせた軟弱者ではないらしい。OU相手に切った張ったの大立ち回りという風聞、ハッタリではないようだ」
凛とした声で滔々と淀みなく答える八郎丸は威厳があり、横暴な雰囲気は微塵も感じられない。
まるで、早百合さんの男版を目の前にしているようだ。
「じゃあ八郎丸、いえ、三年生でしたね、八郎丸さん、さっそく異能学園について話し合いをしたいのですが」
「待ってくれ」
八郎丸さんの視線が宙を走る。
彼にだけ見えるAR画面を読んでいるのだろう。
「野暮用が入った。火急の要件故、待たせる無礼を許して欲しい」
「野暮用?」
「九州の治安が乱れている。気になるならついてきても構わない」
八郎丸は立ち上がり、迷いなく座敷を出て行く。
俺は桐葉たちと頷き合い、その背中を追った。
「待ってください。火急の要件なら急ぎたいんじゃないですか?」
「? 当然だ」
「なら、俺のテレポートなんてどうですか?」
「ほぉ……」
俺を品定めするように、八郎丸さんは目を細めた。
◆
俺らがテレポートしたのは、広い高速道路下の場所だった。
人気のある場所ではないはずだけど、そこには大勢の男子たちが集まっていた。
「さぁて次の試合は磁力使いVSナイフを持った男子5人! さぁ張った張ったぁ!」
髪を染め、耳にはピアス、着崩した制服、首にイレズミ。
今どきこんなわかりやすい不良はいないだろうという程にステレオタイプの格好をした男子が叫ぶと、同じような外見の男子たちが次々千円札を手にした。
★本作はカクヨムでは431話まで先行配信しています。




