無限地獄スタート
獅子身中の虫を気にしながらでは、ろくな政治活動ができない。
みんなも、そうだよ、と舞恋を励ますも、彼女の表情は暗いままだった。
――そういえば、詩冴の奴はどこに行ったんだ?
◆
同じ頃、東京某所の会議室にて、24人の社長が頭を抱えていた。
「くっ、このままでは我々エロゲ業界は終わりだ」
「求められるクオリティは年々上がるのに売り上げは下がるばかり」
「もはや新作を作る余裕はなく、過去の人気作の続編や外伝で食いつないできたが」
「それすらも最近は赤字がでるようになってしまった……」
「やはり無料コンテンツ全盛の時代に一本1万円もするエロゲは駄目なのか……」
「エロ画像が見たければネットでいくらでも拾えるしな……」
会議室のドアが勢いよく開け放たれ、24人は一斉に顔を上げた。
そこに立っていたのは、マスクとサングラスで顔を隠した、純白ツインテールの巨乳女子だった。
「あ、あなたは?」
「シサ、ワタシの名前はハレンチ仮面っす! 今日はみんなに一日早めのお年玉という名前のゲーム制作費をプレゼントに参上したっす。さぁ、この電子マネーを受け取るっす」
ハレンチ仮面がデバイスを操作すると、社長たちが目を丸くした。
「こ、こんなに!?」
「これだけあれば、完全新作が何本も作れるぞ!」
「ただし、人件費をケチらず宣伝費もかけて、必ずコミカライズとOVAを作って24社共同のサイトを作ってそこでコミックとOVAを無料配信するっす。そしてこれがいい萌えエロ作画をするエロ漫画家24人のリストっす。24本作れば、そのうちの一本が業界を支えるロングコンテンツになるかもしれないっす。ではシサ、ワタシはこれで」
それだけ言って、ハレンチ仮面は会議室を出て行った。
24人の社長は、みんなで涙を流しながら敬礼をした。
『ありがとう! ハレンチ仮面!』
正体はバレバレだったが、その名前を口にする者は一人もいなかった。
そして今後、エロゲ業界の関係者は皆、選挙の時は青桜党に投票するのだった。
◆
「2020年以降、日本は停滞を続け、多くの分野で他国に後れを取った。今や日本を技術大国と呼ぶ国は無く、GDPは四位に落ち、多くの経済学者が日本の没落は不可避と語り、失われた20年と言われている」
東京のとある講堂で、早百合さんは多くのカメラを前に胸を張り、毅然と言い放った。
「だが、私は失われた20年を4年、1任期で取り戻し! 日本を世界一位の国にすることを皆に約束しよう! 日本は終わっていない! 私が、強い日本を取り戻す!」
万雷の拍手が会場を埋め尽くし、カメラのフラッシュが早百合さんを包み込んだ。
その賞賛とプレッシャーを全身に浴びながら眉一つ動かすことなく、早百合さんは軽く手を挙げて応えながら、壇上から降りた。
「お疲れ様です。早百合さん」
「うむ」
俺が微糖缶コーヒーを手渡すと、早百合さんは気風よく一気に飲み干してくれた。
「それで、前総理のほうはどうなっている?」
真理愛が進み出た。
「こちらです」
開かれたMR画面には、パトカーから引きずり出される前総理の姿があった。
早百合さんとは真逆の意味でカメラのフラッシュを浴びながら、感情的に喚き散らしている。
『あの龍崎というペテン師に騙されてはいけません! 彼女はこの日本を乗っ取り支配しようとしている! 彼女の陰謀を止められるのは我が日の丸党だけです! 国民の皆さん、目を覚ましてください!』
それからも、真理愛の投稿した動画は作り物だと喚きながら、警察へ連行されていく姿は、元総理とは思えない惨めなものだった。
この一年間、こいつに振り回されてきたかと思うと胸がすく想いだ。
一方で、こいつが日本を経済破綻させなかったら俺は自分が超能力者であることにも気づけず、桐葉たちと出会うこともなかったのだと思うと、複雑な想いだった。
そんな俺の気持ちを見透かしたのか、桐葉が声をかけてきた。
「気にすることないよ、ハニー。ボクらが出会えたのはあくまで結果論。ボクらを引き合わせようとして経済を破綻させたわけじゃないでしょ。結果がどうあれ、悪いことは、やっぱり悪いことなんだよ」
穏やかな、だけどどこかたしなめるような声音に、俺は少し身が引き締まった。
「だな。あいつに情けは無用だ」
「うん。むしろ下水道シュートできなかったことを悔やむぐらいじゃないと」
「それは余計じゃないかな?」
白い歯を見せて笑う桐葉に、俺は苦笑を漏らした。
「では皆、我らの家に帰ろう。そして、初詣だ」
キレイにしめたところで、早百合さんがもうひと押し。
「それと真理愛、前総理の未公開犯罪映像は奴が釈放されるたびに小出しにするのだ」
「承りました。まとめて裁かせるよりも、細く長くしたほうが前総理を長く刑務所に入れておけるのですね」
「うむ。それに人の記憶は風化する。数年おきに公開したほうが、信頼回復を阻止できるだろう」
つまり、前総理は釈放の開放感に包まれるたびに別件で再収監されるのか。
天国からの地獄。
ある意味最強の拷問だと俺は肝を冷やした。
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長いおまけ! 名探偵だよマリアちゃん第2話
とある雪山のペンションで、オーナーの辺市四郎氏が殺害された。
容疑者は宿泊客8名。
そして外部犯人の可能性もある。
外は吹雪でデバイスは圏外。
オーナーは固定電話いらない派でありここはまさに陸の孤島。
死体を取り囲みうろたえる宿泊客の背後で、コート姿の男が一歩踏み出した。
それこそがこの俺、探野偵介である。
俺の周りで毎週必ず起こる殺人事件は当然として、他にも数々の難事件を解決し、警察の相談役として重宝され事件現場には顔パスで入れる。
警部や署長とは気軽に世間話をする仲だ。
雑誌のインタビューも何度も受けている、巷で人気の名探偵さ。
月曜日から土曜日まで誰も死なないから今日、雪山のペンションに行ったら思った通り、オーナーが死んだ。
私がペンションに行くとほぼ確実にオーナーが死ぬのだ。
許してくれオーナー。
これも全ては私の名探偵としての名誉を回復するため。
前回は四天王の名で有名な有馬真理愛のせいでいいところを見せられなかったからな。
だけどここに有馬真理愛はいない!
そして陸の鼓動だから偶然現れることもない!
頼れるのはこの俺一人!
皆さん安心してください。
今この俺が華麗に事件を解決してあげますよ。
だから明日、警察とマスコミが来たら俺の活躍を思う存分語ってください!
俺は死体を囲む宿泊客たちに近づき、バサッとコートを翻した。
「やぁ奇遇ですね皆さん! ここはこの俺、探野偵介に――」
「ハニー、家にテレポートして真理愛連れて来てよ」
「わかった」
シュン
シュン
「連れてきたぞ」
「お初にお目にかかります。有馬真理愛と申します。念写したところ、犯人はオーナーの大学の時代の友人ですね。これが証拠映像です」
「そうだ! オレが殺したのさ! こいつは大学時代オレの恋人を寝取ったのさ! しかもオレへの嫌がらせでな! 弄ばれた彼女はそのあと自殺したよ! こんなクズのせいでなぁ! さぁ警察へ連れていけ! こいつさえ死ねばもうシャバに用はねぇぜ!」
「じゃあ皆さん、俺らは犯人を警察に届けてきますね。桐葉と真理愛も来てくれ」
「わかりました」
「OK。ん? キミは何しているの? 部屋の中でコートなんか着て」
「え? いや? あの、別に……」
「ママー、あの人だーれー?」
「誰だったかしらねぇ」
「あれだろ? 昔名探偵とか言われていた」
「あーあの、名前なんだっけ?」
「忘れた」
「そのうち【あの人は今】に出るんじゃね?」
「…………」
俺の名前は探野偵介……元・名探偵さ……がくり。
★本作はカクヨムでは364話まで先行配信しています。




