ロリの可愛さは世界を救う(確定)
この人が総理になれば、無敵だろう。
「結局、どれも子供たち頼みではないですか」
「それは違うね」
口火を切ったのは、桐葉だった。
出会った時ほどではないものの、やや冷徹な声音で口を挟んだ。
「ボクが信頼する大人は、早百合さんだけだ。今回だって、早百合さんが出馬するんでなければボクは協力なんて絶対にしない」
「それは俺も同じです。俺は早百合さんが俺の上司だから、厚遇してくれているから賛同しているわけじゃない。仮に早百合さんが大臣や異能省を辞任したとしても、俺は早百合さんを支持します。むしろ、早百合さんが事業をすると言えば俺も異能省を辞めるかもしれません」
「私も、早百合さんの頼みでなかったら海水から金属資源を作る気にはなれないね」
「みんなが辞めるなら麻弥も辞めるのです。早百合ちゃんのお膝がいいのです」
俺ら四人の真摯な言葉に、金城さんは最初、反論しようとしたように見えた。
でも、俺らとしばし見つめ合うと、まるで自分を恥じるように目を伏せた。
「凄いわね。物で釣ってもこうはならないわ。今までの取材で多くの人に接してきたけれど、何をどうしたらこれほどの信頼を得られるのかしら?」
「俺らはみんな早百合さんに助けられていますから」
金城先生の瞳が俺を向いた。
「超能力者はみんな18歳以下で、人によりますけどみんな学校では浮いていました。世間は忘れていますが、去年まで超能力者は超人じゃなくて異分子でしたからね」
桐葉は蜂の能力から毒蟲とイジメられ、真理愛も念写能力を悪用しているのではないかと疑われていた。
「俺が超能力に目覚めたのは今年の四月からですが、超能力なんて関係なく、多くの子供は人間関係に悩んでいるものです。けれど、早百合さんは異分子の原因である超能力を活かしてくれた。異能学園という居場所もくれた。そのことを感謝しない生徒はいません」
俺は思い出す。早百合さんが俺らにしてくれたことを1つずつ。
そのどれもが初めての体験で嬉しかった。
この世にはこんな大人がいるんだと、感動させられた。
人生観が変わったと言ってもいい。
「早百合さんは俺のテレポート能力が世間からやり玉にあげられたらかばってくれました。異能学園という居場所を与えてくれました。いつも、政策の成功は俺らのおかげだと真摯に感謝してくれました。戦闘系能力者を救うためのアビリティリーグ事業にも力を尽くしてくれました」
「それは、君たちという手駒を失わないようにするためではないの?」
「それはありません。現に、俺らを切り捨てた方が得をする場面においても、早百合さんは俺らを優先してくれました」
OUが美稲の身柄を要求し、それを総理が受け入れた時のことだ。
大臣の早百合さんは総理の命令に従ったほうが得だったはずだ。
なのに、俺らの作戦を全力でバックアップしてくれた。
当事者の美稲も、たまらず口を挟んだ。
「早百合さんは、常に自分よりも他人、社会、国民の利益を優先して考えているんです。これは打算ではなく、そういう性格としか言えません。部長だった頃も、大臣になった今も変わらずに。出世しても変わることのない高い共感性と考えの基点を社会に置いた価値観。早百合さんこそ、総理になるべき黄金の魂を持った人だと私は確信しています」
出世しても落ちることのない高い共感性。
そして自分ではなく社会に基点を置いた考え方。
早百合さんの提唱した、黄金の魂の条件だ。
美稲の言葉に、金城さんはハッとしたようにまぶたを持ち上げてから、今度は残念そうに視線を伏せた。
「よくわかりました。龍崎さん、貴女が素晴らしい人であるということが。貴女なら、きっと最高の総理になれるでしょう」
「では」
「それでも、私は出馬することはできません」
俺らが期待を持った矢先、目の前で断ち切られる形となった。
早百合さんは、やや心外そうに声を硬くした。
「それは、何故ですか?」
「私が政治家になっても国は変わらないからです」
空しそうにつぶやいてから、金城さんはふと、視線を窓の外へほうった。
「福沢諭吉と同じですよ」
――福沢諭吉って、旧一万円札の肖像画で学問のすすめで有名な人だよな? 天は人の上下に人を作らないとかなんとか。
「当時、彼も政治家にならないかと誘われましたが断りました。理由は単純。政治家になっても国は変えられないから。日本人は政治家になるのが最終目標で、後は自分の地位を長く保つためにお茶を濁すことしかしない。多数決の原理で、私一人が何を言っても、国会には通りません」
「そうなのですか?」
ここにきて、麻弥がきょとんとまばたきをした。
「そうだよ、お嬢ちゃん。政治家は色々と優遇されているおいしい職業だからね。みんなその地位にさえつければそれでいいんだ」
「でも青桜党の人たちはみんなやる気満々なのです」
「最初はみんなそうさ。けれど、搾取される側から搾取する側に回ればそんな志はすぐに消えてなくなる。だから私は政治家にはならない。本を書き、国民に知識を与えた方がよほど国のためになる」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
流石に、他の候補者全員の精神性の証明はできない。
舞恋がサイコメトリーして確認はしたけど、そんなものは自己申告だ。
流石の真理愛も、性格など抽象的なものは念写できないのだ。
早百合さんも追い詰められたように黙ってしまう。
表情は変わらないが、大きな瞳の奥には、確かな焦燥感が見て取れた。
そこへ、麻弥が一言。
「でも日本は良くなっていないのです」
俺らの視線がまた、麻弥に集まった。
金城先生も、首を傾げた。
「それは、どういう意味かな?」
「先生は本を書いたほうが国のためになるって言ったのです」
「その通り。国民が政治の正しい知識を持ち、正しい判断で投票すれば正しい人が政治家になる。私一人が政治家になるよりも遥かに効果がある」
「でも日本はちっともよくならないのです。悪い人ばかり政治家になるし、街は迷惑な人ばかりなのです」
「ッッ」
金城先生の顔色が変わった。
考えてもみればそうだ。
金城先生の本は累計数百万部も売れている。
その読者みんなが正しい政治リテラシーをもって投票していれば、ただしい政治家がもっと多くていいはずだ。
なのに、実際には与党はずっと交代せず、総理は無能。
「残念だけど、当然だよね」
桐葉が冷たく言った。
「投票権が16歳まで引き下げられて日本の有権者数は推定1億人。先生の読者が100万人いても有権者の1パーセント程度だ」
「お、おい桐葉」
俺の制止をきかず、桐葉は漂白された視線で金城先生を見据えた。
「それに、本を読んでも実行に移す人は一部だ。ネット上には政治経済系動画が溢れているけど、視聴者は画面の前では現体制に不満を持つけど動画が終わればすぐに忘れる。どうせ自分の一票じゃ何も変わらないって心理も働くしね。わかっているけど行動に移せない。それが大多数の日本人だよ」
「そ、そんなことはっ」
「かつては一冊の本が原因で社会問題が引き起こされるような時代もあったけど、本が大小無限の娯楽に過ぎない現代じゃ、力不足だよ」
突き放すように言われた金城先生は狼狽し、悔しそうに両手でロングスカートを握りしめた。
でも、俺はさらに激しく狼狽していた。
協力して欲しい相手の職業を批判するなんて何を考えているんだと、嫌な汗をいっぱいかきながら頭の中で絶叫してしまう。
俺の超能力がテレポートではなくテレパシーだったらどんなによかったことか。
金城先生が言葉を失っていると、ソファの上から麻弥がぽちょんと下りた。
何をするのかと思ったら、ちょこちょこと金城先生のもとまで歩くと、ロングスカートを握る彼女の手をつかんだ。
「日本を良くする方法を知っているなら国会で政治家のみんなに教えてあげて欲しいのです。100万人に読まれる本を書ける先生なら465人の政治家も聞いてくれるのです」
おねがいなのですと、麻弥は金城先生を揺すった。
桐葉に続いてお前までどんだけ失礼なことしてんだと俺はあわてた。
けれど、意外にも金城先生は戸惑うように視線を揺らした。
そこに、勝機を感じた。
ロングスカートを握りしめる金城先生の手がゆるんだところで、俺は懇願するような口調を向けた。
「先生。ぶしつけで申し訳ありませんが、プライドの高い政治家は政治評論本を読んでも鼻で笑って終わりでしょう。ですが、作家だけではなく同じ政治家と言う肩書があれば、話は別です」
俺はつむじが見えるぐらい頭を深く下げた。
「どうか、国会で政治家たちに講義をしてください。政治家のあるべき姿について。国民を幸せにする方法について。そのためなら、俺らはいくらでも協力します」
俺が頭を下げてから、2秒、3秒と時間が経つ。
頭上から穏やかな声が響いたのは、5秒ほど経ってからだった。
「貴方たちには負けたわ」
「じゃあ」
「ええ。この話、お受けいたします。その代わり」
金城先生は、自分の手を握る麻弥をお人形のように抱き上げると、自分の膝の上に乗せて抱きすくめた。
「この子と二人で政治系動画チャンネルを作ってもいいかしら?」
麻弥の頭にほおずりをしながら頬を染めた。
麻弥は背中を揺らして、金城先生のたわわ胸の感触を確かめてから彼女を見上げた。
「麻弥でお役に立つならいいのです」
「よくやったぞ山見麻弥、では交渉成立ですね」
「はい」
早百合さんが手を差し出すと、金城先生もその手を握りしめた。
金城先生がOKした理由が気になるけど大丈夫。きっと両方だよな。
いくら麻弥が可愛くても、そんな理由で出馬をしたらギャグだ。
俺は自分にそう言い聞かせながら、胸をなでおろした。
けど、麻弥の可愛さはいずれ世界を救うような気がした。
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