マグロとミズホと
「私は・・・・・・いえ、自分はたまたま逗留していた旅の魔導士に助けられたのです」
親切な魔導士もいたものだ、と感心する。
現金なユーマには無償で人助けもとい魚助けするもののことが理解できぬ。
「彼は“興味本位”と言いましたが、結果として自分は自分を保つことができたのです。自分の魂は、ここにあるそうです」
そう言いながらマグロの節ばった親指が指し示すところは、ピンクのかわいい蕾がついている頑強な胸板であった。
「うん。たぶん、そこは心臓」
深くうなずきながら冷静に切り返す。
そういえば、こいつらの場合、心臓はいくつあるのだろうか。
ユーマの頭の中でどうでもイイ事がよぎる。
魚体に一つ、かわいい乳首の下に一つ。
合計二つ・・・・・・と思ったものの、肉体組織は魔石とか言っていたな、と思い出す。
「なるほど! 心臓というのが人間たちのいう魂というものなんですね!」
一方、マグロはまん丸お目目を輝かせ、はたと手を叩いていた。
「まあ、うん。そうなんじゃないかな」
適当な相槌を打った。
というのも、ユーマの耳元に艶めかしい声と熱い吐息がかかったためだ。
「・・・・・・ん、ぅ・・・・・・」
マグロに構ってなどいられない。
背負ったミズホのお目覚めである。
また卒倒されてはかなわない。
女の子は綿毛のように軽い。どこかの偉い人が言ったそうだ。
どこの誰かは知らないけれど、少なくともロマンチストなんだろう。
だが実際問題、ミズホは体幹がしっかりしている加減で、重・・・・・・綿毛みたいなものではない。
「・・・・・・あ、あれ? あたし、ふぇ!?」
ユーマの背中で目覚めた少女は、おんぶされていることに気付くと声が裏返る。
「不可抗力だ」
ユーマは言い訳をした。
実際、おんぶするか抱っこするかと言われれば、おんぶしかない。
年頃でそこそこの重みのある女の子をお姫様抱っこしたまま、遺跡内をうろつくのは無謀すぎる。
いくら、マグロマンが出会う敵をみな蹴り倒してくれるとはいえである。
「あ、あ、あ、ありがとうございます!! じ、じ、自分で歩けます!!」
背後でもぞもぞされると柔らかなものが当たって仕方ない。
ユーマは理性にダメージを負った。
あえて気にしないようにしてたのに指先にあたる太ももの感触がヤバい。
「あ、ああ。そ、そ、そ、そうだな!」
心乱されながらもミズホを降ろすと深呼吸。
女の子は花の香りがするらしい。
えろい人が言っていた気がする。
実際そうなのか分からない。
元の世界で縁の無かったユーマには分からぬ。
ただミズホからはいい香りがした。
少し磯っぽい香りが。
「え、と・・・・・・」
一方、自らの足で立ち上がったミズホは、隣で仁王立ちする男を見つめていた。
まず、足元。
素足で節ばった指が、片足5本。合計10本。
よく引き締まった力強そうなふくらはぎ、ゴツゴツとした膝小僧。
数多の海産物モンスターを蹴り抜いてきたそこからは、磯の香りがする。
さらに上に視線が移りゆく。
まるで大木のような太もも、そして―――、
「!!」
ユーマが気付いた時には手遅れであった。
ミズホの視線は、マグロの股間にくぎ付けになっていたのだ。
「・・・・・・?」
ミズホの首が傾く。
視線の先には、なにか例えようの無いモヤモヤがあったのだ。
目をこすって、もう一度見やるが、やっぱりモヤモヤしていた。
(チグサ様! さすが!!)
ユーマが脳内で神を賛美する。
(ふん。下品なものを丸出しにするなど無粋だからな)
モヤモヤの向こうには、マグロの大根がそそり立っているのだろう。
さっきミズホを気絶させた超兵器だ。
「ええ、と・・・・・・」
モヤモヤを二度見した後、ミズホは視線を上に移していく。
6つに割れた腹筋、ガチムチの胸板。
ふとましい首。
「・・・・・・」
の上に口が半開きになったマグロが鎮座していた。
ミズホの口も半開きになる。
見つめあう瞳。
しばしの沈黙ののち、先に口を開いたのはミズホだった。
「おいしそうなお魚ですね!」
「!!」
マグロのまん丸のお目目がカッと見開かれる。
おいしそう、とは何か?
マグロの小さな脳内では可憐な美少女の言葉が繰り返し響いていた。
「おいしそう、とは・・・・・・」
言葉が漏れる。
「つまり・・・・・・。魅力的だと?」
魚体が斜め5度くらいに傾く。
「・・・・・・光栄です! 可憐な少女よ!」
次の瞬間、ガバッと振り上げた両手にミズホがびくりと体を震わせる。
「あ」
ユーマが止める間もなく、マグロの両手がミズホの手を握りかけ、その巨体が宙に舞っていた。
「きゃあああああああああああッ!!!!!!!!!」
「Woooooooooooooooooo!!!!!?」
絶叫するミズホの悲鳴が周りに反響し、マグロの口からは驚きの声が溢れる。
そうして、投げ飛ばされた大男の巨体が石畳に叩きつけられ、がれきが代わりに宙を舞った。
「これは柔術・・・・・・」
完全に他人事。
ユーマは、二人の挙動を見守りながら呟く。
「まあ、仕方ないな」
全裸でマグロが乗っていて、股間がモザイク掛かっている大男が、突如両手を振り上げれば、こうもなろう。
ぐふっ、という断末魔をあげ、気絶したマグロマンを見下ろし呟いた。
「前途多難である・・・・・・」
先ほどの悲鳴を聞きつけたのか通路の奥の方からサメの大群が走ってきているところが目に入った。
常時、股間にモザイクがかかっています。
神さま親切!