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ゾンビ企業問題

「ふ~ん、それで、校内の犯罪に警察を関わらせないのも教育の一環?」


「それもあるが、学校には自治が認められている。つまり、学園では校則が法律であり教師が裁判官であり警察なのだ!」

「それは方針であって権限はないよ。実際、殺人や婦女暴行事件が起こったら普通に生徒も教師も逮捕されているだろ?」


「そ、それは……しかし!」

「さっき、返すから窃盗じゃないって言っていたけど、法律上、他人の物を許諾を得ずに長期間所持したら窃盗罪が成立するんだよ? 法律を知らないのはおじさんのほうでしょ?」


「え?」


 原黒はぽかんと、間抜けな顔をした。


「女子の下着やおっぱいの発育具合を確認するのは強制猥褻だし、散髪や染髪を強要するのは傷害罪、恋愛禁止は人権侵害、これらに教育の為なら許すなんて条文や判例はないし、教師や学校のその権限もないよ」


「うぐっ」


 弱り果てる原黒に、桐葉は畳みかけた。


「他にも体罰だろうと子供の喧嘩だろうと暴力行為は【暴力罪】に【傷害罪】。誹謗中傷と晒し行為は【侮辱罪】や【名誉棄損罪】。私物を盗む没収する、渡すよう強要するのは【窃盗罪】や【恐喝罪】。私物を壊したり汚すのは【器物損壊罪】や【汚染罪】。どれも法治国家日本で定められた犯罪行為だ。なのに、校内だから合法なんてしていたら、生徒たちに間違った認識を植え付けるだけじゃないの!?」


「うぎぎぎぎぎぎぎっっ、このクソガキがぁ…………」


 原黒が憤激しながら握り拳を震わせると、隣に座っていた鹿羽がカットに入った。


「教育についてはこれまでとしましょう。どっちが正しいかは番組の反響ですぐにわかるはずです」


 俺にだけ見えるAR画面に、鹿羽が考えていることが念写されていく。



 ――…………なるほど、そういう作戦だったのか。こいつらが討論を仕掛けてきた理由がわかったよ。


「では続いて、鹿羽骨男さん、どうぞ」


 頭の禿げあがったガリガリに痩せた老人は、使命感に燃えた目で熱く語り始めた。


「私は龍崎氏の言うゾンビ企業やブラック企業の撲滅には反対です!」


 原黒といい、鹿羽といい、早百合さんを決して総理とは呼ばない。

 一国の首相とは認めないという意思表示だろうか。

 そんな鹿羽に、今度は美稲が答えた。


「それはどうしてですか?」


「まずゾンビ企業だが、政府が企業に投資するのは当然の経済政策だ。社員数万人の大企業が潰れれば、多くの社員が路頭に迷い消費は落ち込み日本経済全体に波及するんだぞ!」


 ――原黒に比べれば、いくぶん論理的に聞こえる。けど俺ら、主に美稲は騙されない。


「私もそう思います。ですが、投資するなら大企業である必要はありません。将来有望な中小企業やベンチャー企業に投資し、新たな大企業に成長させるのも良いでしょう。少なくとも、ただの扶養家族状態の大企業を養い続けるよりはね」


「それは確かにおいしいな、もしもそうなれば我が社もあの忌々しい元請け共にこびへつらわなくても……はっ、違う違う、私が言いたいのはそうではなくてだな!」


 ――今完全に揺らいでいたよな!?


「金のない中小企業から未払いの賃金を奪うなど正気ではない。いいか、中小企業はただでさえ資金繰りが大変なのに法律を盾にして金をゆするなど、龍崎氏は日本を支える中小企業をなんと心得ている!」


「えーっと、つまり生活に困窮をしたら窃盗してもいいということですか?」


「何故そうなる!?」


 鹿羽が激昂する一方で、美稲は温和な笑みを崩さなかった。


「まず前提としては我々が住んでいるこの日本が法治国家であること、労働基準法という法律があること、法律を破ると犯罪であることは理解して貰えますか?」


「当然だし言いたいことはわかる! だが、赤信号を渡ったり歩道を自転車で走っても逮捕されたり罰金を払わされる人がいないように、法律には形骸化していて機能していないものもある。母親が子供を殺しても殺人罪ではなく過失致死と判断されることが多いのも同じだ」


 これは、前に美稲から聞いた話だ。

 子供を殺した母親を全員殺人罪で裁くと体裁が悪いため、過失致死という甘い判決を下す傾向があると。

 この鹿羽って、そこそこ知識あるんだな。


「労働基準法もそれと同じだ。守っていては経営の苦しい企業は回らない。そもそも、ブラック企業が潰れればそこで働く社員たちは職を失い。未払いの賃金を受け取れば一時的な金は手にしてもその後はどうする? 社員のことを考えれば、サービス残業をしてでも忠誠を誓った会社のために尽くすべきだろう?」


 ――最後のほう、一気にキナ臭くなったな。


「ブラック企業が潰れても社員は路頭に迷いませんよ?」


「なん、だと?」


 鹿羽は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「会社が無くなって需要がなくなるわけではないので、職を失った社員たちは仕事が増えたホワイト同業他社に転社するだけです」


 手の平をみせるようなジェスチャーを加えて、美稲は先生口調を取る。(美稲みたいな美人教師が担任なら男子たちの成績は爆上がりだろう)


「とある町に青果店が二店あったとします。一方はホワイト、一方は従業員に厳しいブラックです。このうちブラック店が潰れたとしても、町の人口はそのままなので、青果の需要はそのままです。町中の人がホワイト店に殺到すれば、仕事を回すためにホワイト店は元ブラック店の従業員を雇うでしょう? そういうことです」


 美稲がニッコリほほ笑むと、鹿羽は息を詰まらせた。


「ぬ、ぬぐ……」


「私が調べたデータによると、日本の労働人口の3割が大企業で働いていて、4割が大企業の子会社、あるいは下請けのホワイト企業で、残る3割がブラック企業で働いているそうです。早百合総理の計画では、ブラック企業を無くしてそこで働いている1000万人以上の労働者をホワイト企業へ転社させる予定ですよ。だから労働者は困りません。むしろ、少子化でどこも労働者不足ですから、ホワイト中小企業を救う行為でもありますね」


「それ、は……」


「むしろ」


 美稲の笑みが、愚かな人間を見下ろす女神のような深味が差した。


「法律違反の悪徳企業を潰してホワイト企業と労働者の両方を救う政策なのに反対する人って、悪徳企業の経営者だけじゃないですか?」


 鹿羽が凍り付きながら冷や汗をかいた。

 それから、独り言のように恨み言を呟いた。


「くっ、どうして日本はこんな国になってしまったんだ。私は若い頃は会社に忠誠を誓い会社のために休日出勤やサービス残業は当たり前、企業戦士として全てを投げうちがむしゃに働いたのに……」


 あまりにも時代が見えていないので、今まで黙っていた俺だけど、口を開いた。


「そりゃ貴方の時は社員教育もあったし終身雇用で働けば働くほど賃金は上がったし出世もしたからでしょう?」


 鹿羽が顔を上げて目を丸くした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 補足

 ホワイト企業にいきなり何万人の労働者を受け入れろと言っても無理だと思いますが大丈夫です。

 1日で今日から全ブラック企業が同時に消滅してホワイト企業に何万人の労働者や雇え、ではなく、毎日コツコツとブラック企業を解体して労働力不足のホワイト企業へ供給。

 合わせてホワイト企業はブラック企業が消化していた需要を肩代わりしつつ会社の規模を大きくする、という流れです。

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