警察出動
「そりゃ貴方の時は社員教育もあったし終身雇用で働けば働くほど賃金は上がったし出世もしたからでしょう?」
鹿羽が顔を上げて目を丸くした。
「今と50年前じゃ労働条件が全然違うんですよ。なのに会社は社員教育をしないのにミスをすれば叱ってくるし、退職金も終身雇用もないのに忠誠心だけは求めるし、賃金は上がらないのに残業は求めるし、出世させてくれないのに成果だけは求める」
俺はサラリーマン経験なんてないけど、ネットでいいだけ言われていることだ。
「若者だってきちんと教育してくれれば仕事しますよ。定年までこの会社にいられると思えば忠誠を誓いますよ。お金をくれるなら働きますよ。成果を評価して出世させてくれるなら頑張りますよ。でも違うでしょう? 今の会社は黙って安く奴隷のように働く保証いらずでいつでも切れる労働力を求めているだけでしょ? 遣り甲斐搾取の労働力搾取体制のくせに過去を美化して被害者面しないで下さい。ついでに質問したら自分で考えろって言うくせに自分で考えてミスしたらなんで質問しなかったって理不尽に怒って来るのみんな嫌がってますよ」
「ハニーの言う通りだよ。知ってる? 古代エジプトでピラミッドを作っていた労働者は高給取りで自己都合で自由に休みも取れたのに人力で現代並のスピードでピラミッドを完成させたって。古代のファラオでさえ人はブラックに酷使するよりもホワイトに厚遇したほうがよく働いてコスパがいいって知っていたんだ」
「似たような話で秀吉が仕事を早く終わらせた大工から順に高額の追加ボーナスを払うって言ったら城壁の補修工事が数倍の早さで終わったってのもあったな」
「そうそう。それが、現代人なのになんでわからないかなぁ」
「ぐぐぐぐぐ、ぐ……ふ、ふん」
意外にも、鹿羽は落ち着き払って背もたれに体重を預けた。
――おかしい。なんであんなに冷静なんだ?
あの二人の背後には元総理がいる。
何か秘策があるのか。
俺の危惧を見透かしたように、俺にだけ見えるAR画面に念写が起こった。
『ふふん。論破されようが人権問題に発展させればこちらの勝ちだ。市民団体の関係者を総動員してデモ活動をして主催者発表で10倍に人数を水増ししてネットに書き込んでバカな民衆を煽ってやれば龍崎も辞職せざるを得ないだろう』
――なるほど。そういう作戦か。
ようするに、連中にとってこの討論の勝敗はどうでもいいのだ。
早百合さんサイドと話し合いをしたけど聞いてもらえなかった。
その既成事実を作るのが目的というわけだ。
当然、討論の内容は自分たちに都合のいいように編集、切り抜いた動画を投稿したり、悪意のある解釈をして事実であるかのように喧伝するに違いない。
なんでもそうだが、元動画や一次資料を目にする人は少ない。
これは、正直マズイ。
早百合さんの青桜党は議席の3分の2を獲得しているが、世論が敵に回れば、関係各所の理解を得られず政策に大きな支障をきたす。
こんな馬鹿げた方法で盤面返しをされるのか?
世論の操作。
それは超能力でもどうにもならない、最悪の壁だ。
「…………」
だからこそ、俺は真理愛に感謝した。
――やっぱり真理愛は最高だぜ。
収録中にもかかわらず撮影人が騒がしくなったかと思うと、数名の警察が現れた。
皆、何事かと思っていると、勇ましい顔つきの婦警さんたちが腹黒と鹿羽に歩み寄った。
「こちらの動画について、お二人に事情聴取をしたいのですが?」
そう言って婦警さんたちがMR画面に表示したのは、真理愛が放送中に投稿すると言っていた、前総理との密談シーンだ。
画面の中で、前総理と原黒、鹿羽は卑猥な顔で早百合さんの下半身を狙う密談をしていた。
変態性を欲しいがままにした猥褻動画に、ネットは大荒れだ。
「こ、これは捏造だ!」
「有馬、そうだ、これは有馬真理愛の陰謀だ。あの女は創作映像を自由に念写する能力を持つんだ! これが本物である証拠がどこにある!?」
「詳しい話は署で聞きます」
「前総理に電話をさせてくれ! そうすれば濡れ衣だとわかるはずだ!」
「つまり前総理とのつながりは認めるのですね?」
「はぐぁっ!」
――バカだ、バカがいるぞ。
「待て! 私がいなくなったら教育界の損失だぞ! 私をだれだと思っている! 私は教師生活50年! 70歳の今年で定年退職して退職金をもらうんだ! 頼む、せめて退職日まで、退職日までは待ってくれぇええ――」
「公務員が触るなぁ! 我々庶民の税金から給料を貰っている分際でぇ! 弁護士を呼べ! 私にはその権利があるぅ――」
泣き叫びながら意外にも剛腕な婦警さんたちにずるりずるりと引きずられていく二人。
あまりにも抵抗するので、カメラからフレームアウトしたタイミングで、警察署にテレポートしておいた。
それを察した婦警さんたちが敬礼をくれた。
「協力、感謝いたします」
「どういたしまして。じゃあみんな、残った時間で早百合さんの政策について説明しようか」
「そうだね。じゃあ美稲」
「うん。皆さん、これから龍崎総理が行う組織改革について、あらためて説明しますね。アシスタントに、真理愛、お願いできる」
「はい。承りました」
学園三大美少女の思わぬ解説番組に、視聴者たちは大盛り上がりだった。
――桐葉、美稲、真理愛がそろうと壮観だな……。
思わず唾を飲み込みながら、俺は空気を読んでフレームアウトした。
◆
収録が終わると、カメラが止まってからみんなで集まる。
「お疲れ様。はい飲み物」
「ありがとう茉美」
「温かい蒸しタオルなのです」
「ありがとう麻弥」
「桐葉、麻弥ごと抱き上げたらだめだろ」
けれど麻弥たんは気にした風もなく、蒸しタオルで桐葉の顔を拭き始めた。
ちなみに桐葉はノーメイクなので問題ない。
桐葉はメイクもアクセサリーも無くても完成された美少女なので、むしろ邪魔になるのだ。
そこでふと、ちょっと離れた場所に立ち尽くす舞恋に気が付いた。
「どうしたんだ舞恋? そんなところで」
「えっ、いや、やっぱりみんなすごいなぁって思って」
なんだか気後れした態度で、舞恋は頬をかいた。
「だってハニーたちはみんな早百合さんの新プロジェクトで大活躍しているし、こうやって討論にも勝っちゃうし」
「サイコメトラーのエースが何言ってるんだよ。そもそも青桜党を結党できたのは舞恋のおかげだろ?」
事実、青桜党のメンバー集めは舞恋の手柄だ。
真理愛の念写では、相手が今、考えていることはわかるものの、相手の詳しい精神性まではわからない。
舞恋がいなければ、青桜党はメンバー集めすらできなかっただろうし、無理に集めても腹に一物抱えた人が混ざっていただろう。
獅子身中の虫を気にしながらでは、ろくな政治活動ができない。
みんなも、そうだよ、と舞恋を励ますも、彼女の表情は暗いままだった。
――そういえば、詩冴の奴はどこに行ったんだ?




