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ボクと一緒に寝るの、嫌?

 早百合さんたちが帰った二時間後。


 俺は久しぶりにゆっくりと眠れると、安心してベッドに座った。


 何せ、この半月は毎晩桐葉が押しかけてきて、セクシーなナイトウェア姿で誘惑して、俺の我慢が限界に達すると睡眠毒で眠らせるの繰り返しだった。


 それは確かにドッキドキのワックワクではあったものの、心臓に悪い。


「今日は久しぶりに何も考えず、ゆっくり眠るぞ」


 意気込むように口にしてから、俺はベッドの中に潜り込んだ。

 そして、体を枕に倒そうとしたところで部屋のドアが開いた。


「ハニー、まだ起きてる?」

「うぉう!?」


 変な声を上げながら、俺は全腹筋力を総動員して跳ね起きてしまった。


「どど、どうしたんだ桐葉? 今日は一緒に学校に行ったんだからもう添い寝は無しだろ?」


 まくしたてる俺の顔を、桐葉は上目遣いに見つめながら、枕を抱きしめた。


「ひとりで寝るの寂しくて」

「いやいやいや、寂しいっ、て……」


 そこで、俺は気づいた。


 今の桐葉はいつものように明るくもなければ、妖艶な感じでもないことに。


 なんだか借りてきた猫のようにおとなしくて、うつむきがちな表情は、どこか寂し気にすら見えた。


「あのね、ボクも今日はひとりで眠るつもりだったんだよ。一緒に寝るのは、美稲に独占されている間だけって、ハニーとの約束だもん」


 狭い歩幅で、一歩一歩を確認するようにベッドへ歩み寄る桐葉は、最近のセクシーナイトウェアではなく、白くて清楚な感じのネグリジェだった。

 なのに、今日の桐葉は一段と大人っぽく感じる。


「でもね、一度ハニーと一緒に寝る安心感を覚えちゃったからかな、独りでベッドに入ると、凄く寂しいの。変だよね、今までは、いつも独りでベッドの上に寝転んで、こうして音楽を聴きながら眠っていたのに」


 ころんと転がって実演してみせたのは、いわゆる胎児ポーズだった。

 背中を丸めて、手足を折りたたむ彼女に、羊水に浮かぶ胎児が重なった。

 その光景は無機質で、感情が漂白されるような空虚さがあった。


「これが、ボクのわがままなのはわかっている」


 体を起こして、桐葉は四つん這いになって俺の脚に覆いかぶさった。

 そうして、ベッドに手を着き上半身を伸ばして、ハチミツ色の瞳で俺の瞳を覗き込んできた。

 宝石のような瞳に、俺は心を奪われるように魅入った。


「だから、約束とかは関係ないの。お願いハニー、もうえっちなことしないから、今日から一緒に寝て。それとも、ボクと一緒に寝るの、嫌?」


 不安げに顔を傾けながら漏らした言葉を聞いて、俺は自分の中で何かが溶けていくのを感じた。


 どれほど寒い吹雪に耐えられる人も、一度温かいお湯に浸かると、もう出ることはできない。


 愛する人と眠る心地よさを覚えた桐葉に、独りで寝ろなんてのは、酷だろう。

 俺も同じだ。

 桐葉たちとこんなに楽しい毎日を過ごしてから、前の生活に戻されたら、きっと耐えられない。


「嫌じゃないよ。桐葉」


 一瞬笑みを見せてから、桐葉は申し訳なさそうにまつ毛を伏せた。


「護衛役なのに甘えん坊でごめんね。ボク、前より弱くなっちゃったかな?」

「ああ、桐葉に会って、俺も弱くなったよ。でも、それでいいんだ。人は家族が増えるほど弱点が増えて弱くなる。だけど、家族と一緒にいる時は、前の自分よりずっと強い。だから、家族みんなで協力して、家族を守るんだ」


 俺の言葉にハッとして、桐葉は目を濡らした。


「ハニー……」


 甘い吐息が鼻腔をくすぐる。


 亜麻色の髪に縁どられた美貌に迫られて、空気越しにも彼女の体温が伝わってくるようだった。


 いつもの俺なら、この状況に興奮しておどおどして、どうやって逃げようか考えていたと思う。


 でも、今は自然と彼女を愛したかった。

 桜色のくちびるにキスをして、彼女を抱き寄せた。


 腕の中で桐葉は驚いたように体を硬くして、だけどすぐにやわらかく弛緩して俺に身を預けてくれた。


 熱く湿った彼女の口内を、舌でひとめぐりしてから、俺は彼女をベッドの中に招き入れた。


 好きな女の子と一緒なのに、いつもの性的衝動は起きなかった。

 ただ俺は、桐葉を安心させたくて、守りたくて、彼女の救いでありたかった。


「おやすみ、桐葉」

「うん、おやすみ、ハニー」


 俺に依存して欲しくなくて、俺以外の人とも付き合えるよう、俺が休んでいる間も桐葉だけ学校に通わせた。


 だけど今は、この子に一瞬たりとも寂しいとは思わせたくなかった。


 望まず持って生まれたハチの能力が原因で無視され、イジメられ続けた彼女を包む毛布でありたいと願い、俺は彼女と抱き合った。


 すると、せっかくここまではムードがあったのに、とある現実に直面した。


「なぁ、これ絶対に腕がしびれるぞ?」

「うん、そうだね」


 今までは仰向けの俺に、桐葉が覆いかぶさったり、腕に抱き着いて寝ていた。


 けれど、互いに横を向き合っている状態で抱き合うと、互いの腕が相手の胴体の下敷きになる。


 アニメなんかだと無視されているけど、このままで寝るのは無理な気がした。


「じゃあハニー、気持ちよく抱き合える体勢を考えよ」


 甘えるようにじゃれる桐葉を可愛く重いながら、俺らは互いに体制や手足の位置を変えていく。


 お互いの体を探り合うように、楽しみながらじゃれ合った。


「とりあえず上側の腕は背中に回して抱き寄せていいよね」

「そうだな」

「脚は、ハニーが上側の脚をボクの脚の間に入れて挟むと、うん、重さの負担は少ないかな」

「あと下側の腕だけど、これはどうしよっか?」

「桐葉のウエスト細いから、俺はお腹に回せば潰されないけどな」

「ボクの腕をハニーの胴体の下敷きにしたらしびれちゃうよ」

「でも片腕だけ遊ばせておくのも、あ」


 俺は手を下に伸ばして、桐葉の手と恋人繋ぎをした。


「これなら、片手で背中の、もう片手で手の平の体温を感じられるぞ」

「あ、この体勢好きかも」

「じゃ、今日から毎日こうやって寝ようか?」

「ううん、もっといい体勢あるかもしれないし、毎晩一緒にいろんな体勢考えよ。目標は四十八種の寝方を考える事だよ」

「相撲かよ」


 失笑を漏らしながら、俺は桐葉を抱き寄せる腕に力を込めた。


 やわらかくて、あたたかくて、いい香りの桐葉と互いの存在を共有し合いながら、俺は深い眠りに落ちて行った。



★本作はカクヨムでは300話まで先行配信しています。

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