フェルマーの最終定理を超える難問!
「で、具体的にどうする?」
仕事終わり。
すっかりなじみの会議室となったうちのリビングで、俺らはジュースとスイーツを食べながら、フルメンバーで作戦会議をしていた。
20畳のリビングも、俺、桐葉、美稲、詩冴、真理愛、舞恋、麻弥、茉美、美方、守方の10人で集まると、流石に狭く感じる。
明日にはここを引き払い、最上階のメゾネットルームへ引っ越すので、ここでこうして会議をするのも、今日が最後かもしれない。
そう思うと、この光景も少し感慨深い。
蜂蜜入りクッキーを飲み込んで、桐葉が指先に毒針を作った。
「そうだね、とりあえずボクが糸恋に一服盛るとか?」
「あたしが後援者の鳴芽子を裏で始末するとか?」
「法に触れない方法でお願いします」
サイコパス組を冷たくあしらいつつ、常識人たちに意見を促した。
すると、詩冴が俺の背中に抱き着いてきた。
「ならイトコちゃんのスキャンダルをバラまくっす!」
「ネガティブキャンペーンか?」
「はいっす♪」
日本人には馴染みがないかもしれないが、詩冴のアイディアは、アメリカではよく使われる手法だ。
テレビの商品CM、選挙活動、アメリカでは、多くの場でネガティブキャンペーンが行われている。
でも、だ。
「それは駄目だ」
俺は即却下した。
「そんなことをしたら美方のイメージが悪くなるかもしれないし、糸恋が駄目だから消去法で美方を選んでもらっても意味がないだろ?」
「う、それは……」
言い淀む詩冴に、俺は続けて説明した。
「大事なのは何が目的なのかはっきりさせることだ。俺らの目的は美方を生徒会長にすること。だけど美方の目的は、生徒たちを導くこと。マイナスのイメージがついたら、導いてもついてきてくれない。だろ?」
美方へ視線を投げて確認すると、彼女は意外そうな顔をした。
「そ、その通りですわ。貴方、案外……いえ、何でもありませんわ。大事なのはワタクシが支持されること。他者の足を引っ張るなどという下策は、貴美家にふさわしくありませんわ」
――俺としても、異能学園の初代生徒会長には、みんなから望まれた人になって欲しいしな。
「でも姉さん、僕とゲームで対戦する時は絶対必ず漏れなくハメ技を使うよね?」
ややのけぞって美方がキメ顔を作ると、守方が意地悪くツッコんだ。
――えっ、意外と卑怯だな美方。
「使わないと完封されてしまうから仕方なくですわ! 世界ランカーならもっと手加減なさい」
――えっ、守方のやつそんなにゲーム上手いのか?
「それじゃ姉さんのためにならないし、僕は姉さんに嫌われる勇気をもって全力で完封しているんだよ」
「貴方はもっと臆病になりなさい!」
いつもの姉弟喧嘩に俺が苦笑いを浮かべると、美稲も困り顔を作りつつ、会議を軌道修正してくれた。
「とにかく、宣伝は美方さんの魅力をわかってもらう方法じゃないとだよね?」
刹那、リビングの空気が張り詰めた。
「「「「「「「美方の魅力?」」」」」」」
俺、桐葉、美稲、詩冴、舞恋、茉美、真理愛の緊迫声が重なった。
生まれた時から一緒に居る守方でさえ、
「ネエサンノ……魅力?」
とか戸惑っている。
麻弥は舞恋のおっぱいに甘えていた。もう少し興味を持ってあげて。
「あら、なら簡単ですわね♪ だってワタクシには広辞苑並の厚みをもってしても語り切れない魅力の数々に満ち溢れていますもの♪」
その時、俺は坂東や日銀総裁、伊集院、地糸と戦った時以上の危機と無理難題感に絶望した。
手の平は冷え切りながら汗で濡れていくような感覚があった。
いっそ、詩冴を淑女にしろと言われた方が、まだ可能性があった。
その詩冴は、麻弥のほっぺをぽよぽよしながら遊び始めた。
――逃げるのはえぇなおい。
でも、気持ちはわかる。
俺も全てを投げ出して麻弥をぽよぽよして暮らしたい。なにそれ楽しそう。
その時、美稲が、あ、と声をあげて両手を合わせた。
「そういえば、美方さんてアビリティリーグでは人気だったよね?」
「もちろんですわ! 試合後は皆、このワタクシの威光にひれ伏していましたわ!」
それは大袈裟だろう。
が、俺はツッコむのを我慢した。
「だから、その時の映像を使ってPVを作ればいいんだよ」
美稲の提案に、舞恋がきょとんとした。
●本作はカクヨムでは276話まで先行投稿しています。




