これが龍崎早百合ラインだ。
「うむ。ではこれより、皆に【日本列島大改造論】を伝える!」
【日本列島大改造論】
その言葉に、記者たちは神妙な面持ちになった。
俺も、画面に食い入るようにして注目してしまう。
「私は2020年以降、日本が20年間放置してきた問題を解決する! まずは脱炭素社会の実現だ!」
確固たる意志を持って、早百合さんはカメラを見据え、画面越しに俺らひとりひとりの眼を見て語った。
「世界が脱炭素へ進む中、日本は変わらず石炭と石油を使い続けてきたが終止符を打つ!」
早百合さんは握り拳を固めた。
「日本の石油消費の内訳は4割が火力発電や暖房などの熱源、もう4割が機械を動かすための燃料、残り2割がプラスチック製品だ。火力発電は奥井育雄がメタンハイドレートをアポートしてくれたことで石炭石油火力発電所を停止することで解決した」
――奥井育雄……あ、俺か。
最近、ハニーとしか呼ばれないから一瞬、誰のことかわからなかった。
おのれ桐葉。全部お前のせいだぞ。許すけど。
「プラスチック製品は、代替品となる紙、土から作れるケイ素樹脂の製造に投資する。加えて、ガソリンエンジンの製造を規制する」
「それは、自動車業界が反発しませんか?」
「もとより2030年には禁止予定だったものを、自動車業界からの陳情と献金と賄賂で延期し続けていたのだ。文句を言われる筋合いはない」
記者の問いかけに、早百合さんは即答した。
ちなみに、賄賂を受け取っていた議員は先日の選挙時に真理愛の念写で逮捕された。
「無論、我が青桜党は賄賂など受け取らない。政治活動費は内峰美稲と奥井育雄の出資により潤沢にある」
1200億円とか貰っても使い道ないしな。なら、早百合さんの政治活動に使って欲しいというのが本音だ。
「今後、日本は電気、水素自動車社会へと大きく舵を切る。既に20年前から水素自動車の普及に努めているトミタ自動車の協力は取り付けている。現在の水素使用量は年間200万トンだが、4000万トンまで増やしたい。これで石油は古い機械と灯油ストーブを動かす時ぐらいしか使わん。年間使用量を十分の一にするのが目標だ」
水素は海水から無限に作れる。
美稲なら、4000万トンぐらい余裕だろう。
「自動車と言えば交通、輸送の問題だが、20年前から大型車両の運転手不足が深刻化している。これは自動運転車の普及で対応する」
結論から言えば、2040年現在、日本国内に自動運転車はまるで普及していない。
原因は……日本人の事なかれ主義のせいだ。
「技術的には可能だが、交通事故の責任問題で法整備が進まず、日本では普及しなかった。とはいえ、海外でも通信ラグのせいで事故が起きている。仕方ない側面もあった」
自動運転車はGPSで現在地を確認することはもちろん、外部と通信しながらコンピュータ制御されている。
だから、通信ラグが起きてAIのレスポンスが遅れると事故が起こってしまう。
20年前に大手自動車メーカーのボンダが自動運転車を発売したけど、新車は出ていないらしい。
アメリカでは事故が起きると改良してドンドン新車がリリースされているものの、日本では何か問題が起きたら困るからとどこのメーカーも製造を中止している。
安全な運用方法を考えるのではなく、危険だから禁止しようという日本のことなかれ主義による弊害だ。
「しかし、内峰美稲が生成したダイヤモンド半導体のおかげで普及しつつある6G通信ならラグは起こらない。それでも誤作動の問題はあるが、予想される年間交通事故件数は手動運転の1000分の1だ」
ようするに、機械が誤作動する確率よりも人間が誤作動する可能性のほうが遥かに高いということだろう。
「これにより、15兆円の損失が消える」
15兆円? と、記者たちが騒ぎ始めた。俺も意味がわからなかった。
「自動運転になれば、前の車を待たず青信号と同時に全ての車が同時に動く。つまり渋滞がなくなる。日本の渋滞における損失時間は50億時間。損失額は15兆円にものぼる」
そうなの!?
と俺が驚く間も、早百合さんは滔々と熱弁を振るい続けた。
「故に、私は電気自動運転車を日本中に普及させたい。他、1000万台のドローンが日本の空を飛ぶことを目指す。ドローンも、墜落事故を恐れて前政権が運用規制をし過ぎたせいで普及しなかった。おかげで日本の運送業は世界に後れを取った。だが、海外の20年分の運用蓄積データを使えば、今からでも安全な運用が可能となるだろう」
俺も、海外映画でドローンが配達してくれる光景を見て、いいなぁ、とは思っていた。日本でも、是非普及して欲しい。
「続けてエネルギー問題だが、メタンハイドレートのおかげでガス火力発電は無限にできる。が、送電に金がかかる。永久電池と長期バッテリーの開発に投資していきたい。また、クリーンで持続可能な発電体制を構築する。まずは地熱発電開発だな。日本中の地熱を開発すれば年間消費電力の二割を賄える」
本当はメタンハイドレートではなく、二酸化炭素をまったく出さない水素で発電したいけど、当分、それはしないらしい。
早百合さん曰く、
「内峰美稲にはただでさえダイヤモンド半導体のパーツを作ってもらっている。そこへ水素まで生成してもらっては負担が大きすぎる。彼女は人間であり水素製造機ではない。仮にするとしても、ダイヤモンド半導体の大量生産工場が完成して彼女の手が空いた時だな」
まったく、早百合さんらしい言葉だ。
どこまでも、人を人として見てくれる。
そんな早百合さんだから、俺は大好きになったのだ。
「それからインフラだ。今の日本のインフラは高度経済成長期やバブルの頃に作ったものがほとんどだ。この70年の間に老朽化が進み、今では毎日のように水道管が破裂しトンネルや橋の崩落事故が起きている」
これは俺も体験したことがある。
小学生の頃、学校近くのアスファルトが破裂して、噴水のように水が噴き出していた。
「日本中の都市の地下に洪水用の地下貯水槽を建造。既にある場所は改修工事を行う。他、上下水道とガス管の取換工事。電線の埋設。橋や高速道路、トンネルなどの建て替えも行う。また、道路のコンクリートやアスファルトを遮熱撥水効果の高い最新のクッションのコンクリートに張り替える。時間はかかるが、地球温暖化とヒートアイランド現象を考えれば必要な措置だろう」
矢継ぎ早にまくしたてられる改造論に、記者たちは圧倒され、何も言えない様子だった。
だが、早百合さん無双はまだ終わらない。




