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美女と野獣の演劇するっす!

 その日の夕方。

 すっかりみんなのたまり場と化したうちのリビングで、詩冴は俺らにプレゼンを行っていた。


「というわけで、クラスとは別に、グループ単位の出し物として、演劇を提案したいんす。大雑把な脚本は作ったので、見てくださいっす」


 普段の明るさやハイテンションはどこへやら。

 努めて冷静に、淡々とプレゼンは進んだ。

 詩冴から送られてきたファイルには、【美女と野獣(男女逆転版)】とある。


 ――桐葉が野獣で、俺が優しい青年役か。


 内容に問題は無い。

 エロいシーンも無いし、詩冴らしくもなく、綺麗にまとまっている。

なるほど、と俺は察した。


 ――つまり、ミスコンで桐葉が優勝できるように工作しようということだな。

俺は、頷いて、詩冴に賛同した。


 みんなも詩冴の意図を汲んだのか、賛成する。

 その中で、美稲だけは異を唱えた。


「私もいいけど、条件をつけてもいいかな」

「何っすか?」


「ミスコンは学園祭最後のステージ発表だよね? なら、美女と野獣の公演時間は、できるだけ後にして欲しいの。ミスコンの直前がベストだね。それなら、私もミスコンに出てもいいよ」


 美稲に続いて、真理愛も口を開いた。


「私も同じ意見です。公演時間は終盤にする。それが、ミスコン参加の条件です」


 美女と野獣で桐葉のお姫様姿を見てからミスコン。

 これは、桐葉のミスコン優勝がかなり現実味を帯びてきたと言えるだろう。

 みんなの優しさと好意に、桐葉は少し照れ笑った。


「……ありがとう、嬉しいよ」


 桐葉の照れ笑い。

 あまりにレアな光景に、俺は感動すら覚えた。


「でもね、じゃあボクも条件、ていうかみんなにお願いなんだけど。ここにいるみんなで、ミスコンに出ない?」


 舞恋や茉美はぎょっとするも、桐葉は安心しきった笑みを浮かべた。


「ボクが優勝できるよう協力してくれるのは嬉しいよ。でもね、ボクはみんなに応援されるよりも、みんなで参加して、ステージに立って、終わったらみんなで記念写真を撮りたいな」


 期待するような眼差しに、俺は深く、本当の意味で感動を覚えた。


 初めて会った頃の桐葉は、ハチの能力を理由に迫害され続けたせいで他人に無関心で、近づく相手には敵意と警戒心しか向けなかった。


 自分はソロ充だから友達はいらないと、冷徹とも言えるほどに孤高の風を吹かせていた彼女が、今は自信の名誉よりも、友達との時間を優先している。


 心の底では他人の癒しを求めていたこと、人は変われることを体現する桐葉が、俺にはひたすら眩しかった。


「いや、でもわたし、桐葉みたいに可愛くないし」

「エレベーターでハニーに可愛いって言われたばかりなのにソレ言う?」


 桐葉の言葉に、舞恋は赤面しながら反論を失った。


「あ、あたしはほら! 女子として売り出せる魅力が胸しかないし、ガサツだし!」

「ハニーはそんな子を選んだってこと? ハニーをバカにするなら怒るよ?」


 桐葉の正論に、茉美は戦意を失った。


 ちなみに、麻弥はやる気まんまんで、詩冴は無言のまま、どこか嬉しそうに頬を緩めていた。


 そうしていると、詩冴は本当に可愛らしくて、魅力的だ。


 普段の詩冴を知らない男子なら誰もが彼女に恋をするだろう。



 それから、話し合いの結果、配役はこうなった。

 野獣:針霧桐葉はりきりきりは

 青年:俺

 魔女:枝幸詩冴えさししさえ

 猟師:三又茉美みつまたまつみ

 母親:内峰美稲ないみねみいな

 複数役:恋舞舞恋こいまいまいこ

 山見麻弥やまみまや

 有馬真理愛ありままりあ



「じゃああらためて流れを確認するっす。まず、魔女に意地悪をした貴族は呪いをかけられ死亡。娘のキリハちゃんはハチになるっす。それからミイナちゃんはキリハちゃんに捕まり、人質交換に息子のハニーちゃんがキリハちゃんと住むっす」


 俺らひとりひとりの顔へ目配せをしながら、詩冴は活舌良く、説明を続けた。


「キリハちゃんとハニーちゃんは愛し合うようになって、結婚するっす。だけど野獣のキリハちゃんを退治して名声が欲しい猟師のマツミちゃんが、結婚式前に銃で乗り込んでくるっす」


 クライマックスに向けて、詩冴はちょっと声を引き締めた。


「マツミちゃんがキリハちゃんを追い詰めたところで、ハニーちゃんが助けに入って二人は無事結婚。キリハちゃんは愛の力で人間に戻って、幸せに暮らすっす。最後、ハッピーエンドのエピローグで麻弥ちゃんは二人の子供役で出て欲しいっす」

「まかせるのです」

「何か気になることはあるっすか?」


 正直、ひとつだけ違和感があった。


 だけど、当人である桐葉は至って平坦な表情で、納得しているようだった。


 だから、俺も何も言わないことにした。


 善人面で、桐葉の苦しみに触れるのは、行き過ぎた干渉だ。


 俺は桐葉の彼氏であっても、支配者じゃないし支配しちゃいけない。


 詩冴たちは、台詞の細かい修正作業を始めた。


 それでも、俺はどうしても気になってしまった。

 


 ハチのお姫様が、人間に戻ることでハッピーエンドを迎える。

 お姫様は、ハチのまま幸せにはなれないのだろうか。

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