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マグロだったかもしれない件

 

 ドグン、ドグン、ドグン


 音が聞こえるわけでは無い。

 水を伝って振動が伝わってくる。

 鉱脈が脈打つたびに都市が大海原を進んでいる。


 都市を船に見立てると鉱脈はこの水中都市の心臓部か。

 燃料は―――。


「おえっ」

 見たくないものを見た。

 同じ水中に溶け込んでいるとは思いたくない。

 ふわふわと漂う白いモノ。


 頭部だけ、尾ひれだけ、部位しか残っていない魚の腐乱死体。

 5本の指のついた細長いモノ。


 ユーマは、めまいを覚え、その場から離れる。

 どこまでもどこまでも続く赤々とした鉱脈。

 生き物の大切なナニカで形作られた心臓部。

 動悸がする。

 横目で見えるヒレの先が、心なしかボロボロに朽ちていた。

 体の節々が痛む。

「よく見えんッ!」

 視界が白く濁り出す。

 穢れた水のせいだろうか?


 どれくらい離れただろうか。

 眼下には相変わらず、赤い鉱脈が続いていた。

 ある一点だけを除いて。


 少しだけせり上がった台座のようなそこは、祭壇のようだった。

 インカ帝国の写真で見ただろうか?

 神への生贄を捧げるようなそれの周りは、底の見えぬ溝が設けられている。

 まるで、切り落としたあとの何かをそこに捨てていたかのような。


 そして、祭壇の中心に青白く輝く一振りの剣。


 弧を描くような刀身は、刀にも似ているが、装飾や握り手部分は西洋剣のような複雑な紋様が刻まれている。

「これは・・・・・・?」

 ドクンドクンと脈打つように輝きが波打つ。


 何かに呼ばれたような気がした。

 どこか懐かしい誰かの声。

 脈動するかのように輝く度に脳裏に声が聞こえる気がする。

「そこに、いるの?」

 誰がいるというのだろう?

 マグロの目を通して見える先には、どこまで深いのか分からない水底。

 その中で輝く刀身だけだ。

 ユーマには、何も認識できない。


 そっとひれを伸ばす。

 刀身に触れるかどうかの刹那、全身の毛が逆立つような違和感に襲われた。


 これは、危ないものだ―――。


 ユーマの意識が警鐘を鳴らすが、マグロの動作は止まらない。

 まんまるのトゥルンとした瞳は、急速に光を失い、充血し始める。

 視界がぐにゃあと歪んだ。

 息苦しくなり、やがて―――。


 ―――

 ――――――。


「ぐぅぅ・・・・・・」

 唇に温かくて柔らかい何かが押し付けられている。

 口の中から吸い出される液体。

 塩っ辛いそれは海水だろうか。


 マグロ溺死す!

 ユーマの脳裏にはお亡くなりになったマグロが、腹を上にプカプカ浮く絵面が見えていた。

 きっとアレだ。

 プカプカ浮かぶマグロの口にタコかなにかがへばりついているのだろう。

「!!」

 意を決して開眼!

 どうせ、さっきの状態ならまんまるお目目は白く濁って視界不良だろう。

 だが、確認せねばならない。

 ただの好奇心だが。


 目の前に見える黒髪。

 少し小麦色のように見える肌。

 お口とお口が触れあっている相手は、視界に入った範囲だけ見ても人間であった。

 マグロに人工呼吸を試みるとは酔狂なやつめ!


 ユーマは相手のご尊顔を拝むべく、目をかっ開く。

「お、生き返ったのじゃ」

 視界の隅に写る幼女。

 マウスが、ニチャアと笑った。

 僅か0.002秒、ユーマの視線が正面を向く。

 目を閉じて、必死に人工呼吸を試みるミズホであった。


 すっ。


 ユーマはそっと目を閉じる。

 人工呼吸。

 つまりは、チュウ。

 初めてのチュウ、君とチュウ〜♪

 ユーマの頭の中で、どこかで聞いたフレーズが流れ始める。


 どういう事だ?

 ユーマの思考は混乱していた。


 いやだって、さっきまでマグロだったんだよ?

 気がついたらマグロで、またまた気がついたらミズホがチュウしているのだ。

 これは夢か。

 そうだ、夢に違いない。

 夢ならもう少し堪能しよう。


 ユーマはむっつりスケベであった。

 口を通して流れ込む酸素。

 そして、華やかな香り。

 柔らかで弾力のある唇。

(うむ。実に神秘的な・・・・・・)

 キスとは魅惑的なものだった。


 これで上級者になると舌を絡ませたりするらしい。

 おお、なんと隠微なことか!

 ユーマは卑猥な妄想にとらわれる。


「ミズホよ。そやつ、さっき目を開けたぞ?」

 そうして、それは唐突に終わりを告げる。

「え?! 良かったです!!」

「あれ・・・・・・?」

 柔らかな感触は失われ、頭上で交わされる言葉。

 あれ? 夢じゃない感じ?

 ユーマは戸惑った。

「にしし・・・・・・。口吸いというヤツに照れて死んだフリをしておるのじゃ」

「!!」

「こ、こ、こここっこれはっ!!? 救命行為であって、ほら! マウスちゃんにもしたじゃないですか!? ね!?」

 な ん だ と?!

 ユーマは打ち震える。

 ミズホとマウスで百合百合キッスをした後に、自分にキッスをしただと!?

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