貴美美方ふたたび
仕事が終わると、俺は桐葉、美稲、詩冴、真理愛、舞恋、麻弥、茉美を連れて京都にテレポートしていた。
お昼ご飯は老舗料亭でおいしくいただき、しばらくは京都の醍醐味である文化財巡りを楽しんでいたのだが……。
「なぁんですって!? この世界最強の超能力者! 万物を灰にする灼熱紅蓮のマグマ使い! ボルケーノ貴美美方様が五重塔に入れないとはどういうことですの!? 断るならこんなデカつまようじ灰にしてやりますわよ!」
「だからだよ姉さん」
――デジャヴかな?
まったく同じ光景を、つい二日前に見た気がする。
美稲たちも表情を硬くしていた。
「ハニー、またあの二人だよ」
桐葉がなんとなしに声を上げると、向こうも俺らに気づいた。
「なぁっ!? どうして淫獣夫婦がこの神聖な古都京都にいますの!? アナタ方の邪気が1000年の歴史を誇る国宝五重塔についたらどうしますの!?」
――さっきはデカつまようじとか言っていたのに。
「それを灰にしようとしたのは姉さんだよ」
――どうしよう、弟さんとは仲良くなれる気がしてきた。
腰に手を当て、美方は黒髪ドリルヘアーをみょんみょん跳ねさせながら胸を張った。
「それはそれ、これはこれですわ!」
――最低の使い方だな。
弟さんの苦労がしのばれる。
「そういうお前たちはなんで京都にいるんだよ? 俺らはテレポートだけど、沖縄にいたんじゃなかったのか?」
「ふふん、昨日までは沖縄にいましたが、今日からは京都ですの。明日は大阪、明後日は和歌山県に行きますの。夏休みを利用しての諸国漫遊ですわ!」
京都で買ったのか、勢いよく扇子を広げてお嬢様なポーズをキメて高笑う。
髪型は和風のかけらもないドリルヘアーなのに、その姿がこれでもかと様になっているから不思議だ。
弟さんは、いつも通り眠そうな半目で無感動に眺めていた。きっと、慣れているんだろう。不憫な。
涙を禁じ得ない弟さんの幼少時代を勝手に想像して、俺は湿っぽい気分になった。
すると視界の端から、麻弥がちょこちょこと現れた。
頭のツーサイドアップには、沖縄で赤毛の子からもらったという昔のお金が光っている。気に入ったのかな?
「和歌山県に何を見にいくのですか?」
「それはもちろんパンダを見に、あら」
足元の麻弥に気づくと、美方はじっと彼女を見つめ、観賞し続けた。
そのまま、真弥のかわいさに見とれているので、俺は弟さんに尋ねた。
「もしかしてお前んちって金持ち?」
「あー、一応——」
キュピンと目を光らせた美方が割って入ってきた。
「経済力をひけらかすのは品がありませんが、パパは投資家で海外の有名企業の大株主ですの。毎年配当金だけで左うちわですのよ」
「日本が経済破綻したせいで資産の三割がなくなったけどね」
聞いてはマズイ情報を弟さんが口にするも、美方は上機嫌だ。
「で、す、が、ワタクシたちが総務省に呼び出された時のことを話したらむしろ暴落した日本企業の株を買い漁り始めましたわ。実際、この四か月で日本経済は復活しつつありますし、パパの眼力はたしかでしたわね!」
――それが本当なら、美方の父親は早百合次官の計画が成功すると見抜いたことになる。とんでもない先見性だ。
「へぇ、お前の父親って頭いいんだな」
「うふふふふ。パパの素晴らしさがわかるなんて、エリートな凡民のようね。ちょっとは見直したわ」
――エリートな凡民ってなんだよ。
「しかし、それでもワタクシはアナタのことを認めるわけにはいきませんわ! 総務省からのメッセージは拝見しましたが、なんでもワタクシたちを見世物にして大衆にこびへつらおうとか。ふっ、いかにも凡民が考えそうな浅知恵ですわね」
「何あんた、育雄のアイディアに文句があるの?」
茉美がムッとする。
「文句なんて。ただ、成功するとは思えないと言っているのです。ワタクシも、商売の難解さは熟知しています。必勝の策を以って臨んだ万全の商品がまったく売れない、なんてよくあることですもの。ヒットとは狙って出せるものではありません。まして、戦闘系能力者を戦わせようなんて安易な考え。今まで誰も始めなかったのは成功するわけがないからですわ」
高飛車な物言いに、俺は冷静に返した。
「その話なら俺も知っているよ。ヒットは狙って出せるものじゃない。むしろヒットは誰も期待せず、当初は批判だらけのモノが多い。なら、俺らの超能力バトルだって、失敗するとは限らないんじゃないか?」
「ッッ」
「姉さん、負けてるよ」
「おだまり!」
美方の鋭い左ストレートを、弟さんはひらりと避けた。倒したら経験値をたくさんもらえそうな弟さんである。
「弟のくせに避けるなんて生意気ですわよ!」
「いや避けるよフツー」
――なんて正論だろう。
見ていて飽きない。
詩冴はまるでコントでも見るようにリラックスしている。
麻弥は桐葉の胸に枕にして寝始めている。
桐葉と真理愛は麻弥のほっぺをぽよぽよして遊び始めている。
誰か構ってあげて。
そこへ、空気も読まずに着信が入った。
視界に表示された着信アイコンの横には、【龍崎早百合】とある。
「はい、奥井です」
着信アイコンをタップして、電話に出ると、緊迫した声が聞こえてきた。
『京都旅行中に悪いが、マズイことになった』
「何があったんですか?」
彼女の声音に、否応なく緊張感が高まった。
『超能力者バトルの件だが、総務省、経済産業省、さらには厚生労働省と財務省にまで断られた』
背筋に戦慄が走った。
奥歯を噛み、俺は息を呑み言葉を失った。




