マグロ、舞い踊る
「ご安心ください。あの手合いは慣れています」
マグロのたくましい腕が、後ずさったユーマの首根っこを掴む。
「動じず。静かに。私の雄姿を見守っていてください」
そう言いながら筋肉体操とでも呼べば良いのだろうか。
いちいちマッチョなポージングをしながら述べる。
「それでは。参りましょう!!」
マグロはクラウチングスタートのような態勢を取り、
「ヒエアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」
奇声を上げながらブッ飛んでいった。
空気の壁を突き破り、踏み込んだ素足が石畳をカチ割る。
肌色の弾丸と化したそれは、他称カニが振り返るよりも速く接近し、
「キエアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!」
ゴッッシャァァァァアアアアアーーーーーーン!!!!!
突き出された膝小僧がカニのボディを捉える。
まるでダンプカーが石壁に激突したような轟音が響き、グシャグシャになった他称カニが宙を舞う。
もはや原型を留めていない残骸がバラバラと降り注ぐ。
床にたたきつけられたそいつは死んでいた。
というよりも激突した時点で死んでいたのでは無いだろうか。
一方、他称カニをぶち抜いたマグロは十数メートル先に着地し、変な決めポーズを取っていた。
完全なる生体兵器。
筋肉こそパワーである。
「・・・・・・あいつ一人でいいんじゃないか・・・・・・?」
呟いた言葉はマグロには届かない。
バラバラになった他称カニの残骸がキラキラと輝きながら赤い結晶の破片に変ってゆく。
「生き物じゃないのか」
じゃないにしても人間の足パーツだけ生えているというのは、絵面がキツかった。
それ以上に全裸のHENTAIマッチョが恐ろしい。
何かの拍子に飛び膝蹴りされれば誰も無事では済まないのではなかろうか。
「なかなかギリギリの戦いでした!」
変なポーズを取るマグロの近くまで辿り着くと余裕ぶった顔(?)で謙遜を述べる。
どこがどうギリギリだったのか。
ユーマにはとんと分からぬ。
「ああ、そうだね・・・・・・」
何がそうだね、なのか分からないが、相槌を打つ。
うっかり逆鱗に触れて蹴り殺されたらたまらない。
◆◆◆
道中、何度も遭遇する他称カニ(人間の足の生えたエビ)を粉砕してゆくマグロ。
つど奇声を上げながら躍りかかる姿にも慣れてしまった。
そういうキャラ付けなのだろう。
「やはり、マグロだけでいい気がするぞ」
いまだ目覚めぬミズホを背負い、似たような通路を突き進む。
「もともと、私たちの神は地上世界の制覇を目論んでいました。ちょうど先の神魔戦争のおりに北方大陸を海に沈める算段でした」
道中、ヒマを持て余したマグロが遠い記憶を語って聞かせてくれる。
どこを見ているのか分からない視線が虚空をさまよう。
先の神魔戦争とか言われてもユーマは、とんと分からぬ。
聞いたような気もするが、少なくとも「なんだそれは」だった。
「そのため、まずは地上に住まう生物と他の神々を排斥する必要があったのです」
「どういう風に沈めるのか分からないんだけど、一緒に沈めたらダメだったのか?」
ユーマにとってどうでもイイ事柄は、分からなくても追及しないことにしていた。
そのため、適当な相槌を打つ。
「神魔戦争、読んで文字のごとく“神”と“魔”が己の願いと覇を唱える争いごとです。抵抗勢力が残ったままでは裏返ったものが、すぐ表返ってしまうでしょう」
マグロが頭を横に振ると尾びれがビュンビュンと左右に振り回される。
「なるほど。壮大なオセロってことか」
尾びれが卒倒しているミズホの後頭部を殴打する。
「うぅ・・・・・・」
「オセロ? オセロって何ですか?」
ユーマと違い、知らない事には貪欲なマグロが喰いついたのは、オセロだった。
「白と黒のおはじきで争うゲームだよ」
間違ってはいない、と思う。
あれは、どちらの色が多いかで競うゲームだったろうか。
「興味深いですね! しかし人間は穏やかな生活をしていると聞いたのですが、割と闘争に満ちているんですね!」
マグロがはたと手を打つ。
そして、何かを取り出す仕草をすると、空中の何もないところでメモを取る動作をする。
「バグか?」
挙動不審。
ユーマは呟き、考える。
もしかして、水中遺跡は何らかのエンタメ施設で、ムキムキマッチョのマグロマンというナビキャラと探索するというコンセプトなのかもしれない。
うん、それならトロッコで爆走する、スリリングな導入も納得がいく。
「バグ? いえ、正常ですよ。あれ? もしかしてコンソール画面、出ないんですか?」
「コンソール、画面・・・・・・?」
聞き間違いではなく、マグロがメタい発言をする。
「はい。我々の神がこの体を与えてくださったときに下賜いただいたのが、この―――」
「ステータスオープンです!!!」
ステータスオープン!?
急にアレすぎる単語の出現に言葉を失う。
あれ? そういう世界観なの?
絶句したまま立ち尽くすユーマは、必死に言葉を探していた。
へ、へぇー。それって誰でも使えるの? と返事をしようか。
それとも、特殊な魔法なんですか? みたいなとぼけ方をするべきか。
それとも―――。
(チグサ様ヘルプ!!!!!!!)
困ったときは、頼ろう偉い人!
ユーマは思念で叫んでいた。
頭がおかしくなる路線のままイキますわよ!
(マジメにファンタジーをしているゴッデスポイントはノベルピア版)