陥落するヒロイン
●専門用語解説 PAU
パシフィック・アジア・ユニオンの略。
東南アジア各国による共同体。OUとは違い国家ではない。EUの東南アジア版。
東南アジア統一を目指しつつ各国で協力し国際社会の競争に勝ち残ろうという集団で多くの東南アジア国家が加盟している。
ASEANとの違いだが、実在の組織を出すとストーリーの自由度が下がるため、作中では触れられない。読者のみんなも考えないでくれると嬉しい。by鏡銀鉢
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らしくない、いや、最近ではむしろ彼女らしい意地悪な笑みを浮かべて、美稲は横目を送ってきた。
「はぁっ!? ちょっと育雄! あんたこの前あたしと約束したばかりじゃない! 女の子を泣かせないって!」
「待て茉美、これは俺が悪いのか!?」
「いいからあんたは早く桐葉をバイコーンライダーにしなさいよ! あとがつかえているんだから!」
「つかえているって、真理愛は別に、なぁ?」
同意を求めると、真理愛はほんのりと頬を染めてうつむいた。
肩を縮めて、何か言いにくそうにもじもじする彼女の頭を、麻弥と舞恋が抱き寄せた。
「ハニーさん、真理愛をいじめちゃだめなのです」
「ハニーくん、いまのはちょっとひどいと思うよ」
ふたりはそろって俺をジト目で睨んでくる。
―—そんな、舞恋まで!?
「ハニーちゃんが早くしてくれないとシサエがエクスプロージョンできなんだから早くして欲しいっす!」
「奥井ハニー育雄! 英雄は色を好むのだぞ!」
「ハニー、今夜大人のドローンに乗っちゃう?」
「ハニーさんと私が、ハニーさんと、あぁ……」
「ハニー君てほんと酷いよね。女の子の気持ちを何もわかっていないんだから」
「そうよ【ハニー】! あんたはもっと女心を勉強しなさい!」
リビングを、一陣の静寂が包み込んだ。
俺も、息を呑んで茉美を凝視してしまった。
それから、茉美はハタとして赤面した。
でも、すぐに静寂を破って声を張り上げた。
「べ、別にいいでしょ! みんなハニーって呼んでいるんだから! あたしだってハニーって呼んでも! それとも」
秒読みで顔の赤みを濃くしながら、茉美はずんずんと俺に近づき、まるで喧嘩を売るように胸ぐらをつかんで顔を寄せてきた。
圧倒的な圧力に俺は背筋を逸らすも、彼女は逃がしてくれなかった。
キスの射程圏内で、茉美は大粒の瞳に俺の瞳を映しながらくちびるを開いた。
「あたしにハニーって呼ばれたら嫌なの!?」
「ッッ」
上気した肌と濡れた瞳。
恥ずかしさに耐える、今にも泣きそうな表情。
流石にここまでされれば、彼女の気持ちはわかる。
答えは今すぐ出せないも、俺は観念したように力無く答えた。
「い、いやじゃない、です。どうぞハニーとお呼びくださ、あ――」
背中を逸らし過ぎてバランスを崩し転倒。
俺の胸ぐらをつかんでいた茉美も巻き込んで、俺らは仲良く床に倒れ込んだ。
「きゃっ」
意外なほど可愛い声で転ぶ彼女をかばうように抱き寄せ、俺は背中を強く床に打ち付けた。
コンマ一秒後、茉美が俺に覆いかぶさってきて、さらに彼女のくちびるが俺の口に覆いかぶさってきた。
「「!?」」
互いの瞳に瞳を映し合いながら、口内の体温を共有してしまう。
頭の奥がカッと過熱して、彼女の豊満な胸が俺の胸板で押し潰れる感触には全身の血に熱が走った。
茉美は両手で口を抑えながら、慌てた様子で上半身を起こした。
混乱しているのだろう。大きく広げた瞳を震わせている。
俺がうまいフォローの方法を考えていると、機先を制するように、茉美は拳を構えた。
「ちょ、調子に乗るなぁああああ!」
「わぁあああああああああああああああ!?」
空手家よりも凶悪な拳がカッ飛んできて、衝動的な悲鳴が溢れた。
ズガン、と不吉な音が耳元で鳴り、心臓が止まりかけた。
彼女の肩から先を視線で追うと、拳は俺の顔ではなく、耳元をかすめて床を叩いていた。
意外な展開に俺が呆気に取られていると、茉美は糸の切れた人形のように、ぱたんと倒れ込んできた。
「え!? 茉美? 茉美さん!?」
全体重をぐったりと預けたまま動かない。どうやら、恥ずかし過ぎて気絶したらしい。
それでも、俺と頬を触れ合わせる茉美は、耳元で寝言のように声を漏らした。
「ばかぁ……ハニーの、ばかぁ……」
「……か」
――かわいすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉぉ…………。
俺は、もう自分でもこの恋心を抑えられなかった。
●本作はカクヨムで237話まで先行配信しています。




