みんなで新居にお引越し
「こ、この話は忘れようか。とりあえず家具をテレポートするぞ」
みんなに背を向けて、俺は粛々と引っ越しの準備をした。
まず、リビング中央に絨毯とテーブル、そしてテーブルを囲むように長ソファをテレポートした。
その間も背中に感じる鋭い視線は、決して気のせいじゃないだろう。
「ハニーちゃん♪ こっちのフリースペースもすごいっすよ♪」
俺の気苦労など知らず、詩冴は能天気に喜んでいた。
でも、今はその波に乗らせてもらった。
「おぉ!」
リビングのドアから隣の部屋へ移ると、そこは壁もウッド調で落ち着きのある、くつろぎの空間になっていた。
もっとも目を引いたのは、暖炉だった。
くり返す。
レンガの造りの暖炉がしつらえられていた。
2040年現在、暖炉なんて非効率なものは必要ない。
それこそ金持ちの道楽、究極の雰囲気アイテムだ。
「階段の上はロフトになっているんだな」
「ハニーさん、部屋割はどういたしますか?」
「好きに決めていいぞ。俺は余ったところでいいから」
「わかってないなぁ、みんなハニーの隣の部屋がいいんだよ?」
うしろから桐葉が抱き着いてきた。
肩越しににゅっと伸びてきた手が、すすっと俺のあごをなであげてきた。
ぞくりと甘い感覚に背筋をしびれさせながら、俺は言葉を返した。
「いや、同居しているし、隣なんてどうでもいいだろ?」
「よくないよ。この壁一枚向こうでハニーが眠っているって思うのがいいんだから」
首筋に甘えてきてくすぐったい。
抵抗力を、ごりごり奪われて、俺は徐々に膝から力が抜けて行く。
「じゃ、じゃあ俺は真ん中あたりの部屋で」
「うん、決まりだね。あとの詳しい部屋割は、ボクたちで話し合っておくよ」
ぱっと桐葉が離れると、彼女のぬくもりが残る背中が名残惜しい。
わいわいと仲良く個室のある廊下へ向かう女性陣に、俺は黙ってついていった。
部屋は、リビングから伸びる廊下の左右に四部屋ずつ扉が並んでいた。
「わたしたちは6人だから奥左右の部屋は使わないとして、ハニー君がこの真ん中の部屋だね。本妻の桐葉さんはすぐ隣と、反対隣とお向かいが二番人気かな?」
「あ、詩冴は斜め向かいでいいっすよ」
「真理愛、ハニーの逆隣はあんた使っていいわよ」
「いいのですか? ありがとうございます。ではハニーさんのお向かいは茉美さんですね」
「なら最後の斜め向かいが私だね」
「相変わらず遠慮がちね。あんたそれでいいの?」
茉美に念を押されても、美稲はにこやかな笑顔を崩さなかった。
「そもそも私はハニー君の彼女さんじゃないし」
「あっ、そういえば忘れていたわ!」
「シサエも、もうミイナちゃんは攻略済みな気がしていたっす!」
茉美と詩冴が軽くショックを受けていた。
それから、美稲が赤らめた頬を俺に近づけて一言。
「ハニー君、私に構わず、みんなとイチャラブしていいからね」
「気遣いが辛い!」
この状況を無視して、真理愛は一番奥のドアに立った。
「私の隣の部屋は麻弥さんの部屋にしましょう」
と言いながら、勝手にMR表示設定をいじり【麻弥のお部屋】と打ち込んだ。
「あんたいつの間にあんな小さな子を!」
「ハニーちゃんグッジョブっす!」
茉美と詩冴が逆ベクトルの表情で迫って来て、俺は滅茶苦茶動揺した。
「いや、俺に言うなよ!」
——ていうか実際いつどこの時間軸で俺の彼女になったんだよ!?
「ご存じなかったのですか? 麻弥さんは二号さんですよ」
「「「早ッ!?」」」
俺と茉美と詩冴の声が重なった。
●本作はカクヨムでは277話まで先行投稿配信しています。




