選挙結果!
翌日。12月18日火曜日の夜。
俺らは、青桜党の選挙事務室で、開票結果を聞いていた。
壁一面に展開された巨大MR画面のニュースを見守りながら、候補者や支援者たちは、パイプ椅子から立ち上がりながら、深刻な表情で手に汗を握っている。
今朝の世論調査では、青桜党の支持率は60パーセントを超えていた。
昨日の記者会見、それと日の丸党議員が念写能力者とサイコメトラーの女子を脅して盗聴させた証拠を真理愛に念写させたのが大きい。
けれど、前評判とは裏腹に、ということもある。
下馬評を覆す、というやつだ。
必然、誰の目にも焦りと不安が浮かんでいた。
一人、当選確実の報が入るたび、誰もが勝利の雄叫びを上げたり、悔しさで断腸の苦痛に耐えるような呻き声を上げる。
選挙事務室は、地獄の釜もかくやという熱気と、エンマ大王が判決を下す直前かと思うような緊張感に包まれていた。
俺も、息が詰まる想いだ。
昨日の記者会見で、早百合さんへの誤解は解けた。
だけど、冤罪事件の無実を証明しても、周囲からの印象は変わらない。同じように、未だ早百合さんに良くない印象を持つ輩もいるだろう。
それに、日の丸党や他の野党たちの支持母体も、完全崩壊したわけじゃない。
単に、若くして成功している早百合さんに嫉妬して他の政党に投票する人もいるだろう。
早百合さんが政権を取れなければ、異能省と異能学園は潰される。
その恐怖に耐えるべく、俺は自分を鼓舞し続けた。
その一方で、俺の隣に座る早百合さんは、この緊張感を楽しんでいるようにすら見える。
逆に、俺以外のみんなは緊張で、言葉が出ない様子だった。
詩冴と舞恋と茉美と糸恋は、四方向から麻弥を抱きしめシェアして精神安定剤にしていた。
美方は白目を剥きながらヒッヒッフー、とラマーズ法で呼吸をしていた。
――お前は何を産む気だ。
弟の守方は、震える姉を抱きしめ、頭と背中をさすり続けていた。
――お前も苦労しているなぁ。
真理愛と美稲は顔の前で両手を合わせて、真剣に祈っていた。
俺の逆隣に座る桐葉でさえ、戦況を見守る軍師のように鋭い表情で俺の手を握っていた。
早百合さんが政権を取れなければ、俺と桐葉の関係もどうなるかわからない。
俺も、桐葉の手を強く握り返した。
すると。
「龍崎早百合氏、当選確実となりました」
テレビから流れた一言に、選挙事務室が沸騰した。
その一方で、早百合さんは眉一つ動かさず、クールに立ち上がった。
「自身の当選を嬉しく思う。これも私と共に戦ってくれた皆と、そして私を信じてくれた有権者たちのおかげだ。しかし! 我らの目的は私の当選ではない! 過半数の議席を取ることである! 私一人が落選しても、私以外の全員が当選したならば、それは我らの勝利である。それこそが選挙と心得よ!」
その熱くも鋭い声に鼓舞されて、候補者たちの心が一丸となるのが分かった。
本当に、尋常じゃないカリスマ性の持ち主だな。
でも、早百合さんの言う通りだ。
青桜党が過半数の議席を取らないと、勝利とは言えない。
青桜党が与党になって、政権を取って、異能省と異能学園を存続させる。
そして、俺と桐葉たちは一緒に高校生活を過ごすんだ。
「桐葉、愛しているよ」
何故か、不意にその言葉が口を突いて出た。
でも、とにかく彼女への愛を語りたかった。
すると桐葉は冷たい表情にわずかな温かみを込めて桜色のくちびるを開いた。
「ボクもだよ。ハニー」
一瞬、桐葉の手の平から力が抜けた。
それから、すぐに手には体温が戻り、今度は力強く握り返してくれる。
俺がみんなを振り返ると、美稲たちも俺らのやり取りに注目していた。
「俺らはやれるだけのことはやった。みんな、俺らの早百合さんを信じようぜ」
みんなは互いに顔を見合わせてから、大きく頷いた。
どうやら、俺らの気持ちも一つになれたらしい。
そう思うと、俺も勇気が湧いてくる。
MR画面からは、一人、また一人と当選確実の候補者の名前が挙がる。
衆議院の議席は、全部で465議席。
与党になるには、過半数の233議席を獲得する必要がある。
現在、当選確実になった人の数、獲得した議席数は、
青桜党 57議席
日の丸党 58議席
富士山党 10議席
他野党 4議席
となっている。
日の丸党とはほぼ横並び、このままなら、もしかすると与党にはなれるかもしれない。
でも、それだけだと駄目だ。
日本の政治は多数決の原理だ。
与党になっても、過半数でなければ、どんな法案も政策も、野党全員が結託して反対したら通らない。
なのに、テレビから新たに、日の丸党の候補が当選確実になったことが知らされる。
これで日の丸党との差は2議席。
過半数どころか、与党の座すら危うくなってきた。
焦燥感から額に汗が滲むと、早百合さんが俺の肩をわしづかんできた。
「己が勝利を疑うな。されど慢心をするな。神をも恐れぬ自尊心と、悪魔をも欺く周到さ。それこそが、民を導く王者の資質と知れ」
「いや、俺は王者じゃありませんけど」
「ハーレム王だろう」
早百合さんが覇気漲る双眸を光らせた。
その一言で、俺は笑みをこぼした。
早百合さんの言う通りだ。
俺は桐葉たちみんなの未来の夫だ。
この程度のことで動じてどうする。
俺は再び勇気が湧いてきて、背筋を伸ばしながら開票結果に聞き入った。
「早百合さん、勝ちましょう!」
「貴君も、覇を弁えてきたな」
早百合さんの顔に、極上の笑みが広がった。
そこからは、神経を焼き切るような選挙速報に、誰もが敢然と構えた。
決して気を緩めない巌の心と、必ず勝つという鋼の意思を以って、緊張感に耐え忍ぶ。
俺らは、まるで必殺の瞬間を待つガンマンのような心境だった。
青桜党 72議席
日の丸党 72議席
富士山党 13議席
他野党 5議席
ついに、日の丸党と並んだ。
けれど、まだ過半数には程遠い。
野党の議席も合わせれば、18議席負けている。残る議席は303議席。
青桜党 105議席
日の丸党 104議席
富士山党 18議席
他野党 6議席
ほぼ半分の議席が埋まったところで、ついに逆転した。
だけど、まだ安心はできない。
この程度、いつ逆転されてもおかしくない。
それに、過半数を取るには、あと128議席取らなくてはいけない。
残るは232議席。厳しい戦いになる。
青桜党 147議席
日の丸党 112議席
富士山党 20議席
他野党 7議席
ちらほらと、「これで与党は確実だ」という浮ついた声が聞こえてくる。
同じくらい、「まだ解らない」「過半数を取れなければ無力なハリボテ政権だ」という声も聞こえてくる。
言ったそばから、立て続けに、日の丸党の議員が2人も当選した。
詩冴と茉美が、息を忘れていたのか、急に咳き込む。
麻弥も、精一杯の可愛い目力で、ニュースに見入っている。
早百合さんも、無言のままにテレビ画面を睨み据え、戦で勝機を待つ総大将の風格を漂わせる。
俺も、与党の道が見えたことで、山を越えたと安堵する自分を叱咤しながら、過半数の議席に届くかを見届ける。
過半数まで、あと、86議席。
なのに、そこで、日の丸党の候補者が5人連続で当選した。
一瞬、息が詰まった。
表情は引き締めているものの、心臓は今にも破裂しそうだ。
それは、みんなも同じらしい。
このまま、怒涛の日の丸党無双が始まる予感に、心が揺れるも、ギリギリのところで踏みとどまる。そして、当選確実の報が途絶えた。
どうやら、以降の候補者たちは接戦らしく、当選確実、の判断ができないらしい。
長い戦いが始まったことに、息を呑み耐えるも、しばらくするとテレビから青桜党候補者の当選確実の報せが舞い込んだ……。
次も、その次もだ。そうして、俺らの目の前で、議席数のグラフが動いていく。
――あ……あ……あ……あぁ…………。
青桜党 233議席
日の丸党 117議席
富士山党 20議席
他野党 7議席
始まったのは、怒涛の青桜党無双だった。
どうやら、接戦の末に、青桜党の議員たちが次々当選しているようだった。他の政党の候補者たちの報せが、ぴたりと止まる。唯一、日の丸党のみ、たまに当選者が出るぐらいだ。
そうして、遂に。
青桜党 311議席
日の丸党 127議席
富士山党 20議席
他野党 7議席
青桜党の議席は、311議席を、衆議院の三分の二を超えた。
選挙事務室が「三分の二議席を取ったぞ」という歓喜の絶叫で満たされた。
「さ、三分の二議席取ったら何かあるんすか?」
あたりをきょろきょろ見回す詩冴に、美稲がやや興奮気味に説明する。
「国会で三分の二の賛成票があれば、規律違反をした悪徳議員を除名処分にできるし、参院ていう別グループの政治家たちの反対に関係なく、法案を通せるの。これで、青桜党が掲げてきたあらゆる公約を、素早く実行できるわ」
「そうなんすか!? やったっすねサユリちゃん♪」
「うむ!」
早百合さんは立ち上がり、俺らみんなの前で拳を天に衝き挙げた。
「勝鬨を上げよ! 我らの勝利だ!」
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
救国の英雄のように凛々しい表情と、一騎当千の勇ましさを持つ声に、誰もが拳を衝き挙げた。もちろん、俺らもだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおシサエたちの大勝利っすぅううううう!」
「よっしゃああああああああ!」
「わーいなのです。舞恋も一緒にバンザイをするのです」
「え、いやちょっと恥ずかしいけどでも今はいいやばんざーい!」
「早百合大臣、おめでとうございます」
「ハニー君、私たち、やったんだね」
美稲の瞳には涙が浮かんでいた。
「おう!」
誰もが立ち上がって歓喜する中、桐葉が俺の肩に抱き着いてきた。
「これで、ずっと一緒にだね、ハニー」
「ああ。一生に一度しかない高校生活、ずっと一緒だな!」
「せやせや、みんな一緒やで」
反対側の肩に、糸恋がちょっと触れてきた。
抱き着いてこないのが奥ゆかしい。
「まぁせっかく生徒会長になったのに早々に学園が解体されたんじゃカッコがつきませんし、ワタクシも嬉しいですわ」
「本当ははにーくんたちと一緒にいられるから嬉しいんだよね?」
美方の右ストレートを守方は華麗にかわした。
そんなやりとりをこれからも見られるのがなんだか嬉しい。
選挙事務所は歓喜の声と拍手と熱気に溢れ、俺らは出馬したわけでもないのに、自分たちのことのように喜んだ。
こうして、俺らの早百合さんは総理大臣になることが決まった。
今は、そのことがただ嬉しかった。




