彼女たちの手作り朝ご飯
「うぅ、なんだろう、何かとても素晴らしいことを忘れている気がする。何かこう、長年の悲願を果たせるプラチナチケットを手にしたような」
鈍痛に支配された頭を抱えながら俺がリビングへ入ると、肩を貸してくれる茉美が活舌良く返事をくれた。
「絶対に気のせいよ。そんな都合のいいことがあるはずないもの! さぁ、早く歯を磨いて着替えてあたしたちの作った朝ご飯を食べるのよ! 今日は始業式なんだから遅刻はダメよ!」
「え? 茉美も作ってくれたのか?」
俺が顔を上げると、茉美はちょっと頬を染めながらジト目になった。
「な、なによぉ、悪いぃ?」
「いや、普通に嬉しい」
茉美の頬がさらに赤くなった。
サイドテールの髪を顔に当てて隠した。
「料理はボクの仕事だって言ったんだけどね」
桐葉の視線の先を目で追うと、俺は目を丸くした。
美稲がお味噌汁の鍋を優しくかき混ぜ、真理愛が包丁で野菜を手際よく切ってサラダを作っている。
「おはようございます、ハニーさん」
「あ、ハニーくん、今日のお味噌汁はカツオ出汁だよ」
「お、おう」
そこへ桐葉が入って炊飯器を開けると、白い湯気とともに炊事の香りが立ち込め食欲を刺激された。
茉美はIHコンロをオフにして、フライパンのフタを開けた。
仲良くくっついた五人分のベーコンハムエッグは黄身部分に白い膜が張っていて、見た目が綺麗だ。
ソレをフライ返しの先端でカットしてから、茉美は慣れた手つきで五枚の皿に乗せていく。
きっと、実家でも普段から料理をしているんだろう。
腕力最強女子らしからぬ女子力に、胸がキュンとしてしまう。
――俺の嫁が可愛すぎて生きるのが辛い!
リアルが充実したリア充どころじゃない。
リアルを極めた極楽、リア極がそこにはあった。
思わずガッツポーズを作ってしまう俺に、茉美が首を傾げた。
◆
9月3日の月曜日、始業式当日。
五人で朝食を終えた俺らは、異能学園の制服に着替えて、玄関からマンションの廊下に出た。
「でも茉美、本当に美稲と同じ部屋でよかったのか? 向かいの部屋を一人で使ってもいいのに」
「何よ。あたしだけ追い出す気? それじゃ同居にならないじゃない。それともそれが四号さんの扱いなわけ?」
茉美にムッと睨まれて、俺は馬をなだめるようにどうどうと手を突き出した。
「いや、そういうわけじゃ、ていうか俺は何号さんとか序列をつける気ないし」
「ついでに私は恋人じゃないから茉美さんは三号さんだよ」
「えっ!? 嘘!? 美稲ってハニーの彼女じゃないの!? 大丈夫!? 脅されていない!?」
「お前は俺をなんだと思っているんだよ!?」
「朝から女の子を襲うケダモノかしら?」
絶対零度の視線から逃れるように、俺は顔を背けた。
「ん? あれ? 朝と言えばやっぱり何かとても素敵なことを忘れているような?」
「さぁ学校へ行くわよテレポート!」
「あ、はい」
両肩をわしづかまれながら鬼気迫る顔で促されて、俺はみんなでテレポートした。
◆
俺らが教室へ入ると、クラスのみんなが一斉に首を回してきた。
いったいなんだと思っていると、立ち上がってこちらへ殺到してきた。
俺はちょっと怖くて引き気味だけど、みんなの顔はどこまでも好意的だった。
「ありがとうな。お前がアビリティリーグを作ってくれたおかげでやっと親に自慢できたぜ!」
「実は今まで奥井のこといいなとか同じ超能力者なのにずるいとか思っていたけど悪かったよ。お前マジでいい奴なんだな!」
「会場に観戦に行ったけど、凄い迫力であたしコーフンしちゃったよ! あたしは給料もらっているし、これから毎試合観戦させてもらうわ!」
他のみんなも、口々にお礼やアビリティリーグを賞賛する言葉を口にしてくれた。
こんなにもみんなから持ち上げられて、ヒーロー扱いされるのは初めてで、どう反応していいかわからなかった。
だけど、美稲が優しく俺の肩を叩いてくれた。
「緊張しちゃった? でもね、これがハニー君のしたことだよ」
柔和な表情と落ち着いた声で俺の緊張をほぐしながら、美稲はなおも褒めてくれた。
「同じ超能力者でも格差があった。みんなそれを仕方ないことだと思っていた。だけど、ハニー君はそれが嫌だったんだよね? それで、能力に関係なくみんなが輝ける社会にしたくて、アビリティリーグを作った。みんなを救った。それは凄いことだよ」
「……美稲」
俺が大勢の超能力者を救った。
実感のない話だ。
だけど正面を向けば、クラス中のみんなが好意的な表情で俺を見つめていた。
その眼差しには自意識過剰ではなく、確かなリスペクトの念が込められていた。
――そっか……俺、みんなを助けられたのか。
ボッチで劣等感に苛まれていた過去の自分を思い出す。
あの惨めな気持ちを抱える人を減らせた。
苦しむ人を助けられた。
その事実が、確かな実感を伴い、充実感として胸に広がった。
「どうしよう……なんかすげぇ嬉しいよ」
自然、俺の顔から笑みが吹きこぼれると、桐葉は花がほころぶような笑顔を浮かべてくれた。
「ふふ、助けた側が嬉しいって。美稲の言う通り、ハニーってほんと気取らないよね。だから大好き」
言って、桐葉は俺の肩に抱き着いてきた。
腕に押し当てられる胸の感触が極めて幸せな一方で、男子たちがぴくりと反応した。
てっきりリア充爆発しろとか批判されると思ったのだが、
「くっ、奥井相手じゃ嫉妬する気にもなれない」
「これがモテる男の力か……」
「ああいう奴がエロゲ主人公になれるんだろうな」
そこはせめてラノベ主人公と呼んでもらいたい。
けど、醜い嫉妬ややっかみをする人なんて誰もいなかった。
むしろ、当然だとばかりに納得したり、中には羨望の眼差しを送って来る男子までいた。
●本作はカクヨムでは238話まで先行配信しています。




