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人が人を攻撃する理由


 翌日。


 嘘の書き込みをした廃絶主義者が100人以上も警察に捕まった。

 彼らの行為は、どれも名誉棄損か威力業務妨害に当たるらしい。


 無事に済んだのは、個人的感想で危険視した連中だけだった。


 日本は発言の自由と思想の自由が保証されているので、アビリティリーグは危険だ、と主張するだけでは立件できない。


「発信者情報開示請求を行えば、書き込み相手のデバイスナンバーはわかる。真理愛が生まれる前から、ネットの匿名性は失われている」


 うちのリビングでソファに深く腰を下ろしなら、早百合次官は勝利の美酒に酔いしれるような口調でハチミツティーを呑んだ。


 視線の先にあるのは、嘘の書き込みをした廃絶主義者たちがパトカーで連行されていく映像を映すニュース番組だ。


「これで廃絶主義者たちのイメージダウンになって、俺らに同情票が集まればいいんですけどね」

「日本人は判官びいきだ。期待はできるが楽観はできん」


 真面目な話をしている早百合次官に麻弥がにじり寄ると、セクシーなふとももに頭をのせて寝始めた。


 総務省の次官に無理やり膝枕をさせる度胸には恐れ入る。


 けれど、早百合次官は気にした風もなく、むしろマフィアのボスが膝の上で愛猫を愛でるように、麻弥のお腹を撫で始めた。


 麻弥は、視界を遮る要塞バストの南半球を注視していた。

 羨ましそうにする詩冴を無視しながら、俺は話を続けた。


「実際、これですからね」


 俺が自分のデバイスで空中にMR画面を展開して、みんなに見えるよう拡大した。

 そこには、アビリティリーグへの反対運動動画の一覧が映っている。

 内気な舞恋が、いつも以上に眉を下げた。


「ひどい……どうしてこんなことをするんだろう。なんで、わたしたちのことをこんなに嫌うんだろう」

「ボクらを下げることで自分が上がると思っているんだよ」


 冷淡な声で毒づいてから、桐葉は無愛想にMR画面を睨んだ。


「人は誰かを攻撃すると自己顕示欲を満たせる。無能が英雄になるには架空の悪党が必要なんだよ。ほんと、吐き気がするほど低俗な連中さ」

「でも、英雄ごっこをしたからって関係ない人を……みんなの役に立てることを探せばいいのに……」


 舞恋の感想は小学校低学年レベルの理想論だけど、真実だ。

 誰もが他人の役に立てることを探して努力する。

 それができれば、誰もが幸せな社会を実現できるだろう。

 けれど、人間と言う生き物はそれができない設計になっている。


「無駄だよ舞恋。連中はね、尊敬されたいけど努力はしたくないんだ」


「針霧桐葉の言う通りだ。生物には少ない労力で最大利益を得ようとする【省エネ思考】と、より高い地位へ登りたいという【向上心】があるからな」


「? それって、普通のことですよね? わたしも同感ですよ」


 きょとんとまばたきをする舞恋へ、早百合次官は口元をわずかに和ませた。


 きっと、舞恋の無垢さが可愛いのだろう。


 俺も、悪党とばかり接していると、桐葉や美稲、茉美の正義感や、真理愛、麻弥、舞恋の無垢さが愛しくてたまらない。


 何かを察した詩冴がガン見してくるけど無視する。


「貴君の言う通り普通のことだ。しかしこのふたつが合わさると【楽をして尊敬されたい】という最悪の思想に行きつく。結果、こういう連中が出来上がるわけだ」


 目つきを鋭くする早百合次官とは対照的に、舞恋はしょんぼりと黙った。

 理解はできるが共感できない、と言ったところだろう。

 俺も同じだからよくわかる。


「だけどハニー君、実際のところどうする? 動画の影響を受けている人たちもいるよ。動画を見なくても外で抗議デモや街頭演説までしている人もいるし」


「人間は事実確認しないし、よく聞く情報が重要案件だと思う性質があるからなぁ」「環境問題あるあるっすね」


 詩冴は腕を組み、久しぶりに難しい顔をした。


「実際には絶滅の危機が無い動物でも、利権団体が絶滅の危機を訴えて活動すればみんなは信じちゃうし、重要な問題だと思い込むんすよ」


 詩冴の説明に、美稲が頷いた。


「そうなんだよね。一応、昨日の試合でファンになってくれた人たちが擁護するコメントも書いてくれているけど……ひとつだけ、無視できない問題があるよね」


 動画タイトルを流し読みしながら、俺も声を硬くした。


「最大の問題は安全面だ。遠距離攻撃が客に当たったらどうするのか。これには反論できないな」


 まだ、遠距離戦の問題を解決できていない。

 だから昨日の試合は、第一試合のワーウルフVSゴーレムのような、近接戦闘タイプ同士の戦いばかりにした。


「みんなアニメや漫画みたいなバトルに大盛り上がりだったけど、異能バトルはそれこそフィクションだからできることだ。キャラクターたちの外れた攻撃とか絶対観客に当たっているだろ……」


「う~ん、少年漫画マイスターのシサエから言わせてもらうと、作品によってはドーム型バリアの中で戦っていたり、客席の前には攻撃を無効化するバリアが張られていたりするんすけど……」


 詩冴がチラリと視線を向けると、早百合次官は首を左右に振った。


「無理だな。防御系能力者の中には、特殊な力場を発生させられる者もいる。だが、広いバトルフィールド全体や客席をカバーすることはできん。仮にいたとしても、その能力者個人頼みの運営になってしまう」


 前に早百合次官が言った言葉だ。

 超能力者の弱点は、本人がその場にいなくては使えないこと。

 防御系能力者が病欠しただけで試合が中止になってしまう。


 茉美が声を濁らせた。


「え~、でもさぁ、昔からスポーツ観戦って場外ボールが客に当たって救急車で搬送されたりしているし、いまさらじゃない?」


「威力が違うだろ? それに、人は慣れた危険には盲目だけど新しい危険には敏感だ。手動運転で交通事故が起きても世間は無関心なのに、自動運転車が事故を起こしたら騒ぎ出す。AIが誤作動する確率は人間の操作ミスよりも遥かに少ないのにな」


 これも、人間が持つ欠陥のひとつだろう。

 とにかく人間の感性は欠陥だらけで、少しも合理的な判断ができない。これを人間らしさと言う人もいるけれど、俺はただの欠陥だと思う。


「学園のみんなのおかげで、人気はあるんだ。安全面さえクリアして、遠距離タイプの能力者も参戦できるようになれば、絶対に成功するはずなんだけど」


 特に、桐葉と美稲の戦いが効いている。


 絶世の美少女が織りなした頂上バトルは、大勢の人々を魅了して、観客の撮影した動画はどれも数百万回も再生されている。


 昨日の客は、誰もが継続的な興行とプロ化を望んでいると言っても過言じゃない。


 能力者の未来の為、そして、ファンのためにも、なんとかしたい。


 ――何かないのか?


 みんなで頭を悩ませると、ふと美稲が顔を上げた。

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