拉致された●●と美稲の親
翌日の午後三時。
11月4日、日曜日。選挙投票日、および選挙前演説前日。
生徒会長候補者である美方と琴石は、選挙前演説の原稿を考えながら、その瞬間を待っていた。
二人がテーブル上でMRキーボードを叩き、原稿の最終調整をしていると、デバイスに着信が入った。
俺ら11人は全員同時にMR画面を開いて、支持率の中間発表を確認した。
貴美美方39パーセント
琴石糸恋57パーセント
わからない&未回答4パーセント。
琴石が有頂天に高笑った。
「どやどやどやぁ! これが世間の評価やでぇ美方はぁ~ん!」
長い銀髪をかきあげ口元に手の甲を添えてのけぞってから、琴石はテーブルに手を着いて、前のめりに美方を見下ろした。
「くぅ~、まだわかりませんわ! 勝負は投票日当日の選挙前演説! これで浮動票の4パーセントと貴女の8パーセントを奪えばワタクシの勝利ですわ!」
「その割には原稿がちぃとも進んでへんやないの? 美稲に書いてもろた下書きまんまやん?」
「ぐっ、それは……」
「姉さん文才ないからなぁ」
「おだまり!」
美方の左ジャブを、守方は蝶が舞うように避けた。
「それよりもここは俺んちなんだが?」
お前ら対立候補じゃないのか?
と疑問視する俺に、美方と琴石は声をそろえた。
「「居心地いいから」」
「僕は姉さんの付き添い。あと姉さんが騙されないようにね」
「いややわぁ守方クン、ウチはそないな卑怯な手ぇ使わへんよ?」
琴石は営業スマイルで否定するも、守方を君付けするあたりが胡散臭い。
「はいはい、二人とも喧嘩しないで。桐葉さんが蜂蜜ケーキを焼いてくれたよ」
ケーキを載せたトレーを手に美稲が現れると、美方と琴石は瞳を光らせて争いを鞘に納めた。
「みんなー、ボクの焼いたケーキ食べなーい?」
美稲のうしろに続いてケーキを持ってきた桐葉が、左右に個室の並ぶ廊下に声をかけた。
すると、開きっぱなしのドアから、同棲中の真理愛、茉美、詩冴が顔を出した。
「しかし、ほんまにみんなで暮らしてはるんやなぁ」
「まさにハーレムですわね」
仲良くそろってジト目を送って来る二人に、俺はへの字口を作った。
「お前ら本当は仲いいんじゃねぇの?」
真理愛はリビングを素通りしてキッチンに入ると、紅茶セットを持ってきた。
相変わらず、給仕癖の抜けない子だ。
たまには俺が淹れようと、一歩を踏み出した。
すると、テーブルにケーキを配膳した美稲の表情が曇った。
「どうした美稲?」
MR画面に視線を走らせた美稲が、表情を失って俺を見た。
「メッセージ……父さんと母さんから……」
その一言で、俺は身構えてしまった。
ケーキの味を楽しんでいた他のメンバーも、フォークを止めた。
――両親って、本当の子供が生まれたら養子の美稲を冷遇したっていう連中か。
顔も見たことのない相手にストレスを感じながら、俺は尋ねた。
「それで、なんだって?」
けれど、俺の苛立ちは美稲の一言で吹き飛んだ。
「美見が、妹が行方不明になったって……」
「……え?」
俺は自分の耳を疑った。
だって、タイミングを考えれば、犯人は明らかだったから。
◆
30分後。
俺、桐葉、美稲、それに警察班である舞恋、麻弥、真理愛の六人は、警察署の会議室で美稲の親と面会した。
美稲の両親は、なるほど、養父母だけあり、確かに似ていない。
娘の誘拐という単語に一度は苛立ちが吹き飛んだ。
けれど、美稲のことを長年、冷遇してきたことを考えると、あらためてこめかみが痺れ、胸の奥がざわつくような苛立ちを覚えた。
――こいつらが、美稲を八方美人に追い込んだ張本人か。
「では皆さん、こちらの椅子へどうぞ」
怒りをぐっとこらえて、俺は警察の人が促すまま部屋の奥へと足を運んだ。
俺ら六人がパイプ椅子に座ると、長テーブルを挟んだ反対側に、美稲の両親と、警察の人間が座った。
「久しぶりだな美稲。テレビで見たよ、今、四天王って言われているんだってな?」
「立派になったわね。それで、そちらの方々が、美見の居場所をすぐに見つけてくれるんでしょう?」
二人はやや怯えながら、娘に向かって媚びるような口調を作った。
ご機嫌伺い丸出しの対応が癪に障るも、俺は赤の他人なので我慢した。
それは桐葉も同じらしく、表情は冷めきっていた。
「うん、そうだよ。じゃあ、美見の持ち物を貸して」
最後に会ったのが今年の五月だとすれば、実に半年ぶりの両親に、美稲は不自然なぐらい冷静だった。
いや、どう対応していいのかわからないのか。
美稲の母親は、通学路に落ちていたという美見のシュシュをテーブルの上に置いた。
それを、舞恋が手に取ってサイコメトリーを始めた。
麻弥と真理愛、それに俺の前には、警察の人が美見の写真と個人情報を書いたMR画像を表示した。
二人はすぐに探知と念写を始めたようだった。
俺も、アポートで美見をワープさせようとするも失敗した。
――海底のメタンハイドレートはアポートできるのに、人間は面識がないと駄目なのか?
みんなはどうだろうかと様子を確認すると、三人は同時に声を曇らせた。
「申し訳ありません。何故か、娘さんの居場所を念写できません」
「美見ちゃんの居場所を探知できないのです」
両親は「そんな!」と叫びながら、ガタリと立ち上がった。
二人の視線は、表情を濁らせる舞恋に注がれた。
「どうしてだろう……わたしもくわしくは。でも、美見ちゃんは誘拐されたみたいです……」
両親は青ざめ、パイプ椅子に腰を落とした。
「真理愛、私の見た映像を念写して」
「わかりました」
舞恋、麻弥、真理愛の能力は、調査対象の情報があいまいなほど精度を失う。
けれど、サイコメトラーである舞恋が対象の情報を読み取り、真理愛が舞恋の情報を念写することで、その精度は飛躍的に上がる。
真理愛が展開したMR画面に、事件当時の様子が映った。
小学校低学年の女の子、美見が公園の横を歩いていると、灰色のワゴン車が停車して、銀行強盗のように目出し帽で顔を隠したジャージ姿の男たちが降りてきて、美見を連れ去った。
女の子が泣き喚いて暴れた時、腕のシュシュが落ちる。
でも、道路を車が走り去ると、徐々に映像はぼやけていった。車のナンバープレートは、確認できない。
「何故でしょう……美見さんを追跡できません」
それはおかしい。
真理愛の念写は、現在、過去、場所を問わず、指定場所の映像を映し出せる。
――そういえば、麻弥の探知にも引っかからなかったな。
「麻弥、キミの探知って、対象が死んでいたらどうなるんだい?」
桐葉の暴言に、両親は小さな悲鳴を上げて抗議をした。
「縁起でもないことを言わないで!」
「母さん抑えて、でも、失礼だぞ君」
怒鳴る妻を制しながら、旦那も怒りをあらわにしていた。
気持ちは分かるが、大事なことだろう。
取り乱す二人の大人を相手に、麻弥はつとめて冷静に対処した。
「確かに、それだと反応しない場合もあります。でも、美見ちゃんの体、という条件で探知しても反応しないのです」
「じゃあ美見はどこにいるんだ!?」
怒鳴ってから、父親はばつが悪そうに身を引いた。
さっきから、妙に言動がたどたどしい。
俺らに協力させるために、俺の機嫌損ねないよう、必死なのだろう。
「ハニー、これはあれだね」
桐葉に目配せされて、俺は首を縦に振った。
「あぁ。きっと、美見は超能力者が作った何かの中に閉じ込められているんだ」
警察や両親はきょとんとして、真理愛たちは同意を示すように頷いた。
「以前、ハニーさんが仰っていましたね。干渉系の能力は、超能力に干渉できないと。経験はありませんが、我々の能力にも同じようなことを言えるのかもしれません」
警察の人が唸った。
「ということは、犯人は超能力者……いや、まさかOU」
最後の一言は囁くように控えめだったが、対岸の俺に聞こえたんだ。
隣に座る両親には、確実に聞こえたことだろう。
母親の目が、ぐいっと吊り上がった。
★本作はカクヨムでは301話まで先行配信しています。




