第1話 - プロローグ
「いけませんなぁ……食事を吐き出すなど、酷いマナー違反ではございませんか」
華美な装飾の数々が、その部屋を彩っていた。まるで、どこかの王城の一室であるかのように威光を放っている。
そして卓上には、極上の料理たちが、所狭しと宝石のように輝いて並んでいる。
そんな煌びやかな室内に、四人が、言葉を交わしながらそれらに舌鼓を打っていた。
この世のものとは思えぬ、天上の饗宴の最中、その異変は唐突に訪れた。
四人の中の一人である少年が、美しい黄金色のスープを口にした瞬間……激しく咳込み、それを吐き出したのであった。
立ち込める香りは絶品そのもの。万が一にも、味付けを失敗したということはない。だが現実に、そのスープは泥水よりも酷いゲテモノに変貌してしまっていた。
まるで、邪な魔法に掛けられてしまったかのように。
少年の隣に座る少女が、驚いたような表情を見せ。
それを見た、対面の二人の貴族は、にんまりと笑う。
「これは、神も見過ごすことはできますまい」
貴族が意地悪くほくそ笑むと、どこかで、天秤が傾く音がした。
瞬間、咳き込む少年から何か抜き取られ、それはマナー違反を指摘した貴族へと回収された。
形は無いが神秘に満ち溢れた不可視のエネルギー。それは魔力に他ならない。
彼は今、マナー違反を犯したから、マナを奪われたのだ。
これは【テーブル】の儀式において絶対のルールだ。
あまりに奇妙、あまりに理解不能な光景であった。このような不可思議な儀式は、現世のどこにも存在するはずがない。
そう。然るに、少年が迷い込んだのは、この世ならざる異世界であるのだ。
対面の貴族は、下卑た笑い声を響かせる。あまりにも愚かな相手を、嘲るように。
この世界において、マナはあまりに貴重である。だから、対する貴族たちは、容赦なく魔法を用いて、全力でマナー違反と取りにかかったのだ。
みすみす貴重なマナを奪われてしまった少年であったが――しかし、彼の目の奥に燃え盛る炎は、決して消えてはいなかった。
彼こそは、数奇な運命を辿り、この異世界に迷い込んだ客人である。その先に何が待ち受けているかは知らぬ身なれど、今はただ目の前の敵を倒すことだけを考えている。
腕力や暴力に頼るのは下策。ここは、謀略と話術が交差するマナーバトルの戦場なのだ。
少年は口元を拭い、すぅ、と息を吸い込む。
ここに至るまでの、短い旅路を思い起こし――マナーバトルに挑む、覚悟を決めたのであった。