テレポート殺し
「ハニー」
「ハニー君」
「悪いな。さっきの通信、聞いていたか?」
俺は油断なく警戒しながら、地糸に情報を気取られないよう、遠回しに尋ねた。
「うん、聞いたよ」
「大丈夫だよ。ボクらならね!」
桐葉は最終形態になると、真正面から突っ込んだ。
物理戦闘力のある自分が、前衛を担当しようというのだろう。
『邪魔だぁああああああ!』
左右のガトリング砲が猛り狂い、鋼の弾幕を布いた。
対する桐葉は、やや抵抗を受けながらも前に駆けた。
伊集院の時よりも、口径が大きいのかもしれない。
桐葉の右手が、コックピットを殴り飛ばした。
だが、伊集院の時とは違い、地糸は吹っ飛ばなかった。
身の丈3メートルはある巨体は地面に爪を立て、背面ブースターで抗うことに成功していた。
「ふぅん、素人でもここまで動けるなんて、優秀なAIを積んでいるみたいだね。けど!」
桐葉の言葉が合図だったように、美稲は地面を蹴り飛ばした。
途端に、地面から岩の触手が生え、機体の鳥脚にからみついた。
「もう一発!」
桐葉の鋭いアッパーが、機体底部を叩き上げた。
重低音の響きと共に装甲は陥没して、脚が巌の縛りを砕いて機体は床に転がった。
――よし!
明らかに戦闘力は桐葉の方が上だった。
そもそも、桐葉が伊集院に苦戦したのは、予知能力と剣道二段で高周波ブレードを使って来るからだ。
見たところ、地糸の機体はゴツく、性能も良さそうではあるものの、搭乗者の地糸が素人過ぎた。
OUもよくこんな奴を鉄砲玉にしたものだ。
――それとも、ただの情報収集や、アビリティリーグの邪魔をするのが目的なのか?
戦いのさなかだというのに、俺が余計なことを考えていると、機体が反応した。
『くそぉ、このクソ女ぁ、異能者のくせに、気持ち悪いミュータントの化物のくせに人間様をバカにするなぁあああああああ!』
機体は起き上がると、肩が開いて小型ミサイルを発射した。
――ミサイル!? そんなもんまで持ち込んでいるのかよ!?
俺が戦慄する間に、ミサイルはジェット噴射の尾を引きながら、桐葉に迫った。
桐葉は空へ飛び立ち、難なく避けた。
それでも、ミサイルはしつこく追尾するも、桐葉はさらに加速。
音速の壁を超えたのか、白い傘であるベイパーコーンを貫き、体にまといながら飛行した。
だが、ミサイルはどこまでも桐葉を追尾して離さなかった。
「ちっ」
桐葉は解放天井の穴から空へ逃げた。
だが、それがいけなかった。
直線コースに入ったミサイルは突如として倍速で加速した。
「桐葉!」
俺がマズイと思った時にはもう遅かった。
青い空に巨大な爆炎と黒煙が発生したコンマ一秒後、桐葉は俺の隣にテレポートしてきた。
全身の装甲にヒビの入った彼女を抱きとめた直後、衝撃波が俺の肌を叩き、髪を暴れさせた。
「くっ、大丈夫か桐葉!?」
「うん、なんとかね。けど、そんなに何発もは無理かな」
痛みに耐えながら、それでも俺を安心させるためか、桐葉は無理のある笑みを浮かべてくれた。
『奥井ぃ、俺から何もかも奪いやがってぇ! 死ねぇえええええええええ!』
二発目のミサイルが、俺目掛けて放たれた。
そのことに、俺は心の中でガッツポーズを作った。
――よし! ここだ!
すかさず、俺は目の前にゲートを開いた。
目の前の空間と、地糸の背後の空間を繋げる。
これで、俺に向かってきたミサイルは地糸の背中を直撃するはずだ。
が、ミサイルの弾頭が、不意に視界から消えた。
――へ?
「ハニー!」
俺は強引に抱き寄せられ、体ごと持っていかれた。
直後、耳をつんざく轟音と熱波を受けて、反射的に目をつぶった。
「ハニー君! 桐葉さん!」
遠くから美稲の悲鳴が聞こえた。
数秒してから目を開けて、俺は自分が桐葉に抱かれていることに気が付いた。
彼女の顔には苦痛が走り、息が乱れていた。
どうやら、彼女が俺を抱えて逃げてくれたらしい。
「桐葉!?」
「よかった。無事みたいだね、ハニー」
彼女の額から一筋の血が流れて、俺は自分でもどうしようもない憤りを覚えた。
俺を守って桐葉が傷つく。
その事実が、どうしようもなく、俺の胸を抉った。
――なんでだ!? どうしてこうなった!?
自分の足で立ち、逆に桐葉の体を支えながら俺は自問した。
その答えとばかりに、地糸が防風ごしに哄笑した。
『ギャハハハハハハハ! 私が伊集院戦のデータを貰っていないとでも思ったかクソガキ! お前が二つの空間を繋げられることは知っているんだよ!』
――俺対策か……。
よく考えれば、敵はただのテロ組織ではなくプロの軍隊を持つ大国、オリエンタルユニオンだ。
それぐらいのことはするだろう。
新技のゲートなら倒せるとタカをくくった自分を恥じて歯噛みした。
・本作はカクヨムでは233話まで先行配信しています。




