一学期の終業式
まさかの美人上司の登場に、体育館は拍手に包まれた。
「早百合局長? なんでここに?」
「異能学園は文部科学省と異能局ふたつの管轄だから、早百合局長が責任者でもあるんじゃない?」
「あーなるほど」
俺が納得している間に、早百合局長はゆっくりと首を左右に巡らせた。
まるで、体育館に集まった俺ら全員を平等に視界に収めるように。
「一学期を終え、夏休みを迎えられるのは、ひとえに貴君らの努力のたまものだ。まずはそのことを誇って欲しい。貴君らは超能力者として、今まで多くの苦労をしたと思う。中には超能力者だからと、酷い目にあった者もいるだろう。今も、日本の経済破綻という大人たちの愚考の後始末をさせられ、放課後と休日を拘束されている」
早百合局長の声は舞台役者のように活舌がよく、マイクアプリを使わなくても、広い体育館のすみずみまで届いていそうだった。
朗々とした彼女の語りに、つい引き込まれてしまう。
「高校生の夏は一生に三度しかないか? いや違う。高校一年生、二年生、三年生のの夏は一生に一度しかない。同時に、それぞれの学園での8月1日も、8月2日も、一生に一度しかない。同じ日は、二度と巡ってこない! にもかかわらず、多くの生徒には夏休み中も総務省への出勤を打診しているのが実情だ!」
実際、俺や桐葉たちは、夏休み中も総務省へ出勤することになっている。
それは日本社会のためなら仕方ないことだ。給料も貰っているし、俺に不満はない。
なのに、早百合局長は懺悔の言葉を口にするような口ぶりだった。
「だから私は、この学園を君たちにとって最高の思い出になれる場所にしたい! 卒業し、社会に出た後、笑顔で高校時代を語れるような場所にしたいと思っている! それこそが大人の責務! そして、貴君らの一生に一度しかない一日一日を捧げてもらう大人を代表して、この場を以って感謝させて欲しい……」
俺らの目を見て、声を張り上げた。
「ありがとう!」
頭を下げることなく、俺らの目を見た感謝の言葉に、俺は強い信頼を感じた。
これがもしも、ごまをするように頭を下げられながらの感謝なら、俺は早百合局長のことを軽蔑しただろう。
ご機嫌の取りのためなら手段を選ばない軽い頭だと、信用しなかったかもしれない。
けれど、目上の者は目下の者をねぎらうことはあってもへつらってはいけない、とでも言えばいいのか。
きちんと互いの立場を弁えた上でのねぎらいには、早百合局長の熱い信念を感じた。
「では皆、またここにいる全員で始業式を、そして二学期、冬休み、三学期を乗り越えて、卒業式を迎えよう。短いが、これで私の話を――」
早百合局長の言葉を遮るように、傍若無人な爆発音が全ての音をかき消した。
なにごとかと首を巡らせると、右手の壁が粉塵に覆われていた。おそらく、壁を爆薬か何かで吹き飛ばしたのだろう。
俺がまっさきに思い至ったのは、OUからの刺客だった。
――まさか、俺の拉致は無理だと判断して抹殺に来たのか!?
テレポーターの俺は、拉致しても監禁は困難だ。
諦めて方針を変えたとしても、おかしくはない。
――いや、でも24時間以内の事件なら、伊集院が予知してくれるはずじゃないのか?
めまぐるしく思考を回転させながら、俺は敵を確認しだい、テレポートで下水道へ送れるよう構えた。
粉塵が晴れると、三台のロボットが体育館内に踏み込んできた。
いや、灰色にカラーリングされた身長3メートルほどのソレには、人が乗り込んでいた。ロボットではなく、パワードスーツ、と呼ぶべきシロモノだ。
ガラス張りの風防越しに、パイロットスーツ姿を確認できる。
――武装パワードスーツって、軍隊かよ。
どうやってあんな物騒なモノを学園に持ち込めたのか、疑問は尽きない。
でもそれは今、気にする事じゃない。
詳しい操作は真理愛と舞恋に任せればいいと、俺は頭を切り替えた。
――あんな奴、すぐ下水道送りにしてやるよ!
だが、敵の正体に気づいた俺は、テレポートの発動をためらってしまった。
「伊集院!?」
三台のパワードスーツのうち、右の一台には、ハーネスで体を固定した、制服姿の伊集院が乗り込んでいた。
その顔は勝利を確信した余裕の笑みで、醜く歪んでいた。
「やぁ、さっきぶりだな奥井ぃ」
俺と目線が合うや否や、伊集院は嗜虐的な声で忍び笑いを漏らした。
どうして、という疑問は飲み込んで、ともかく今は連中を下水道へテレポートさせようとした。
――喰らえ!
下水道を明確に意識して、能力を発動させた。
なのに、何も起きなかった。
――能力が発動しない!?
流れる沈黙の中、俺が困惑に顔を曇らせると、伊集院が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「どうしたんだい奥井? テレポートが発動しなくて焦っているのかい?」
伊集院が調子よく舌を回しながら、前腕から伸びたガトリング砲の銃口を上げた。
刹那、床が城壁を思わせるスケールで突き上がり、破砕音を遮った。
おそらく、壁の向こうでは一斉射撃が行われているのだろう。
「美稲!?」
俺の背後では、美稲が床に手をついた姿勢で城壁を睨んでいた。
「一気に囲むよ! 質量で押し潰す!」
けれど、城壁がドーム状に変形し始めたところで、爆炎が貫いた。
惜しくも、三台の機体は美稲の【リビルディング】から逃れて、他の生徒たちへ向かった。
「生徒は全員地下へ避難しろ! 決して戦うな!」
早百合局長の声に合わせて、体育館内の壁に避難ルートを示した矢印が現れた。
学内ローカルネットを経由したMR表示だ。
敵には見えていないだろうが、伊集院には知覚されているはずだ。
「早百合局長! MR表示を消してください!」
声を張り上げながら、俺は体育館に生徒たちを学園の地下へとテレポートさせた。
「頼りになり過ぎる」
突然、空っぽになった体育館を前に、早百合局長は唖然とした。
「ハニー! あいつにテレポートは!?」
桐葉は姫を守る騎士のように、俺に背を向けて滑り込んできた。
「駄目だ! 坂東の時と同じだ! 発動しない!」
「なら、あの機体は能力由来のものか」
桐葉が表情を険しくすると、詩冴が両手で頬を潰して悲鳴を上げた。
「どうするっすか!? チートハニーちゃんのテレポートが効かなかったらシサエたちはもう終わりっすよ!? マツミちゃんの拳で何とかして欲しいっす!」
「クマやトラならともかくパワードスーツに勝てるわけないでしょ! 真理愛、あいつらのスペックわかる?」
「お待ちください。麻弥さん」
「はいなのです」
どこからか、麻弥がとててと駆けてきて、舞恋に親指大の弾頭を手渡した。
「サイコメトリー完了だよ」
「結果を念写します」
警察班トリオの連携で、俺らの視界端に、敵パワードスーツのスペックが表示された。
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
今回のオマケ 舞恋視点
「どうするっすか!? チートハニーちゃんのテレポートが効かなかったらシサエたちはもう終わりっすよ!? マツミちゃんの拳で何とかして欲しいっす!」
「クマやトラならともかくパワードスーツに勝てるわけないでしょ! 真理愛、あいつらのスペックわかる?」
舞恋は思った。
――え? クマやトラなら素手で倒せるの!?
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
男友達は次の展開でちゃんと出したいです。
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
本作、【スクール下克上 ボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました】を読んでくれてありがとうございます。
みなさんのおかげで
フォロワー11048人 274万6684PV ♥39244 ★5514
達成です。重ねてありがとうございます。
予告
106話 早百合VSパワードスーツ
107話 桐葉のファイナルモード
108話 桐葉VS伊集院
109話 俺の女に手を出すな!
110話 針霧桐葉は倒れない
111話 次回からは水着回だよ!
です。
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—
●105話の解説
伊集院てサイコメトリー検査受けていないの?
1:戦闘系能力者とハニーですら検査を受けている。
2:伊集院の未来予知の内容もサイコメトリー検査で本当な検査しないの?
3:犯罪者の伊集院がサイコメトリー検査を受けていないのは変。
4:今回のテロは無理がある。
という旨の指摘コメントを受けました。同様の疑問を持っている人もいると思うので、説明させてもらいます。
・戦闘系能力者はサイコメトリー検査を受けていません。
検査を受けるのは【要人】警護の任に就く人だけです。
ハニー君は自発的に受けることで危険視してくる人たちからの批判をかわしただけです。
・予知能力者を含めたみんな、基本検査を受けていません。
予知の内容が真実かどうかいちいち検査をするのであれば、探知能力者など他の能力者も片っ端から検査をしなくてはなりません。
サイコメトリー能力者自身もサイコメトリー内容が本当か検査されなくてはいけません。
そこまで疑心暗鬼になるのであれば効率が悪いし士気を下げます。誰もプロジェクトに参加してくれません。
・伊集院がOUと接触したのはサイコメトリー検査後です。
伊集院を検査し、終業式に出席させてから厚生施設送り。それが正式に決まってからOUと接触しました。
が、そうした裏事情をいちいち伊集院がセリフで説明し始めたら不自然だしテンポが悪くなるのでカットしました。
が、テンポを優先して違和感を与えてしまったのであれば、私の未熟さが原因でしょう。




