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お客様は神様じゃない

 茉美を連れて、俺は1年1組の教室へ戻った。

 猫メイドカフェは相変わらずの大盛況で、長蛇の列は何度も蛇行して下り階段まで占拠している有様だ。


 ――客の回転率をあげたいけど、一時間以上も並んで5分しかいられないとかだと怒られるだろうな。


 それこそ、数時間並んで数十秒しか見られない動物園のパンダ現象だ。


「じゃ、あたしは接客に戻るから。あんたはちゃんと桐葉をエスコートすんのよ」


 言って、茉美は注文を取りに行った。


「おう」


 返事をしてから、俺はバックヤードに顔を出した。

 ポータブルコンロやオーブンレンジを使い、桐葉や美稲がてきぱきとお菓子を作り、甘い香りが漂っていた。


「桐葉、休憩時間だぞ」

「あ、ハニー♪ 待ってて、いまこれ作ったらすぐ行くから」

 焼けた食パンにバターを塗り、五指から垂らした濃厚なハチミツをふんだんに使い、最後にシナモンパウダーをまぶしていく。

 とてもおいしそうで、そして、俺が毎日のように食べているハニートーストだ。


 ――俺って幸せだよな。


 俺がほっこりした気分に浸っていると、下卑た声が俺の耳を汚した。


「え~、だってここメイド喫茶だろ? ならメイドさんとのツーショットは当たり前だろ?」

「いいえ、それは事実に反します。ここは猫カフェでありメイド喫茶ではありません」


 バックヤードに突っ込んでいた頭を抜き、振り返ると、バーコード頭のおっさん客が真理愛に絡んでいた。


「どう見たってメイド喫茶だろ。真理愛が駄目なら、Gカップの恋舞ちゃんでもいいよ」

「や、やめてください!」


 真理愛と舞恋に絡むおっさんを、俺の目の前にテレポートした。


「あれ?」

「当店ではそのようなサービスは行っていません」


 俺が睨みを利かせると、おっさんはちょっと怯んでからオラついた。


「あん? なんだお前は、いいだろ写真ぐらい。お客様の注文には臨機応変に対応するものだろ?」


 まるで若いヤンキーだと怒りを覚えるも、俺は感情を抑えた。


「こっちはコスパや従業員のキャパを考えてサービスを設定しています。不当なサービスの強要は営業妨害です」


 感情的にはならず、努めて冷静に、淡々と説明した。

 だが、それをスカした態度だとでも思ったのか、おっさんはさらにイラついた表情になった。


「客は神様だろ!? そんな常識も知らないのか!? これだから最近の若い奴は、俺が若い頃は奴隷のように接客したもんだぞ! おん!?」


 ヒートアップするおっさんに、猫カフェの猫たちが怯えている。

あまりの低能ぶりに呆れ、俺は敬語をやめた。


「彼女たちはお前の奴隷じゃない」


「な、なんだその口の利き方は! これだから高校生は。労働のなんたるかを知らないのか?」

「ここは学園祭だ。俺らは労働者じゃない」


「カッー! ああ言えばこう言う! いいか! 客は神様、これ常識、神様の言うことには黙って従え!」

「具体的に何を司る神だ?」


「ぜ、全知全能だ!」

「全知全能なら店で金払ってサービスを受けなくていいだろ」


「じゃあ客の神だ!」

「いやお前は人間だろ」


「もののたとえに決まっているだろ! そんなこともわかんねぇのか! お前日本人のくせにことわざも知らないのか?」


 おっさんは床をカカトで蹴りながら、だけど得意げに怒鳴り散らしてくる。


 たぶん、こいつは怒鳴るのが好きなのだろう。


 人は他人を怒鳴るとドーパミンが分泌されて気持ちよくなる。

 目下の若者相手にドヤ顔で常識知識マウントを取りドヤ顔をするのが、こいつの趣味なのだろう。


 そんなクズには一切の容赦はいらないし、このままだと桐葉がこのおっさんをミンチにしてしまう。


 だから俺は、周囲の客が注目する中で鋭く言った。


「『お客様は神様』、はことわざじゃないぞ」

「は?」


 周囲の客や生徒の口からも、おっさんと同じような疑問詞が漏れた。

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