糸恋の蜘蛛糸を最大限活用しよう
その日の夜。
動画サイトでは早百合さんが緊急ライブ配信を始めた。
その様子を、俺らは撮影場所である首相官邸で見守っている。
「皆、動画を見てくれて感謝する。日本国総理大臣、龍崎早百合だ。あいさつはこれくらいにして本題に入ろう。先日、異能学園がOU軍に襲撃されたのは知っていると思う。そこで多くの国民から生徒たちの安全性を危惧する声が上がった」
厳かな語調に、計画を知る俺もつい引き込まれてしまう。
相変わらず、演説というか、空気を作るのが上手い。
「決して彼らを優遇するつもりは無い。だが、彼ら彼女ら超能力者は一人一人が人間国宝に匹敵する人材であり、その尽力でこの国が救われたのは事実である。よって、私は彼らを守るべく、ここに異能学園都市の建造を宣言する!」
コメント欄が過熱した。
毎秒1000件以上の驚愕コメントに、欄が激しくスクロールする。
だけど俺も同感だ。
異能学園に続いて、まさかの学園都市。
この人はどこまで改革を続けるつもりなのだろうか。
「具体的には、東京の中で無くなっても生態系に影響の少ない山をひとつ潰し、空いた土地を丸ごと新しい街にする」
声を鋭く大にしながら、早百合さんは朗々と語り続けた。
「CSOの大会でも新しく、学園都市部門を新設し、入賞者は生徒による投票で決まる! こちらにも奮って参加してくれ!」
「待つっすサユリちゃん! 街を一つ作るなんて何十年かかるんすか!?」
ここで質問役の詩冴が登場。
早百合さんによる指名だけど、たぶん選考基準はちゃん付けで呼んでもらえるからだろう。
「ふっ、それなら心配しなくてもよい。学園都市は一か月で作ってみせる!」
「一か月!? まさかミイナちゃんをフル稼働させるつもりっすか? ブラックっす!」
珍妙なダンス、動きで謎の抗議をする詩冴に、だけど早百合さんは動じない。
「いや、最新の3Dプリンターを使おうと思う。私が総理に就任して最初に提出した法案改正案で成立済みだ。これを見てくれ」
言って、早百合さんが展開したMR画像には、更地になった港が映っていた。
月明かりだけが頼りの暗い港を、ドローンのライトが明るく照らし出していた。
「世界では3Dプリンターを使い、一日で一軒家が、一週間でマンションを作れる時代だが、我が国では未だ認可されていない。地震が多いため、耐震基準が厳しいのが原因だ。20年前の3Dプリンターでは基準を満たせず、その後も変化を嫌った業界と政治家により認可は下りなかった。だが」
やや落とした声のトーンを上げて、早百合さんは人差し指を立てた。
「内峰美稲の作るクッションコンクリートと万能ケイ素樹脂ならば全ての基準を満たしたうえでなおかつさらに半分の時間で建設が可能だ!」
言う間に、港では何十というドローンが飛び回り、港の上にみるみる事務所を建設していく。
カステラスポンジの上にホイップクリームを乗せるように、ドローンはセットされたタンクからクッションコンクリートを押し出し、重ね、壁を形成していく。
途中、別のドローンが万能ケイ素樹脂で作りだした水道管を配置し、その動きは水泳のシンクロや集団組体操のように息がぴったりと合っていた。
「港の位置は動かせないからな。先に復興をさせてもらっている。CSOの大会でもデフォルトシートでは港の位置は固定だった。貴君らの作品に影響は与えないから安心して欲しい」
「にゅおおおおお!? 凄すぎるっすぅ!」
「第二次関東大震災で出た瓦礫の山を材料にすれば、クッションコンクリートと万能ケイ素樹脂はいくらでも作れる。資材輸送はテレポートすればいい。もちろん、内峰美稲たちの負担は最小限にしてな。そしてこれをモデルケースにすれば、今後、日本では3Dプリンター建設が一気に進むだろう。土木建築業界が長年抱える慢性的な人手不足も、これで解消されるだろう」
当然、一部の業界人はドローンに仕事を取られるとまた騒いで、討論番組に発展して、美稲が論破する流れになるだろう。
だけど。
「だが、まだドローンでは処理できない作業もある。そうした部分は結局、職人の手に頼る。勘違いしないでくれ。3Dプリンターの技術は仕事を奪うものではなく、仕事を手伝うもの。力仕事や単純作業をアシストしてくれるものだ。間違っても、職人の仕事を奪うものではないさ。それを、学園都市建設で証明しよう」
そう締めくくって、早百合さんはライブ配信を終えた。
◆
「お疲れ様です早百合さん」
「うむ。今回もまた、貴君らに助けられてしまったな」
早百合さんが俺と美稲に目配せをしてくる。
「いやいや、俺はただの運び屋なんで、モノがないと」
「それを言うなら私だって運んでくれる人がいないと」
そうして俺と美稲が謙遜し合っていると、背後から糸恋が感激の声を上げた。
「ふたりともほんまに凄いわぁ。なぁ、提案なんやけどウチも生徒会副会長として何か役に立ちたいし、ウチの蜘蛛糸で防弾防刃の制服を作るってのどうやろか?」
「なんだそのチート装備? お前天才かよ」
蜘蛛糸は、現代科学でも再現が難しい程の強靭さを誇るチート素材だ。
しかも、糸恋の場合。
「でもイトコちゃん、クモ糸の強度ってクモの種類によって違うっすよね? イトコちゃんの糸の強度ってどれくらいなんすか?」
ちなみに、一般的な蜘蛛糸の強度は鋼鉄の8倍だ。
「第二形態になって最大出力やと鋼鉄の24倍やで」
「ぶはっ!」
つい噴き出してしまった。
「世界はそれをチートと呼ぶっす!」
「こないなもん、千切れるんわブライダルモードの桐葉はんだけやろなぁ」
「ちなみにボクの蜂糸シルクも強度は負けるけど伸縮性と耐熱衝撃吸収能力は勝っているよ」
「それはいい。ならば単一素材ではなく、二人の糸を織り込んで異能学園の制服を作ろう」
「あ、いいですねそれ」
俺らが頷き合っている一方で、糸恋はひとりでうつむき、赤面していた。
「ウチの糸と桐葉はんの糸が混ざり合ってひとつの作品に……ッゥ~~」
——糸恋って絶対に桐葉のこと大好きだよなぁ。
最初は完全にライバル視していたものの、今ではおかしな拗らせ方をしている気がする。
「ほ、ほんならまずは試作品を作ってハニーはんに着てもらうんはどうや!?」
「え? 俺?」
「せやせや」
興奮気味に、糸恋が大きく頷いた。
「ウチらの糸で作ったモンに問題が無いか、とりあえずパンツで試してみよか?」
「なんでパンツなんだよ!?」
「パンツで問題なければ何作っても問題ないやろ? な、桐葉はん?」
「はっ! ボクの糸がハニーのハニーを包み守る、いいかも。糸恋天才それ採用!」
桐葉は糸恋の肩を抱き、爽やかなスポーツマンスマイルでぐっとサムズアップ。
「やめろ。謎の変態同盟を組むな!」
俺は両手で空手チョップの寸止めジェスチャー。
二人はそろって可愛く目をつぶった。
——エロカワイイ!?
二人の爆乳が互いに押し潰し合っているのを、俺は見逃さなかった。
★本作はカクヨムでは423話まで先行配信しています。
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
蜘蛛糸が鋼の何倍かは諸説あります。
が、本作では8倍説を採用しています。