俺の感動を返せ!
新技のゲートなら倒せるとタカをくくった自分を恥じて歯噛みした。
『そしておっと、ほうほう、OU自慢のAIの演算によると、お前の新技は発動までにかなりの時間がかかるらしいな。しかも、繋げる場所は事前に設定する必要がある。だよなぁ。もしも自由に開けるなら、私のガトリングや最初のミサイル攻撃でやっているはずだ』
図星を突かれ、つい桐葉を抱き支える腕に力が入ってしまった。
地糸の言う通りだ。
俺のゲートは、発動に30秒かかる。
さらに、繋げる場所は、あらかじめ決めておく必要がある。
だから、地雷のような使い方しかできない。
『ようするにだ、こうすればいいんだろぉ!?』
言うや否や、機体は跳び上がり、空から美稲に向けてガトリング砲を発砲した。
美稲は素早く壁を作って防ぐも、地糸は美稲の周りを旋回して、あらゆる角度から攻撃を加えた。
『こうして俺が動き続けていれば、狙いを定められないよなぁ!? ああん!?』
ヒステリックに、だが歓喜に打ち震えるような声に、俺は背筋が冷たくなった。
地糸は討論番組収録の時と同じく、スーツにネクタイという、戦闘には不釣り合いな格好だった。
その不自然さが、まるでリストラされたサラリーマンが心中自殺のために車を暴走させているような危うさと不気味さがあった。
「やめろ! お前の目的は俺だろ!?」
『違うね! 私の目的はお前とこの女! それから龍崎と有馬だ! 私の人生を滅茶苦茶にしたお前らの人生もぐちゃぐちゃにしてやらないと不公平だろうが!』
「不公平?」
『そうだ!』
一度、弾幕を途切れさせてから、地糸は激昂した。
『18年前まで、私は吹けば飛ぶような三流記者だった! だが、お前らバケモノが生まれ始めて、お前らの批判記事を書くようになってから多くの人が私を賞賛するようになった! 本が売れ、作家や評論家として認知され、先生と呼ばれ始めた!』
言葉は過熱し、地糸は理論も何もない支離滅裂な暴論を吐き捨ててきた。
『そしてついに世界一の大国OUの政党幹部となり勝ち組になれるはずだったんだ! なのに! それをお前らクソガキのくだらないイタズラのせいでご破算だ! 殺してやる! 地獄を見せてやる! お前らの死体をOUに渡して返り咲いてやる!』
あまりにも傲慢な理屈に、俺は反吐がでそうな怒りに駆られた。
まさに、どこまでも自分本位、自己中心、そして自分中心他動理論。
こんなクソ野郎に何を言っても無駄だとわかっていながら、俺は口を開かずにはいられなかった。
「バッカみたい」
俺よりも先に、冷たい声を吐き捨てたのは桐葉だった。
転校してきたときに見せた無関心な表情よりもなお冷めきった眼差しで、彼女は俺の手を握り、自らの足で立った。
「無能な自分を棚上げにして、自己顕示欲を満たすために無関係な人を悪人に仕立てあげて裁く自作自演でヒーロー気取り。他人の不幸が好きなクズ共に祭り上げられてスター気取り。名声の為なら他人の人生を平気で搾取する。最低のさらに下。最下層を突き抜けた俗物じゃないか」
深く、実感のこもった声に俺が感じ入る一方で、地糸はどこまでも汚れた感情を剥き出しにする一方だった。
『ガキが説教を垂れるな! 幼稚な理想論なんて社会で通用しないんだよ! バケモノの、それもガキの分際で高度な政治的判断が求められる大人の世界にしゃしゃり出てきて私の人生を壊しやがって! お前らこそ自分たちの都合で私の人生を搾取した底抜けのクズだろうが!』
怒鳴り散らしてから、地糸はやや高飛車な語勢を作った。
『いいかジャリガキ! 他人を利用するのは社会の常識だ! それに反発する奴はガキだ! 低俗な復讐する暇があったらお前も他人を利用しろ!』
「ハニーはそんなことしない」
語気に熱い感情をこめて、俺の手を握ってくれる指に力が入った。
「ハニーは、幼い頃からずっとイジメられていた。だけど誰かを利用しようなんてしなかった。それどころか、差別されているボクら戦闘系能力者を助けるために、このアビリティリーグを始めてくれたんだ」
『なら残念だったな、その計画はここでご破算だ! この大事なオープン初日にテロ事件なんて起きたら信用は地に堕ちる! 危険性のあるイベントは中止が基本だからなぁ!』
地糸の脅しに、鋭い不安が胸に走った。
悔しいが、地糸の言う通りだ。
イベントは、事前にテロ予告があるだけで中止になることも珍しくない。
ここまで大事になれば、アビリティリーグの運営には、大きな影響があるだろう。
「そんなことさせない!」
俺の不安を払拭するように、桐葉は勇ましい声で敢然と立ち向かう。
「ハニーの優しさを踏みにじらせなんてしない、ハニーの計画は、ボクが守る!」
『ハニーハニーと五月蠅い奴だ。お前はハエか?』
「愛しているって言って欲しいね。ハニーは毒バチのボクを好きだと言ってくれた。バケモノの姿をカッコイイって言ってくれた。いつもボクを助けてくれた! ハニーは、お前と違って優しいんだ! 凄く優しいんだ!」
俺の手を握る桐葉の手から伝わる力と体温に癒されながら、俺は心が満たされていく充溢感が嬉しかった。
この子を好きになって本当に良かった。
その気持ちで胸がいっぱいだった。
『そんなのカラダ目当てに決まっているだろ!』
「ボクは処女だ!」
――ちょいおま!?
「ハニーはおっぱい大好きおっぱい国民なのにボクがお風呂やベッドに突撃しても前かがみになるだけで一切ボクに手を出さない可愛い男の子なんだ! 可愛げの欠片も無いお前とは違うんだ!」
――俺の感動を返せぇえええええええええ!
『クズには何を言っても無駄か。クズ同士、仲良く死ね!』
「クズはクズでもハニーはボクらの希望を背負った星屑、そしてお前はゴミクズだ!」




