年上を敬う理由とブラック校則
「私は龍崎氏がかかげる校則の規制と校内問題への警察介入に断固反対です! このようなことをすれば日本の近代教育は崩壊し子供たちは非行に走り治安は乱れ日本は古今未曽有の混乱に見舞われることでしょう!」
唾を飛ばしながらまくしたてる原黒に、桐葉は冷たい視線を向けた。
「妄想じゃなくて具体的に言ってもらえます?」
「妄想とはなんだ! 年上に向かって失礼だとは思わないのか!? これだから龍崎信者のネトウヨならぬネトリュウは困るんだ!」
ネトリュウとは、早百合さんに影響された若者のことらしい。最近、ネットで知った。
「失礼だとは思いません」
桐葉の即答に、原黒は鼻白んだ。
「人生の先輩に対する礼儀がなっていないな! まったく親の顔が見てみたい、どうせろくな教育を受けずに育ったのだろう。皆さん、こいつが龍崎氏が悪だという証拠です! 龍崎氏に影響されるとこういう礼節の欠片もない欠陥人間になってしまうのです!」
「初対面の相手を【コイツ】呼ばわりしたり【欠陥人間】扱いするのは失礼じゃないの? 相手個人を非難するのは人格攻撃って言って詭弁術のひとつだよ」
「黙れ! 私は君に教育をしてやっているんだ! 今まで君たちが大人たちを煙に巻いてきたくだらない論破ゴッコは通じないと思え!」
支離滅裂なことを並べ立てながら、原黒は熱弁する。
対する桐葉の声のトーンはみるみる冷却されていく。
悪党を前にした時の桐葉、どこまでも怖い。
「じゃあなんで年上が目上でへりくだらないといけないのか教えてよ」
「年上を敬うのは常識だろう!」
「だからその理由を聞いているんだよ。日本語わかる?」
「なんて生意気な! 人生の先輩だからに決まっているだろう! 日本語がわからないのはどっちだ!?」
「それは年上を言い換えただけで理由になっていないじゃないか。やっぱり日本語わからないの?」
「え……? いや……そうだ、人生の先輩ということはそれだけ多くの経験を積んでいて見識が広くて人間として格上だからだ!」
「つまり、大事なのは経験や見識の広さであって年齢じゃないよね?」
「ぐっ、それは、だが年を重ねていれば経験豊富に決まっているだろう!」
桐葉は首を傾げた。
「……。たとえばおじさんと同じ年のニートや殺人鬼とおじさんは同格なの?」
「ニートや殺人鬼と私が同格のわけがないだろう!」
「じゃあやっぱり大事なのは本人の経験や言動、品格とかで年齢は関係ないよね?」
「それは、だが、しかしガキの年齢では大した経験はできないだろう! 大人同士ならともかく、大人と子供なら大人のほうが経験豊かに決まっている!」
「ボクらは経済破綻した日本を救うために日本各地を飛び回って大勢の人たちとかかわりあいながら日本の経済を再生させたし、テロリストとも戦ったし、選挙にもかかわった。経験値ではボクらのほうが上だと思うよ?」
「そ、それは全て龍崎氏がしたことで君らはちょっと手伝っただけだろう!」
「つまり早百合さんのほうが経験豊富だってことは認めるんだ。格上なんだから敬ってね!」
「ッッッッ!」
――16歳の手玉に取られる校長ってなんなんだろうな……。
桐葉が相手では敵に同情するしかなかった。
「あのねおじさん、日本の年上を敬うっていう考え方は大陸から伝わった儒教が元なんだよ。年上の人は経験豊富で若い人に物事を教えたり助けてあげたりするから敬うべきだって儒教じゃ教えているんだけど」
「ほら見ろ! つまり、私の思想は儒教並ということだな!」
原黒は自慢げに胸を張るも、それは早合点だった。
「それは時代錯誤だよ」
「なんだと?」
「時流がゆっくりで親世代も子供世代も生活レベルが同じ大昔なら、大人の経験をそのまま継承すればよかった。けど明治以降、時流が加速度的に早くなると10年ひと昔なんて言葉がある通り、大人の経験は役に立たなくなった。むしろ古臭くて邪魔になった。それは車の時代に乗馬を教えるようなもの。生活も多様化して業界が違えば通じない常識もあるしね。それに、おじさんのは儒教の悪用だ」
「馬鹿な! 教師生活50年! 今年で70歳になるこの私をバカにするのか!?」
「それだよ。それ」
突き放すように、桐葉は冷たく言い放った。
「儒教では年齢に比例して経験が増えて偉くなると言うけど、それは50歳なら50レベルの、70歳なら70レベルの、目上として、若者から尊敬されるような言動をしなさいって教えでもあるんだ。なのにおじさんは、70歳になったんだから自分の言動には70レベルの価値があると思い込んで横柄になるばかり。今のおじさんは成人式で今日から俺らは大人だって暴れるヤンキーと同じだよ」
「うぐぐぐぐぐ!」
「しかも若者を教え導き助けることが前提なのにおじさんは助けるどころか全国放送でボクを欠陥人間扱いしていじめているだけじゃないか」
「論点をズラすなぁ! 今回は校則の規制と校内問題への警察介入が議題! 関係ない話で誤魔化すな!」
—―お前が原因だろ。
「早百合さんは人権を無視した法律違反の校則を禁止すって言っているだけなんだけど?」
「何が人権だ! 義務も果たさず権利を主張するな! 子供には規律と言う名の教育が必要なんだ!」
「ふ~ん、その規律がこれ?」
言って、桐葉がMR画面を展開すると、そこには全国で問題になっているブラック校則がズラリと並んでいた。
・防寒具禁止
・化粧 日焼け止め リップクリーム禁止
・パーマ禁止
・女子の坊主頭禁止
・先生の許可なく髪を切ってはいけない
・染髪禁止
・黒髪強要
「これ、なんで禁止されていてなんの教育になっているの?」
★本作はカクヨムでは363話まで先行配信されています。




