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もうダメだこの親早くなんとかしないと!

「あんたのせいじゃない! あんたが黙ってOUに行かなかったから美見は! この疫病神! あんたなんか引き取ったのが間違いだったのよ!」


 あまりに心無い罵声に、俺は怒りよりも心配が先立った。

 仮に見限り済みの両親でも、こんなことを言われて無事なはずがない。


 案の定、美稲は表情を硬くして、プレッシャーに押しつぶされそうに肩を震わせていた。


 責任感の強い美稲のことだ。


 両親の言うことを真に受けて、自分のせいで美見が誘拐されたと思い込んでいるのだろう。


 美稲をかばいたい気持ちと、美稲の父親をどこかへテレポートしてしまいたい気持ちがないまぜになりながら、俺は美稲を守るように、彼女の前に腕を伸ばした。


「俺の家族は悪くありません。悪いのはOUでしょう。被害者と加害者を取り違えないでください」


「何よあんたは! あたしら家族はこの疫病神に巻き込まれたんじゃない! 何が超能力者よこのバケモノ! あんたのせいであたしの可愛い美見は殺されるかもしれないのよ!」


 激昂する母親の態度に、俺は怒りのあまり、全身の血液が熱を帯びるのを感じた。

 毒親というのは、本当に始末に負えないクズ、害悪そのものだ。

 俺が怒りに呑まれる一方で、意外にも父親のほうは妻を手で押さえた。


「まぁ母さん、怒鳴っても美見は戻ってこないよ。悪いなぁ美稲。母さんも美見が誘拐されて、取り乱しているんだ。お前だって、妹が誘拐されて辛いだろ?」


「う、うん。もちろんだよ」


 その瞬間、まるで言質を取ったとばかりに、父親の口元がコンマ一秒ゆるんだのを、俺は見逃さなかった。


「なら、美見のためにOUに行ってくれないか?」


 まるで媚びるような態度で、父親は美稲に死刑宣告をしてきた。

 絶句する美稲に、父親はまくしたてた。


「だってほら、超能力者管理委員会は能力者を保護管理する組織なんだろ? なら悪いようにはしないさ。むしろOUは世界一の大国だし、むしろ日本よりいい暮らしができるんじゃないか?」


「そうよ! それにお姉ちゃんなら妹のために譲るのは当然でしょう!」


 あまりにも邪悪で、理不尽な要求に、俺は頭の血管が焼き切れそうなほどの怒りを感じた。


 もしも今、桐葉がこの二人を殴り飛ばしても、俺は止めない自信がある。


 これが狙いだったのだろう。


 美稲のことはどうでもいいが、娘の美見は助けたい。

 そのためにも、美稲を上手いことOUへ誘導したい。

 それで、このご機嫌を窺うようないやらしい態度というわけだ。

 怒りが理性を破るギリギリのところで、俺は凍えるような感情を込めて言った。


「五月に、美稲が坂東って男子に襲われたのは知っているか?」


 何の話だと、両親は訝し気な表情になった。


「その時、美稲は逃げることもできた。けど、坂東に逃げたら家族を襲うと言われて、恐怖に耐えることを選んだんだ」


 俺が助けに行ったとき、坂東にテレポート効かなくても、俺と美稲はテレポートで警察署に逃げ込めばよかった。


 でも、それをせずに坂東と戦う道を選んだのは、坂東が逃げたら家族を襲うと脅してきたからだ。


 美稲の高潔な心根を、優しさを思い出すほど、俺の怒りは膨張しながら過熱していき、声が荒立ってしまう。


「高校生になったばかりの女の子が、家族のために犠牲になろうとしたんだぞ。これがどういうことか、毒親のお前らにわかるか!?」


 二人が表情を硬くすると、桐葉が机に拳を落とした。


「自分たちの都合で子供を貰って、やっぱりいらないって冷たくして、そんで自分たちが困ったら親面か? お前らは、ダニ蟲以下だ!」


 桐葉も、とっくに沸点を越えていたらしい。


 殺意すら感じる寒烈な言葉を浴びた二人は、絶句して息を止めていた。


 他にも、真理愛、舞恋、麻弥も、明確な敵意を向けていた。


 三人のこんな表情は、二度と見られないだろう。


 四面楚歌の状況に美稲の両親は委縮し、隣の警察ですら青ざめていた。


 その沈黙を破ったのは、美稲本人だった。



「父さんと母さんは悪くないよ」



 驚くほど静かな声に、俺は毒気を抜かれてしまった。

 うつむき、すべてを諦め捨て去ったように悲嘆色の表情で、美稲は自動人形のように呟いた。


「だってそうでしょう。二人の立場にしてみれば、私が坂東君に襲われた原因は私で自業自得、美見が誘拐された原因も私。トラブルメーカーの子供なんて、そりゃ迷惑だし、本当の子供の方が大事なのも当たり前。他人の子供を犠牲にして自分の子供が助かるなら、誰だってそうするよ」


 顔を上げて、美稲は両親を見つめながら続けた。


「養子も本当の子供も平等に、ていうのが理想だしそうあるべきだと思うけど、感情のある人間にそれを強要するのは酷な話だよ。少なくとも、二人がそう思えないなら、仕方ないよ」


 美稲の答えに、二人は口元を緩めた。


 その瞳には、人の善意に付け込む悪意が満ち満ちていた。


 ――まさか美稲、お前!?


 内臓が底冷えするような恐怖に、手に汗を握った。


 聖女も同然の美稲なら、たとえ毒親の頼みでも、妹を守るために自分が犠牲になろうとしてもおかしくない。


 彼女が致命的な言葉を口にする前に止めようと、俺は手を伸ばしかけた。


 でも、その前に美稲はパイプ椅子から立ち上がった。


「お二人が私を本当の子供だと思ってくれないなら、私もお二人を本当の親だと思えません」


 ニッコリと、作り物の、八方美人な笑みを浮かべて、美稲は両親を見下ろした。


「じゃあ、ニセモノのお父さん、お母さん、ニセモノの妹は、警察にお願いしてください。私は、たんなる一介の高校生ですから」


 その言葉が決別の証であるかのように、美稲はもう両親のことを一瞥もせずに踵を返して、部屋を出て行った。


 俺らも、何も言わず冷淡にその後ろに続いた。


 罵声のひとつも浴びせてくるかと思ったが、ふたりは無言だった。


 背後からは、両親ががっくりとうなだれる気配がするばかりだった。


 あの二人が美稲と仲の良い親子関係を築いていたら、俺は何が何でもなんとかしただろう。


 だけど俺は同情しない。

 あの二人を助けない。


 俺は万民を救う神様でも救世主様でもないし、家族である美稲と、うしろでうなだれている中年男性と中年女性は赤の他人なのだから。



 廊下に出ると、桐葉がやや厳格な態度で美稲に語り掛けた。


「美稲、もしも無理しているなら、気にすることは無いよ」


 猛禽類のように鋭い瞳で、美稲を射抜くように桐葉は言い含める。


「妹さんには可哀想だと思うけど、美稲が犠牲になることはない。刑事事件の犠牲者は日本中にいて、管轄はあくまで警察だ。キミは日本の金属資源問題を解決して、1億人の未来を救ったんだ」


「桐葉の言う通りだよ」


 美稲を気遣い、舞恋も心配そうな声でフォローを入れた。


「早百合さんが謝ってきたとき、美稲自身が言っていたでしょ。えっと、『早百合さんは私たちを使い、立派に日本を再生させました。今回の全責任は総理にあります。あの総理個人が、私を売り飛ばしたんです』って。今回だってそうだよ。美見ちゃんを誘拐したのはOUで、その責任が美稲にあるわけないじゃない!」


「私もそう思います。美稲さんは――」


 真理愛の言葉を遮るように、美稲は手を差し出した。


「ありがとうみんな……でも、私は大丈夫だから。さ、家に帰って美方さんの演説練習しよ。私たちは美方さんを生徒会長にするんだから」


 美稲の優し気なほほ笑みに、みんなは安堵して、麻弥も遠慮なく美稲の胸に甘えた。


 俺もみんなと同じ気持ちだ。

 けれど、ただひとつ気にかかることあった。


★本作はカクヨムでは301話まで先行配信しています。

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