仲のいい姉弟
美方と違い、守方は常識人だ。
美方が広告塔になって、実務は守方が行えば、いい生徒会になるだろう。
「ん? 結局どういうことですの?」
「凡民に姉さんの高尚な魅力は理解できないから派手でわかりやすいアビリティリーグの映像で宣伝しようって話だよ」
「なるほど、わかりましたわ」
――守方は本当に優秀だなぁ。
そこで、あることに気づいた。
――あれ? でも守方もアビリティリーグに出ていたよな? じゃあ守方が生徒会長になれば人気も能力もある生徒会長になれるんじゃ……。
「では奥井ハニー、ワタクシのPV作成は任せましたわよ!」
「お前ら候補者と後援者交代しないか?」
「どういう意味ですの!?」
美方の怒声が耳に刺さった。
「悪い悪い冗談だ」
つい本音を口にしてしまった俺は誤魔化しながら、強引に話を戻した。
「じゃあさっそく明日、すぐにPVを投稿するぞ」
「あら、動画編集ってそんなに早くできますの?」
「いや、流石に無理だ」
プロの人に任せても、動画の作成と編集にはそれなりに時間がかかる。
昨日の今日ならぬ、今日の明日では無理だろう。
「でも、前にアビリティリーグのPVとして編集したのがあるだろ?」
アビリティリーグで美方と守方が戦ったあと、あまりにも反響があったので、二人に頼んで試合の映像をPVの素材に使わせてもらったことがある。
美方はちょっとニヤけて視線を逸らせた。
「そ、そういえばそんなこともありましたわね。すっかり忘れていましたわ」
「またまた姉さんそんなこと言って。毎日10回は再生しているよね」
「ッッ」
美方の鋭い左ジャブを、守方は蝶のように舞う動きで避けた。
――美方ってほんと遊ばれているなぁ。
「とにかく今回はスピードが大事だ。きちんとしたのは後日作るとして、今はアビリティリーグ用のPVを加工して、第一弾と銘打って、選挙サイトに投稿するんだ」
「第一弾?」
美方は守方から視線を外して、まばたきをした。
「ああ。この第一弾っていうのがポイントなんだ。こうすればみんな、第二弾、第三弾があると期待して、何度も選挙サイトの美方のページを確認するだろ?」
「言われてみれば、そうかもしれませんわね」
美方は、あごに指を添えて納得した。
「そうやって繰り返し美方のことを意識させて、脳に刷り込んで、美方への好感度を高めるのが狙いだ。これは心理学的にも立証されている方法だ」
そこまで説明して、美方の表情に違和感を覚えた。
普段は、まるでゴミ虫を見るような、侮蔑と憎しみのこもった眼差しなのに、いまは周囲の声が聞こえていないかのように、俺に見入っていた。
「どうかしたか?」
「はっ、い、いいえ、なんでもありませんわ」
正気に戻ったように、美方は慌てて取り繕った。
「ただ、凡民のぶんざいでずいぶんと帝王学に詳しいですのね?」
「帝王学っていうか心理学な。中学までは友達いなくって、家で教育系動画ばっか見ていたから、どうでもいい雑学に詳しいんだよ」
「雑学?」
「役に立たないどうでもいい知識だよ」
実際、教育系動画の知識が俺の人生の役に立ったことなんてない。
ボッチが美方の言うところの帝王学にあたることを覚えたところで、発揮する機会などないのだ。
「今、役に立っているではありませんの」
「 」
俺は一瞬、素になった。
「確かに、多くの知識は役に立たないことが多いかもしれません。ですが、自分の役に立たずともこうして他人の役に立つこともあります。誇りなさい奥井ハニー。貴方はいま、この貴美美方の役に立っているのですわ。それは、とても素晴らしいことですのよ」
お姫様然とした品のある微笑を浮かべ、美方は素直に俺を褒めてくれた。
褒めてもらったのは嬉しい。
それよりも、他人の役に立っている、というのがもっと嬉しかった。
――俺のボッチ時代も、無駄じゃなかったのかもな。
桐葉たちと出会うまでの15年間、俺はボッチのくせにソロ充を気取っていた。
それから桐葉たちと出会って、幸せになれた。
もっと早くに桐葉たちと出会いたかったと思った。
けれど、俺のボッチ時代の体験が美方の、そして、桐葉たちの役に立っているかもしれないと思うと、過去の自分を肯定してあげられる気がした。
そう思うと、なんだか美方に感謝したかった。
「なぁ美方」
「なんですの?」
「ありがとうな」
「ふっ、どうやら貴方もようやくワタクシという奇跡に出会えたことに感謝する気になったようですわね」
「だから姉さんは人気がないんだよ」
「なんですって!」
美方の左フックを、守方は蝶のように軽い動きで避けた。
――仲いいなぁ。
俺も、茉美のパンチをあれぐらい軽やかに避けたい。
●本作はカクヨムでは277話まで先行配信しています。




