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異能者VS異能者

「そういうわけだ。外交特権を持つ私は日本の法に縛られない。いや、むしろ日本の法が私を守ってくれるのだ! そして、大使館の敷地内はOUの領土であることを忘れるな」


 ――は? こいつ何を言ってッ――。


 思考が途切れるように、急激な眠気が襲い掛かってきた。

 気づいた時には、膝が床にぶつかり、俺は四つん這いになっていた。


「この応接室は無臭の睡眠ガスを充満させられる構造になっている。無論、我々は解毒剤を打っている」

「このっ!」


 早百合さんが床を蹴り、鬼の形相で大使に鉄拳を振りかぶった。

だが、側に控えていた大柄なボディーガードが力強く受け止めた。

黒スーツがはち切れそうな筋骨隆々の体格は、ビクともしない。


「ぐっ」


 髪、間を入れず、大使はふところから取り出した拳銃で早百合さんの腹部を撃った。

 早百合さんが床に倒れると、大使は愉快に笑った。


「はっはっ! これは凄い。アフリカゾウでも昏倒する麻酔弾でも意識があるのか?」

「ナメ、るな!」

「ちっ、バケモノめ」


 大使は舌打ちをすると、弾が出なくなるまで引き金を引いた。

 引き金がカチカチを音を鳴らしてから、大使は満足した。


「やっと眠ったか。手間取らせおって」


 今度こそ、早百合さんは動かなくなる。


 実弾ではなかったことに俺は安堵するも、麻酔は致死量に達しているだろう。

すぐ茉美に回復してもらわないと危ない。


 それに、状況は好転していない。


 余裕しゃくしゃくの大使に続けて桐葉が襲い掛かる。


 電光石火に早業は、けれど別のボディーガードが受け止めた。


「ッ!? カマキリ!?」


 若く、青年にすら見えた男の五指はその一本一本が、カマキリの鎌のようだった。

 顔の下半分は黄緑色の装甲に覆われて、オオアゴを模したスパイクがガチガチと音を立てた。

 超能力者は最年長でも18歳。

 桐葉対策で連れ込んだ少年ボディーガードらしい。


「カマキリは、キイロスズメバチを食べるって知っているかい?」


 青年は力んで、一息に桐葉を床に叩きつけた。

 桐葉の指先から毒針が消失した。


「超能力の源は精神力。ガスの眠気の中じゃチート能力も無意味だな」


 大使は、床に倒れる俺を一瞥してあざけった。


 大使が虚空をタッチすると、応接室の壁が大きくスライドした。


 隣の部屋から現れたのは、終業式で襲撃を仕掛けてきた、あのパワードスーツだった。小脇には、小型ベッドサイズのカプセルを抱えている。


 スーツは巨大な手で美稲の体をつかむと、カプセルの中に収納した。


 俺は、遠のく意識の中でアポートを発動させた。


 けれど、案の定美稲は出てこなかった。


 あのカプセルも、コピー能力で作ったものらしい。


「残念だがアポートは効かない。そして私に手を出せば国際問題。だが私は外交特権で捕まらない。最高だよ」


 嗜虐的な笑みを浮かべて、大使は俺らを見下した。


「戦闘系能力者の力を過信したな。はんっ、いかにも極東の島猿が考えそうな猿知恵だな。潜在的属国民の分際で宗主国そうしゅこくを出し抜けると思ったか?」


 どうやら、この男は選民思想にそまった典型的なOU宗民そうみんらしい。


 恒久的平和実現のため、アジア統一を標榜しているOUだが、その内情は選民思想と帝国主義丸出しの超独裁社会だ。


 戸籍には元の国籍が表記され、習慣的に元リーダー国籍者は宗民、それ以外の国民は属民と呼ばれ、差別の対象になっている。


 宗民は、自民族以外の全てを劣等民族と思い込み、自分たちの価値観が最も最先端で文明的な本来あるべき正しい倫理だと信じているらしい。


「ふふふっ、ついにあの人間鉱山を手にしたぞ。これで我がOUは世界の資源業界を牛耳り、日本経済は再び崩壊だ」


 恍惚とする大使に、ボディーガードやパワードスーツ操縦者も追従する。


「そも、属民には過ぎたるものでしたな。いや、ひょっとするとこの女には我らの血が流れているのでは?」


「きっとそうに違いない。大統領に頼み、この女の宗民戸籍を作りましょう。そして本当の両親はOUから日本に拉致されたOU宗民だと報道しましょう」


「同感ですな。日本が如き島国にユニークホルダーなど生まれる筈がありません。内峰美稲はOUから日本に拉致された拉致被害者とし、日本に謝罪と賠償を要求しましょう。そして国際社会から孤立したところで日本に攻め込み、OUの41番目の州にするのです」


 好き勝手に盛り上がる大使たちの妄言を聞きながら、俺は自分の愚かしさを悔いた。


 ――甘かった。


 俺のテレポート。

 美稲のリビルディング。

 桐葉のホーネット。

 美方のヴォルケーノ。

 守方のアクアリウス。

 糸恋のアラクネ。


 これだけの戦力があれば、何も怖くないと思っていた。


 だけど、これが超能力者の弱点だ。


 どれだけ能力が強くても、使用者は生身で発動は本人の意思による。


 だから、こうした奇襲や睡眠ガスによる意識の混濁が起これば、途端に無力になる。


 美稲がさらわれてしまう。

 彼女が望まない場所へ送られ、そして生きた金鉱山として利用される。

 地獄のような人生を想像するだけで胸をかきむしりたくなるような怒りと絶望感が湧いて吐き気がした。


 それでも、俺にはどうすることもできなかった。


 どれだけ熱い想いも一笑に付す眠気に抗うだけで全意思力を持っていかれ、とてもではないが起死回生のテレポートを行う余力はない。


 作戦を練る思考力すらなかった。


 でも、だからこそだろう。


 俺の意志は、生物の五感に訴えかけるソレに気づいた。


 ――熱い……。


 皮膚を炙る熱が、視界の端から洩れる紅蓮が、鼓膜を叩く轟音が、鼻腔を突く焦げ臭さが、思考ではなく本能を刺激した。


 床に付したまま顔を上げると、美方が燃えていた。


 表現ではなく、物理的に、黒煙を上げながら全身を灼熱の炎に巻かれ、絨毯がタバコのようにじわじわとオレンジ色に燃え広がっている。


 桐葉でさえ満足に戦えない中、何故、立ち上がれるのか。


 その疑問はすぐにわかった。


 美方のトレードマークである黒い縦ロールの片側が、ぼとりと床に落ちた。


 美方自身の体が、罪人のように焼けていた。


 普通、能力者は耐性があるため、自分の能力では傷つかない。


 だが美方は、意図的に自身を焼き、その激痛で眠気から脱しているのだ。


「なっ!? なぁっ!? き、貴様、なんで!?」


 驚愕に目を見開き、後ろにたたらを踏む大使に、美方は過熱した咆哮を上げた。


「ワタクシは世界最強の超能力者! 万物を灰にする灼熱紅蓮のマグマ使い! ボルケーノ貴美美方様でしてよ! ワタクシこそ全ての超能力者の頂点に君臨せし超能力クイーン! 命ある限り、ワタクシのキングダムで超能力を原因に不幸になる生徒なんて、一人も認めませんわ!」

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