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経済的損失よりも大事なもの

 それなら確かに、条約同様、無視すればいい。

 けど、引っかかる。


「事実、国際法や国際司法裁判所の決定を無視する国などいくらでもあるからな」

「ですが早百合大臣。国際法を無視して、本当になんのデメリットもないんですか?」


 俺の問いかけに、早百合さんは間を置いて、やや声を硬くした。


「貴君の言う通り、ゼロではない」


 腰に手を当て、早百合さんは佇まいを直した。


「まず、国際的なバッシングは避けられないだろう。イメージダウンで外国人観光客は減り、国際的信用の失墜から日本への投資額や、日本企業との貿易減少が懸念される。さらにそこから発展し、各国が連携して経済制裁を行うかもしれない」


 ――やっぱり、そう来たか。


 以前、某国が隣国の土地を勝手に自国へ併合した際、先進国各国は自国内の某国資産を凍結するなどの経済制裁を行った。


 今回の場合、少なくともOUは自国内の日本資産を凍結、悪ければ差し押さえるだろう。


「幸い、と言ってはいけないが、ここ数か月間のOUの強硬姿勢から、多くの日本企業がOUから撤退しつつある。だが、それでもOU国内や追従国家内の日本資産凍結や差し押さえなどの制裁を受ければ痛手になる」


 そこまで言うと、不意に、早百合さんの声に険が混じった。


「経済的損失ならまだいい。金ならあとでいくらでも稼いで取り返せる。しかし、もっとも危惧すべきは、外国在住の日本人が差別されることだ」


 早百合さんの反応に、俺はハッとさせられた。


「法律や権限がどうであれ、人の感情、差別意識、歪んだヒーロー願望は止められない。犠牲者の心の傷は一生消えないのだ」


 以前見た動画を思い出して、思わず奥歯に力が入った。


 俺が生まれる前の話だ。


 かつて、某国が日本を貶めるために世界中に嘘を吹聴した。

 結果、アメリカの一部の地域では、日系人の子供が学校でいじめられるという事態に陥った。


 歪んだヒーロー願望を持った人間にとって、事実なんてどうでもいい。

 日本は国際法を破った犯罪国家、だから日本人は犯罪者、犯罪者を成敗するオレ様カッチョイイに浸りたい。


 ただ、それだけなのだ。


 昔、桐葉のことをいじめた連中も、似たようなものなのかもしれない。

 俺が桐葉のことを意識した直後、早百合さんは話を再開した。


「問題は各国の動向だ。いくらOUが声高に叫ぼうと、多くの国が反対派に回れば国際法は採択されない。採択されても、多くの諸外国民が不当だと感じれば、日本人が差別されることはない」

「でも、OUに逆らえる国はないんですよね?」

「アメリカでさえも、OUには遠慮気味だからな。海水利用制限条約に多くの国が加盟したことを考慮すると、今回も法案は可決してしまうだろう」


 何か反論はできないかと考えて、美稲のもうひとつの仕事を思い出した。


「ダイヤモンド半導体は、外交カードにならないんですか? 美稲の生成するダイヤモンドパーツがないと作れないダイヤモンド半導体がないと6Gは実現しません。これで各国を釣れば味方になってくれるんじゃないですか?」


 一縷の望みをかけた提案だったが、早百合さんは口惜しそうに首を左右に振った。


「確かに、ダイヤモンド半導体は強い。今でも世界中から問い合わせが殺到している。だが、OUは半導体以外のあらゆる業界の最大のお得意様だ。ダイヤモンド半導体だけで、各国がどれだけ日本に味方してくれるか」

「ッ……」


 一瞬、なら俺のメタンハイドレートも、と言おうとしてやめた。

 OUは、あらゆる業界にとって最大のお得意様だ。

 ダイヤモンド半導体にメタンハイドレート一品を足したところで変わらない。

 何よりも、それぐらいならとっくに早百合さんが気づいているはずだ。


「なら私、週明けから学校を休んで働きますね」


 当事者とも言える美稲が口を開いて、みんの注目が集まった。


●本作はカクヨムでは278話まで先行投稿しています。

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