国連軍などない
翌日。
10月13日土曜日の昼。
仕事前に、俺らは、早百合さんの執務室に集まっていた。
「新居には満足してもらえたかな?」
「はい、それはもう。ですがそんなことよりも」
俺は、やや食い気味に尋ねてしまう。
「わかっている。国際法についてだな」
早百合さんは執務机に両肘をつき、視線を上げて俺の顔と向かい合った。
「先日、海水の利用を制限する条約が採択されたが、日本が加盟しなかったことを受けて、OUは国際法でも海水の利用を制限しようとしている。内容は当然、海水から特定の金属だけを抽出する行為の禁止だ」
「完全に美稲対策ですね。ていうか、必死すぎでしょう」
俺が眉間にしわを寄せると、早百合さんはため息をついた。
「最近、世界の金鉱山が全て枯渇したからな」
「え!? そうなんですか!?」
「世界の金埋蔵量は役23万トン。2020年の時点での採掘量は18万トン。年間の世界採掘量は3000トン。元から2037年までには枯渇すると言われていた。それを採掘量の制限と採掘技術の進歩で補ってきたが、とうとう先日、最後の鉱脈が掘り尽くされた」
俺は、唖然としながら呟いた。
「ていうことは……」
「今後、人類は採算の合わない場所で砂金をちまちまと集めるか、リサイクルでしか金を手に入れることはできん。故に、金相場は値上がりを続けている。つまり、内峰美稲はこの黄金枯渇時代に降ってわいた人間鉱脈というわけだ」
それは、まさに神にも等しい存在ではないだろうか。
元から女神のように美人な美稲から、かすかに後光を感じてしまう。
「なるほど、それだけ警戒しているってことですね。それで、条約と違って国際法の場合……」
俺が不安げに尋ねると、早百合は重たい語調を返してきた。
「うむ。ケースバイケースではあるが、国連が決めた国際法には、全ての国連加盟国が従わねばならん」
やはりかと、俺は頭を抱えたい気分だった。
「二日後の月曜日、各国首脳による緊急モニタリング会議が行われる。無論、一日ですぐに決まるわけではない。が、OUは各国へ根回しをしているだろうし、OUに逆らえる国はないだろう」
世界人口の4分の1近い、20億人という人口を抱えるOUは、どの国にとっても世界最大の市場であり、貿易相手だ。
独立国家である諸外国には、OUに従う義務はない。
だが、OUに貿易を停止されて存続できる国はない。
OUから貿易停止をチラつかせられれば、従うしかない。
これが、世界は事実上OUに支配されている、と言われる所以だ。
俺や美稲たちの間に重たい空気が流れる。
すると、早百合さんは執務机から立ち上がり、微笑を浮かべた。
「だが、そう不安がることもない」
長い黒髪をかきあげ、早百合さんは頼もしい声で言った。
「前に私と針霧桐葉が説明したが、国連には罰則を与える方法がない」
「あっ」
言われて、俺は二人の説明と思い出した。
国連は別に世界政府ではない。
だから、各国に何かを強制する力はない。
国内であれば法律違反者を捕まえる警察がいる。
だが、国連の命令を無視した国に武力制裁をするための組織としての【国連軍】、などというものは存在しない。
それなら確かに、条約同様、無視すればいい。
●本作はカクヨムでは277話まで先行投稿しています。




