下水道シュートの二次被害
一方その頃。
刑務所の留置所はと言えば……。
「いんぎゃぁあああああああああああああああああああぐざいぃいいいいいい!!」
「ウ●●と小便とヘドロと腐敗の激臭ぐぁあああああああああああああああああ!」
「オゥエェ! オエェエッ! 眼が痛い息が詰まる!」
「ぜ、喘息が、が、あ、ぐげっ――」
「いやぁああああああああ! 服についたぁあああああ!」
「こいつの体からしみ出した汚水が床に広がって、わぁあああ、来るな来るなぁ!」
「看守さぁああああん! カギぃ! カギ開けてぇ! ダッシュで逃げないでぇ!」
「神様仏様ハニー様ぁ! もう二度と悪いことをしませんからぁ!」
「お慈悲をぉ! お慈悲をくださいぃいいい!」
「ヒドイーヒドイーひどすぎるぅ! どうしてこんな残酷なことができるんだぁ!」
「ひと思いにころせぇえええええええ!」
「ごめんなさいぃいい! もうしないからぁ! もう人様に迷惑かけないからぁ!」
だが、阿鼻叫喚の地獄絵図の元凶たる男は、目、耳、鼻、口から汚物を垂れ流しながら痙攣し、留置場は悪臭に包まれていった。
のちに解放された迷惑客たちは人が変わったように臆病な性格になり、平身低頭、常に人様に謝りながら生きていったと言う。
◆
詩冴を救った20分後。
ステージ発表の演目は、俺らの美女と野獣の時間になった。
今日のために続けた練習を思い出し、俺らは一度円陣を組んで小声で気合いを入れてから、持ち場に着いた。
そして、暗い講堂を埋め尽くす観客の前で、幕が上がった。
けれどステージは暗く、闇に閉ざされたままだ。
そのまま、ステージ脇に立つローブ姿の詩冴が普段とは違い、大人びた声音で語り始めた。
「これはとある時代の物語。とある土地に、意地悪な領主が住んでいました」
マイクアプリを使い、詩冴は学内ローカルネット越しに観客へ声を届ける。
彼女の声は、観客が耳の裏に装着しているデバイスを通じて、超高音質で聞こえていることだろう。
「ある晩、領主の元に一人のお婆さんが一晩の宿を求めてきました。しかし、意地悪な領主はお婆さんを追い出してしまいます」
そこまで言うと、ローブ姿の詩冴は暗いステージの中央へと足を運び、他でもない、観客へ向けて、憎しみを込めて声を張り上げた。
「お前はこれだけの財産を持ちながら、弱者に一晩の宿を与える慈悲も持てないのか!? 貴様のように心の貧しい者は生きていても人々を苦しめるだけだ! 地獄に堕ちるがいい!」
詩冴が両腕を振るうと、恐ろし気な効果音が鳴り響く。
「ふん、死んだか。だがまだだ、まだ足りぬ。あの男の蛮行を止めない臣下共、それに奴の血を引く娘も同罪だ! あの男の近親者は、全てケダモノになるがいい!」
再び恐ろし気な効果音が鳴り響くと、詩冴は横を向いて、誰もいない暗闇に向かって憎らし気な声を叩きつけた。
「はん、いい気味だ。けどね、恨むならお前の愚かな父親を怨むんだね! 何ぃ? 人間に戻りたいだって? ふぅん、まぁお前はまだ若い、チャンスをやろうじゃないか。この屋敷の呪いを解く方法、それは、お前が愛され、その者と愛を誓い合い、結婚することさ。呪いは愛の力に弱いからね!」
詩冴は、舞台女優並みの演技力だった。
普段のハイテンションぶりはどこへやら、本当に、ちょっと憎らしく見えるぐらい、悪い魔女を演じ切っていた。
続けて、詩冴は他人を痛ぶるような口調で芝居を続けた。
「ただし、期限は16歳の誕生日までだ。その日までに愛されなければ、お前は一生ハチの姿のままだ!」
口汚く言い捨ててから、詩冴はステージ脇の語り部席へと戻った。
今度は語り部らしく、穏やかな口調で活舌良く、朗々と語り始める。
「しかし、怪物の住む屋敷には誰も近寄りません。いつしか森の中のお屋敷は人々から忘れられ、2年の月日が流れました」
ここで、初めてステージがライトに照らされた。
うっそうと木々が生い茂る森の中を、不安げな顔の美稲が歩いている。
昔の学校では、舞台セットを夜通し手作りしたらしい。
だけど、現代ではなんでもMRオブジェクトで表現できるのでその必要はない。
今回も、フリー素材の森の背景と木々のオブジェクトを使っている。
それでも、ステージの上はまるで本物の森を切り取ったようにリアルだった。
「どうしましょう。旦那様の家で奉公を終えて、やっと子供たちの待つ家に帰れるのに、道に迷ってしまったわ」
演劇特有の、状況説明台詞を口にしながら、美稲は遠くの客席からも見えるよう、オーバーに周囲を見回した。
「あら、あんなところにお屋敷が……」
「侵入者です! 皆さん、すぐに捕らえましょう!」
動物の耳と尻尾を付けた真理愛が、同じく動物のコスプレをした舞恋と麻弥を引き連れて現れた。
三人とも、狂おしいほどに可愛い。特に麻弥が、このまま飾っておきたいぐらい可愛かった。なんて尊い、そして貢ぎたくなる姿だろう。
「や、やめてください、私は侵入者じゃありません。道に迷ってしまったのです!」
「弁明は聞きません。貴方は姫様のもとへ連れて行きます」
そう言って、真理愛たちは美稲の腕をつかみ、俺のいる舞台袖まで引っ張ってきた。
「ハニー君、どうだった?」
「おう、ばっちりだったぞ」
「じゃあ今度はボクが」
ステージが暗くなると桐葉が出て行き、最終形態へ変身した。
詩冴のMR画面操作で、今度は森が謁見の間に変わってから、ライトが点いた。




