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自分中心他動説

 弟さんに断りを入れてから、俺らは早百合次官の執務室にテレポートした。


「来てくれたか。旅行を邪魔して悪かったな」

「それよりこっちのほうが大切ですよ。断られたってどういうことですか?」


 駆け込むような勢いで俺が駆け寄ると、早百合次官は席から立ち上がった。


「そのままの意味だ。貴君たちが提案してくれた異能力バトル興行の草案、下書きのようなものを書いて各省に送り、詳しい話は後日としていたのだが」


 悔しそうに歯噛みをして、早百合次官は表情を雲らせた。


「高校生同士を戦わせるのは危険。むしろ戦闘系能力者の危険性を周知することになる。まだ起きてもいないのに根拠のない悲観論で動くな。そう言って総務省も経済産業省も厚生労働省も頑として聞き入れてはくれなかった」

「でも、早百合次官にはこれまでの実績があるじゃないですか」


 語気を強める俺とは対照的に、早百合次官はため息をついた。


「情けない話だが、それが気に食わないようだ。私はまだ24歳の若造。貴君らに至っては未成年だ。自分たちが手も足も出なかった日本経済再生を成し遂げ、部から局へ、そしていずれは省庁へと急拡大を続ける我らへ、嫉妬と恐怖心を募らせているのだろう」

「そんなっ、ッッ」


 あまりの理不尽に言葉が無かった。

 理不尽には慣れているつもりだった。

 


 幼い頃から坂東にいじめられ、

 総理大臣のお友達人事で日本経済が破綻し、

 日銀総裁の自己顕示欲で売国されそうになり、

 伊集院の私欲で桐葉や真理愛を殺されそうになった。



 それでも、どうしても冷静ではいられなかった。


「だって、現実に戦闘系能力者は入場制限を受けているんですよ?」


 俺をなだめるよう、早百合次官は軽く手を突き出して俺を制した。


「解っている。だが、官僚やその上の大臣たちにそんなことは関係ない。官僚に大事なのは仕事を増やさない事。政治家に大事なのはメンツだ」

「でも、総理大臣は協力的なんですよね? だから異能部も局に格上げしたし、省庁への格上げも計画されているんですよね?」


「与党も一枚岩ではない。同じ党内にも派閥があり、大臣たちはそうした派閥のパワーバランスを考えた上で決められる。総理大臣は、あくまでも派閥のまとめ役に過ぎん。そして経済産業大臣と厚生労働大臣は別派閥。総務大臣は欲深で異能局が総務省から独立して総務省の権威が落ちることを恐れている」


 早百合次官は、理解に苦しむように頭を左右に振った。

 俺も、同じ気持ちだった。

 理解に苦しみ、まるで毒を飲み込んだように辛かった。



 自分の都合で他人を振り回して犠牲にしても平気な人間。

 誰かを助けられる方法を面倒だからと実行しない人間。

 大勢の人生よりも自分のメンツ、利益、楽をすることを優先する人間。


 俺はかつて、地球を中心に天体が動いているという古代人の思想である【地球中心天動説】になぞらえて、【自分中心他動説】という言葉を提唱した。


 未成年という意味では未だ子供の俺が考えた、皮肉めいた言葉だ。


 だけど、坂東みたいな子供相手に思った感想が、大人にもあてはまる。


 いい年をした大人、それも、一国を預かる政治家や官僚たちが、小学生レベルの行動原理で動いている。


 どうしてこんな理不尽がまかり通るのか?

 なんでこれだけの理不尽に制裁が下されないのか?


 青臭いと呼ばれるのは分かっている。

 大人なら『世の中そんなもんだ』と達観できるんだろう。


 でも、四月以降、なまじあらゆる問題を解決できてしまっているからだろう。

 俺はそこまで大人にはなれなかった。


 けれど、今回ばかりはテレポートでどうにかできる問題じゃない。

 八方塞がりで、見えない力に体をがんじがらめにされているような閉塞感を感じた。


「あのぉ」


 場違いなくらい呑気な声が聞こえたのは、俺が悔しさで硬く目をつぶり、うつむいた時だった。


 顔をが得ると、美稲がいつものようにやわらかい表情で軽く手を挙げていた。


「興行を行うのに必要なのは、場所、お金、人材、宣伝とかですよね?」

「ん? うむ、そうだが?」

「じゃあわたしが全額出しますね」


 ――え?

 俺が目を見張ると、美稲は太陽のような笑顔を輝かせた。


「5月6月7月分のお給料、合計600億円まるまる余っているから使ってください」


 ――えぇええええええええええええええええええええ!?


 美稲に続いて、桐葉と美稲が手を叩いた。


「あ、そっか、じゃあボクも三か月分の給料出すよ」

「詩冴も何億円でも出すっすよ♪」


 そこで、俺もはっとした。


 ――そういや俺らって、億単位で貰っているんだっけ?


 完全に忘れていた。


 額が多すぎて実感が無かったし、この三か月間は勉強やらOU対策で忙しかったこともあり、預金通帳は放置状態だった。


「て、美稲の給料って20億円じゃなかったか?」

「日本の経済が再生できそうだからって、わたしたちのお給料は適正価格になっているよ。給与通知に書いてあったと思うんだけど?」


 ――よ、読んでなかった。


「それなら俺も三か月分使ってください! これで予算面は解決ですよね!」


 俺が食らいつくように念を押すと、早百合次官は言葉を濁した。


「確かにそれはそうだが他は……」

「それと、わたしの【リビルディング】もフル活用していいですよ」


 美稲の言葉で、早百合次官は顔色を変えた。


「なら施設の準備、修理の問題も片付く。宣伝は貴君らの全面協力があればなんとかなるか……場所は、使っていない競技場を利用すれば。幸い経済破綻の影響でいくつものイベントが中止になってどこも空いている」


 独り言で次々問題を解決してから、早百合次官は頷いた。


「うむ、これならいけそうだ。しかし、そうなると貴君らはフルに働いてもらうことになるぞ? 本当に夏休みが無くなるぞ?」


「俺は構いませんよ。これは俺らの超能力者を守るための計画です。経済産業省も総務省も厚生労働省も動いてくれないなら、俺ら異能学園で、異能局だけで独占しちまいましょう!」


 独占、と言う言葉に、早百合次官は不敵な笑みを浮かべた。


「そうだな。いや、すまん、貴君のおかげで目が覚めたよ」


 ふははと笑い、上機嫌に胸を張る。


「連中は愚かだな。これほどの大事業を自ら手放すとは。だが異能力バトルなら我ら異能局が取り仕切るのは必然。誰も文句など言うまい!」


 早百合次官がすっかり自信を取り戻すと、麻弥もむんと胸を張った。


「わたしもがんばるのです」

「ははは、これは頼もしいな」


 探知能力者の麻弥にできることはないと思うけれど、彼女の気持ちは嬉しい。

 早百合次官も、麻弥の意気込みを汲んで、頭をなでてあげている。


「はい。わたしは探知能力しか使えないけど、ラウンドガールならできるのです」


 刹那、その場の空気が張り詰めた。

 麻弥のラウンドガール、それはとても、イケナイ匂いが漂っていた。


「舞恋も一緒にがんばるのです」

「ふゃっ!? ラウンドガールってあの水着みたいなの着るやつ? 無理無理ハミ出しちゃう!」


 ――何がハミでるんですか!?

 と、聞きたくてしょうがなかった。


「何がハミ出るんすか!? 何が!?」


 ――詩冴、俺は時々お前を尊敬するよ。


 この状況にもまったく動じない真理愛が告げた。


「早百合次官。もしも方々の協力がどうしても必要な場合はおっしゃってください。各大臣のお宝フォルダならいつでもネット上に念写できます」

「待て真理愛、それは真の最終手段だ」


 ――あ、最終的にはやる気なんだ。

 同じ男として、ちょっと同情した。


「では、これから忙しくなると思うが、皆でこの難局を乗り切ろう!」


 早百合次官が拳を突き上げると、俺らも一緒に声を上げた。

 何はともあれ、これで明るい未来に一歩前進だ。

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戦闘系能力者の危険性を周知することになる。 これは同意、バトルより競技にするべきかなと思う。 例えばサイコキネシスの重量挙げとか、絶対盛り上がらないけど
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