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未来の総理VS財界人

 その日の夕方。


 仕事を終え、生徒たちを各所から連れ戻した俺は講堂で焦燥感に駆られていた。

 隣で桐葉が手を握り支えてくれるも、冷静ではいられない。

 昨夜、俺に感謝してくれた早百合さんの穏やかな表情が忘れられない。


 もしも選挙で負けたら、早百合さんがこの一年で築いたものの全てがなくなってしまう。


 そう考えると、あまりにも悲し過ぎた。

何かしたいのに、何もできない歯がゆさに、俺は追い詰められていた。


「あら、淫獣のくせに元気がありませんわね」

「美方? どうして異能省に来ているんだよ?」

「今日は異能学園の定期報告日ですの。それよりもどうしましたの?」


 美方の肩を、すぐ隣の守方が叩いた。


「ほら、さっきニュースで逮捕された対抗馬が指揮権の発動で釈放されちゃったじゃないか」


「なんですって! くっ、あのドグサレゲス総理! どこまで堕ちれば気が済みますの!」


 美方は両手で握り拳を作りながら、物理的に体から熱気を発した。彼女の超能力、ヴォルケーノだ。


「ほんと、父さんが日の丸党の支持母体のメンバーだから、僕らも責任感じちゃうよね」


 守方の一言に、俺はハッとした。


「ちょっと待て、お前らの親が支持母体ってどういうことだよ?」

「ん? そのままの意味ですわ。ワタクシたちの父上は財界では名の知れた投資家でいくつもの有名企業の大株主ですわ」


「それで長年与党支持で動き続けているんだよね。あ、勘違いしないで、僕らはスパイじゃないから。父さんは応援政党は個人の自由だって人だから」


 守方は慌てて言い訳をするも、そんなことはどうでもよかった。

 俺と桐葉は顔を見合わせると、頷き合った。


「なぁ、ちょっとお願いがあるんだけど」


   ◆


 翌日、12月14日金曜日の夜。

 俺、早百合さん、桐葉、美稲の四人は、美方の家を訪ねていた。

 美方の家は洋館風のお屋敷で、廊下ではお手伝いさんらしき人とすれ違った。

 美方と守方の案内された廊下の奥、ドアの前で二人は立ち止まり振り返った。


「父上は応接室で待っていますわ」

「僕らにできるのはここまでです。がんばってください」

「感謝する」


 二人にお礼を言うと、早百合さんはドアを三度ノックした。

 入室を促されると、早百合さんはドアを開けた。



 応接室は想像とは違い、あまり派手ではなく、落ち着き洗練された内装だった。

 豪奢、というよりも、瀟洒、といった風情だ。


 部屋の奥で、上品な表情の中年男性が、本革製と思われる高そうなソファに深く腰を下ろしていた。


 座っていてもなお長身だとわかる程に足が長く、着こなしたブラックスーツが良く似合っている。


 こういう人を、イケオジ、というのだろうか。

 守方の父親然とした外見だ。


「これは龍崎大臣、お初にお目にかかり光栄です。美方と守方の父、貴美貴たかみたかです」


「初めまして、私は――」

「挨拶は結構。時は金なり、挨拶は抜きにして本題に入ろうじゃないですか。貴女は、私を口説きに来たのでしょう?」


 一国の大臣、そして青桜党という政党党首を前に、貴さんはソファから立ち上がることもせず、不遜な態度を貫いた。

 こういうところは、守方とは似ても似つかない。


「お気遣い感謝する」


 けれど、早百合さんは機嫌を損ねることも媚びることもなかった。

むしろ、声には好意的な響きが含まれていた。


「早速だが龍崎大臣、貴女はすでに内閣内で大臣というポストに座り、総理大臣の覚えもめでたい。私の情報網では、与党からの出馬を要請されたとか。何故流れに身を任せない?」


「日本を救うためだ」


 朗々と問い尋ねてくる貴さんに、早百合さんは即答した。


「日の丸党に政権を任せていれば、いずれ日本という国は亡びる。日本を救うには、私が政権を取るしかない。それだけだ」


 不遜な貴さんに対して、早百合さんも遠慮することなく凛と答えた。それも、着席を促されないのをいいことに、立ったまま上から見下ろしてだ。


「ほう、戦後90年以上にわたって与党を務める日の丸党に随分な物言いじゃないか。言っておくが、亡国ネタは終末論並のオカルトだ。怪し気な三流評論家が著書本を売るためのキャッチコピーに過ぎない。日本が高度経済成長やバブルの頃に返り咲くのは不可能だが、滅びるは言い過ぎだろう」


 貴さんは、ネットの情報に躍らされる若者の愚考に呆れるように、口元をゆるめた。


「君は経済破綻を救ったのは自分たちだと思っているようだが、君がいなくても財務省と日銀が何かしらの取引をして上手くお茶を濁したさ」

「それはないな」


 またも即答で、早百合さんは断言した。


「今の日本は親の遺産を食い潰した道楽息子だ。この国は寿命を迎えた」


 なかなかの爆弾発言に俺はドキリとするも、桐葉と美稲は眉一つ動かさなかった。

 桐葉は冷たい無表情を、美稲は品格のある表情を崩さない。


「およそ100年前、1945年の終戦以降、日本は高度経済成長で経済力と工業力を戦前以上に伸ばし、続く80年代のバブル好景気で世界一とも言われるマネーパワーを手に入れた。GDPはアメリカに次ぐ世界二位まで成長し、あらゆる産業で世界のトップを走り、世界の価値あるモノを買い占め、全世界をクールジャパンの欲しいがままにした」


 知識としては知っているが、俺には信じられない時代だ。

 日本に、そんな輝かしい頃があったのか。


「そして【技術大国】【輸出立国】【銀行は倒産しない】【アジアのリーダー】【東の大国】【終身雇用制度】という多くの伝説を作り上げた」


 滔々とまくしたてた早百合さんは、そこで「だが」と結び、語気を強めた。


「特許や論文の数は減り続け貿易赤字は嵩み、地方銀行は潰れ、アジアの覇権はOUに奪われ終身雇用は過去のものとなり、正社員よりも非正規社員のほうが多くなっても、高齢者は未だ過去の日本像を引きずり続けている」


 あらためて聞くと、日本の凋落ぶりが恥ずかしくなってきた。


「GDPはインドに続き世界4位の大国と主張する者は多いが、バブル崩壊以降、凋落し続けての4位だ。まさに親の遺産を受け継いだだけのニートが高給取り相手に自分の方が資産額は多いと自慢しているようなものだ」


 立て板に水を流すように的を射た指摘をする早百合さんの声は熱を帯び、聞く人の心に強く訴えかけるようだった。


「動乱の戦後日本を復興した政治家は、激動の時代に鍛えられた傑物たちが揃っていたが、彼らの威光の上に胡坐をかいた二世三世政治家の腐敗は目に余るものがある。四世政治家に至っては最早度し難いレベルだ」


 そして、最後のダメ押しとばかりに語気を強めた。


「少子高齢化、経済格差、インフラ老朽化、限界集落、バブル崩壊以降50年間放置されたこれらの社会問題の傷口は致命的なほどに広がりすでに手遅れとも言われている。今! 今この瞬間に起死回生の一手を打たなければ! 日本は10年後、子供が生まれず、富裕層が海外へ逃げ、老人だらけの貧民街が広がり、インフラと治安は崩壊して無人地域が拡大し続けるだろう!」


 ――早百合さんの言う通りだ。


 今の話は、動画サイトで多くの評論家、有識者が口にしていることだ。


 政治家に媚びた連中は、それこそ他人の不安を煽って利益を得る連中の戯言、日本は大丈夫と声高に謡っているが、その根拠はない。


 日本滅亡論を唱える人たちはいずれも具体的なデータや根拠を基に、論理的に説明するのに対して、楽観論者たちはいつも陰謀論を叫ぶだけだ。


 冷静に考えれば、どちらが正しいかは明らかだろう。

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