えっ!? 麻弥たんてインフルエンサーだったの!?
「ならば、自分で作ってしまおうと?」
「はい」
今日の早百合さんはいつものように居丈高のようなものではなかった。
へりくだった態度はらしくないが、当然だろう。
もしも早百合さんが総理になって金城先生が部下ならともかく、現状はまだ対等な関係で、しかも早百合さんは依頼する側だ。
こういう礼儀を通すところが、早百合さんがただの権力者とは違うところだ。
「先生にも、是非その一助になって頂きたい」
ただし、口調は丁寧だけど語気は凛として勇ましい。
媚びるような響きは一切ない。
総理候補としての風格をみせつけるというわけか。
――そういえば前に、上に立つ者は下の者の気持ちを汲んでも媚びてはいけないって言っていたな。こういうことか。
俺が感心する一方で、金城先生の反応は冷ややかだった。
「貴女に、それだけの力があると?」
金城先生は、訝し気に瞳を細めた。
その威圧感に、俺に向けられたわけじゃないのに手に汗を握ってしまう。
「龍崎早百合大臣。貴女のことは存じています。若干24歳にして総務省異能部部長に就任。日本の経済再生計画を進め、成功。以降、異能学園やアビリティリーグなどの事業を成功させて部長から局長、事務次官を務め、一年と経たず大臣の地位にまで上り詰める。まさにシンデレラストーリーです。しかし」
切れ長の瞳が、俺らのことを一瞥してきてヒヤリとした。
「それは全て彼ら超能力者と言う反則じみた存在のおかげでしょう?」
声にトゲを含ませながら、金城先生は滔々と語り始めた。
「海水から無制限に金属資源を生成できる内峰美稲、地下から自由にメタンハイドレートをアポートできる奥井育雄、周囲の動物を自由に操れる枝幸詩冴、あらゆる情報を念写できる有馬真理愛。いずれも世界のパワーバランスを崩せるほどの超人です。彼ら彼女らの協力があれば、経済再生など容易いでしょう」
反論せず、黙したままの早百合さんを見据えながら言葉は続いた。
「世界の政治家や官僚は、反則やアニメ地味たスーパーパワーを使わずに苦慮しています。そんな中、貴女だけが【チート】を使い大事を成して、次は総理大臣とは、少々浮かれ過ぎではないでしょうか?」
「流石は先生、なかなか苦しいところを突いてきますね」
表情に余裕を残しながら、早百合さんは声をわずかに硬くした。
「貴女の仰る通り、彼らの協力なくして経済再生は成しえなかったでしょう。私一人では、何もできなかった」
――認めちゃうんですか!?
俺も、俺らの力なしで経済再生の方法なんて思いつかない。
でも、まるで早百合さんが追い詰められているように見えて焦った。
――まさか、言い負かされちゃうのか?
「では、貴女に総理の手腕があるとどのように証明するのですか?」
「できません」
――え?
「そも、総理の適性など、目に見える形で証明できるものではありません。それに総理を決める首班指名は当選後です。我々が与党になった後、皆が私ではなく先生を選んだなら、先生が総理をしてくださっても結構です」
「なんて無責任な」
「ただしッ」
金城先生の表情が険しくなると同時に、早百合さんは語気を強めた。
「私が現在の総理よりも遥かにマシだと証明はできなくとも主張はできます」
「主張?」
「先生の本にも書いてありましたが、為政者に必要なのはまず【人気】です」
桐葉、美稲の視線が俺に向けられた。
人気の話は、俺が生徒会選挙の時にもした。
「選挙はただの人気取りゲーム。先生のおっしゃる通りです。いくら実力があっても人気が無ければ長期間政治家でいることもできない。人気と実力が伴わなければ、総理足り得ません」
「ええ」
「そして、残念ながら人は発言の成否を中身ではなく発言者を好きかで決める。【坊主憎けりゃ袈裟まで憎い】とはよく言ったものです。同じ発言内容でも好きな人と嫌いな人が言ったのでは解釈がまるで正反対になる。どれほどの難業でも、人気ある者が発言すれば誰もが賛同する」
「まさに古代ローマの三頭政治。ローマ史上最大の人気者、カエサルがそうでしたね。その人気が、貴女にあると?」
「私のSNSのフォロワーは1000万人を超えています」
――そうなのか!?
俺はSNSをまったくやらないので知らなかった。
「存じています。が、本当に私の本を読んだのですか? フォロワーなどただの気分やなんとなくでワンタップでできるもの。最近有名だからとりあえずフォローしたけど放置状態、なんてことも珍しくありません」
金城先生の目が、さらに険しくなる。
「ネットのフォロワーとイイネには何の価値もない。なのに多くの人が『この人は大勢からフォローされている、支持されているから凄い人に違いない』と勘違いして詐欺師に人生を搾取されるのです」
「20億回」
「?」
眉をひそめる金城先生に、早百合さんは無感動に告げた。
「ビッグデータで調べた、この半年の間に私の名前がネット上で使われた回数です。これは毎日日本国民の10人に一人以上が使っている計算です。一緒に使っている単語は【凄い】【SUGEE】【ヤバイ】【チート】、これらと比較すれば回数は減りますが【総理】も1000万回以上使われています」
――つまり、半年間でそれだけの人たちが早百合さんについて検索したり書き込んだりしたってことか? そんなことになっていたのか?
この数字には、さしもの金城先生も動揺を隠せない様子だった。
「また、我が異能学園の生徒たちのSNSは最低でも1000フォロー、多い者なら数十万、数百万フォローされており、生徒会長の貴美美方は800万フォロー、琴石糸恋は820万フォローされています」
――マジで!? つか糸恋のがちょっと多いんだ!? 頑張れ美方!
「こちらの山見麻弥に至っては1011万フォローで私よりもフォローされています」
――それは絶対に違う目的だと思うけど麻弥お前トップインスタグラマーだったのか!?
「?」
俺、桐葉、美稲の視線が集まり、麻弥は無表情のまま不思議そうなオーラを出した。
――でも、フォロワー数は関係ないんだよな? 今更そこをアピールしても……あれ?
「ッ…………」
金城先生は、緊迫した顔で息を呑んでいた。
「学園の主要メンバーは皆、私に賛同しています。選挙時には、彼ら彼女ら全員が私の選挙活動を後押ししてくれます」
「それは、強いですね……」
「ご理解頂けて助かります」
「【坊主憎けりゃ袈裟まで憎い】なら、逆に坊主が可愛ければ袈裟まで可愛くなる。まったく人気のなかったコンテンツが、スターの一言で一大ムーブメントに成長することも珍しくありません。貴女自身の人気はもとより、延べ億単位のフォロワーを持つ生徒達から支持されれば、誰もが貴女を支持するでしょう。選挙は特に」
――つまり、多数決の持つデメリットを利用するわけか。
前に、俺自身が口にした話だ。
一見民主的に思える多数決には3つのデメリットがある。
その1つが、人気者への追従だ。
「私の本にも書きましたが、多くの人は博識とは言えない。だから判断材料に好意を使う。好きな人の賛同する選択肢を選ぶ。政治に関する知識のない多くの有権者は、いま話題の異能学園の生徒に支持されているというだけで貴女に投票し、当選後も貴女の政策を支持するでしょうね」
「その通りです。さらに、先生は先程、古代ローマの三頭政治に例えましたね」
「ええ」
「三頭政治とは人気者のカエサルが国民の理解を得て、豊かなクラッススが費用を出し、実績の豊富な実力者のポンペイウスが実行することで形成された無敵の政治体制です。そして私なら、一人で三人分の働きができます」
「なん、ですって?」
明らかに疑惑の目を向けてくる金城先生に、早百合さんはよどみなく答える。
「人気は今、証明した通り。費用は億単位の給料を受け取り海水から無限に資源を作り出せる美稲を含め、何人もの超能力者からの協力を取り付けています。実績については、最初に先生がおっしゃった通りです」
言われてみれば、早百合さんは一人で人気、予算、実績という三種の神器をそろえている。
この人が総理になれば、無敵だろう。
★★★本作はカクヨムでは324話まで先行配信しています。




