恋舞舞恋ちゃん大活躍!
土曜日。
異能省の待合室には、各省庁から官僚が10人ずつ集まっていた。
いずれも、働き者だが権力争いに負けてくすぶっている窓際族の官僚だ。
今後、異能省と各省との連携について面談したいと言えば、すぐに集まってくれた。
それは嘘ではないが、本命は彼らの人格診断だ。
彼らは全員、待合室で待ってもらうのだが、そのさい、接客スタッフを務める舞恋が、さりげなく触れておく。
お茶を出す時、下げる時、紙の案内状を渡す時、それが無理なら肩に糸くずがついています、とか言って触れてもいい。
触れるのはほんの一瞬だが、それで十分だった。
◆
俺らが執務室に集まったあの日、早百合さんは言った。
「いいか、政治家に必要なのは資質とはすなわち、黄金の魂だ」
鋭い声で、早百合さんはキビキビと説明した。
「1つ、共感性が高い事! 2つ、出世しても共感性を失わない事! 3つ、考えの基点が社会に置かれている事! 以上3つの要件を満たしていることだ!」
「どういう意味ですか?」
「説明しよう。まず、ここでいう共感性とは相手の気持ちを察する能力だ。人には共感性があるからこそ、他人がケガをすると『痛そう』『かわいそう』『自分なら助けて欲しい』『よし助けよう』となる。罪悪感があるのも、他人に共感できるからこそ、迷惑をかけた時に自分は悪い事をしたと嫌な気持ちになる。善人は皆、共感性が高いし、悪人には共感性の低い人が多い」
「共感性が低いと、他人が苦しんでも平気だからですね」
「理解が早くて助かる。だが困ったことに、人は出世すると共感性が下がることがわかっている」
その説明に、俺はピンときた。
「もしかしてそれ、調子に乗っているってやつですか」
「うむ。やはり貴君は頭が良いな。世間では『調子に乗っている』の一言で済ませられる話だが、原因は共感性の低下にある。どういうことかというと」
俺に説明を代弁しろと言わんばかりに、早百合さんは手を向けてきた。
「えっと、出世すると共感性が下がって他人の気持ちを考えられないから、わがままで自分勝手で横柄な態度になる。何故なら自分の言動でどれだけ周りが嫌な気持ちになるか察することができないから」
「うむ。それが調子に乗るメカニズムだ。故に調子に乗っている人間は偉そうな態度を取り責められると『なんでこの程度で文句を言われないといけないんだ』『なんで自分が非難されるんだ』と逆ギレをする。本人視点では、本当に不当な扱いを受けていると思い込んでいるのだ」
思い当たることが多すぎて、俺は深く納得した。
「パワハラの原因がわかりましたよ。それでその2つは分かりましたけど、最後の『考えの基点が社会に置かれている』ことってなんですか?」
「要は遅刻する時に走る者と走らない者だ。考えの基点が社会に置かれている人間は遅刻しないよう最善を尽くす。一方で考えの基点が自分にある人間は寝坊しても慌てず朝のルーティーンを全てこなし、ゆっくりと歩いて移動する。社会よりも自分の都合のほうが優先されるからだ」
「? もしかしてそれ、借金を返す人と返さない人にも置き換えられますか?」
「もちろんだ。考えの基点が社会に置かれている者は法律、社会通念、組織のルール、他人、自身に課せられた義務責任を優先する。だから給料から返済額を引いた金額で生活をする」
それは当然のことだと思う。
だから、続く早百合さんの言葉に、俺は耳を疑った。
「だが後者は自分の使いたいことに給料を使い尽くして余ったお金で借金を返す。下手をすれば『今月は給料全部使っちゃったから返さない』と言い出す。しかし本人に悪気はない。社会より自分が優先だからな。どうして自分が我慢して借金を返したり朝のルーティーンを削って急がないといけないんだと、本気で思っている」
「そいつヤバくないですか? 本当に文明人ですか?」
「残念だがこんな人間はいくらでもいる。ブラック企業の経営者には弁護士から労働基準法を守るよう言われると『何故自分が政治家共が勝手に作った法律を守らないといけないんだ』と本気で言ってくる者もいるからな」
「まさに自分中心他動説……」
「む? それは地球中心天動説を文字った言葉か? 良いな、今度私も使おう」
「いえいえ、俺の勝手な造語ですから。大臣さんが使うほど立派なもんじゃありません」
◆
面談室では、法務省に務める官僚がパイプ椅子に座り、早百合に愚痴をこぼしていた。
「だいたい上の方々は働きたくないんですよ。有名な話ですが豆腐を作るときに出る【おから】がいい例です。あれは栄養満点で家畜用のエサとしての有用性抜群なのに食用消費量が少ないからと産業廃棄物扱いで販売にはわざわざ産業廃棄物取り扱い許可を受けなくてはいけません。そのせいで毎年何万トンというおからが無駄に焼却処分されているんです。上は法律だから、なんて言っていますがじゃあ産業廃棄物の規定に【おからはのぞく】って一文加えればいいのにそれも嫌がるんです」
「それは酷いな」
早百合に共感されると、男はさらに熱を入れて憤慨した。
「私の実家は畜産業をしていまして、家畜のエサとしておからが簡単に手に入ればどれだけ助かるか、偉い人たちにはわからんのです!」
「うむ。よくわかった。今日は良い話を聞けた」
数分後。
面談室には、文部科学省に勤務する官僚がパイプ椅子の上で眼鏡の位置を直しながらクールに口を開いた。
「今の文部科学省と厚生労働省は子供たちの未来と命を奪う悪の伏魔殿でしかない」
静かな怒りの炎を燃やしながら、男は眼鏡のレンズ越しに目を吊り上げた。
「ひたすら社会で役に立たない知識を詰め込み、生きるために必要な知識は教えず、徹底した隠蔽体質でイジメ問題を放置、それどころか教師自ら生徒を痛めつけ生徒が自殺すれば遺族に他言無用と脅迫。厚生労働省が管轄する児童相談所は親から殺されそうな子供のSOSを無視して虐待親に子供を預け子供が殺されたら知らぬ存ぜぬ。なんだこれは、なんだこの殺人組織は。半グレ連中と同じ穴のムジナではないか!」
「だが、上層部は貴君の訴えを無視したと?」
「ええそうです。そうですとも。いじめと自殺の因果関係は証明できない。家庭の問題を学校に押し付けるモンスターペアレントだと学校は被害者ヅラ。児童相談所は全ての子供の親と一緒に笑顔で暮らすことが理想だと現実を無視したお花畑理論を展開。自分たちが楽をする事、理想論に酔いしれて正義の味方ごっこをして遊ぶことに腐心するクズ共です!」
「うむ。よくわかった。今日は良い話を聞けた」
その後も、各省庁から面談に来た官僚たちは皆、現状の政治や省庁への不満、問題、自身の理想を語っていった。
★★★本作はカクヨムでは324話まで先行配信しています。




