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【番外編】サンとトマスと精霊と

「クリスマスってこっちにもあるのだろうか?」

 雪が深々と降り積もる夜、一同が会したリビングでのこと。

 ファンタジーな暖炉で燃える薪を見ていたユーマが何気なく呟いた。

「クリスマス?」

「なんですかな、それは」

 それに反応したのが毛布にくるまるミズホと七味だった。

 手足の先が氷のように冷たくなった彼女がガクブル震えているし、七味に至っては目元以外、毛布におおわれている。

 ミズホの故郷、八雲にも四季はあるそうだが、ドカ雪が降るほどでは無いらしい。

 七味は南国出身だったらしく、秋が過ぎてからは家に引きこもりになってしまった。

「ええと、12月の後半にプレゼントを贈り合う日があるんだよ」

 サンタクロースなる謎の未確認飛行物体がプレゼントを配り回る、といっても意味不明だろう。

 ゆえに友達間でプレゼント交換して騒いだ想い出を語った。

「へえ! 素敵ですね!」

「某、そのような祝い日は初めて耳にしましたな」

 各々が空想の中でクリスマスというものに思いを馳せる。

 どうやら無いらしい、ということをユーマは悟った。

(まあ、そうか)

 そもそもクリスマスがキリスト教関連のイベントが大衆に広まったものだったはずだ。

 この異世界にキリスト教が無い以上、クリスマスがあるわけも無かった。

「ない、か・・・・・・」

 クリスマスというとぼっちで過ごして、カップルを呪う日でもあるという。

 ユーマは気にしなかったが、町中がきらびやかに色づくのは好きだった。

「お祭りですか? ありますよ」

 もこもこのニットセーターにあったかタイツ姿のウリウリが口を開く。

 手元の器からは、マウス謹製のジャガポタが白い湯気を立てていた。

「え、クリスマスが?」

「クリスマスっていう名前じゃないですけど」

 いつの間にか購入され、設置されていたソファに腰を下ろしてポタージュをすする。

「聖夜祭っていうお祭り週間があるんですけど、それの一環で贈り物を渡し合うっていうプログラムがありますよ」

「ほう。興味深いですな。ウリウリ殿、その話詳しく」

 もこもこの毛布がソファの上に飛び乗る。

 赤い両目がきらきら輝いていた。

「ええっと。12月半ばから末にかけて行われる精霊祭の一種なんです」

「ずっとずっとむかし、空の彼方から白いひげを携えた精霊さんが地上に墜ちてきました」

 ウリウリは目を閉じると3人に語り聞かせだす。

「精霊さんは星渡りの舟が壊れてしまい困っていました」

 3人の脳裏に白ひげの精霊が浮かぶ。

「ん・・・・・・?」

 ユーマの脳裏にはサンタクロースが浮かんでいた。

「そんな精霊さんのところを通りかかった人物がいます。その人物はトマスというきこりでした」

「『そこの方、すみませんがソリの修理ができる場所はありませんか?』精霊さんは、星渡りの舟【ソリ】を修理しないと精霊界には帰れません」

 語り聞かせるウリウリの後ろでベルナルドが立ち聞きしている。

「『私はきこりです。材料になりそうな木材なら提供できますよ』とトマスは返事しました」

 熊出没注意と書かれた赤色のエプロンを外しながらマウスが近寄ってくる。

「『私の知り合いにサンという大工がいます。彼に頼めば修理してくれるでしょう』って答えるのじゃ」

「マウスちゃんも知ってるんですね」

「我の付き人が昔、語り聞かせてくれたのじゃ」

 シスターから竜人までに知られている逸話となると、ポピュラーなのだろう。

 ユーマは話を聞きながら、登場人物を整理していく。


 白ひげの精霊。たぶんサンタ枠。

 きこりのトマス。宣教師くさい名前だがきこり。

 大工のサン。名前が意味深。


「『2人は連れ立って大工のサンの工房に向かいます。そこで事情を話すと彼は快くソリを修理してくれました』」

「ほう。親切なモノノフであるな」

 毛布の中からくぐもった声が聞こえる。

 恐らく感心して、はたと手を打っているに違いない。

「『無事に修理が終わると精霊は親切な2人にお礼をしたい、と言います』」

 ウリウリがポタージュをすすると語り部がマウスに代わる。

「じゃが、こいつら無欲すぎるのじゃ。『いいえ、困ったときに手助けをするのは当然です。それに見返りとか理由など要りません』とな」

「オレだったら良い酒が欲しい、とか言うなー」

 テーブルで鳥肉を切り分けながらクレソンが欲望を吐き出す。

 クレソンの部屋(いつの間にか空き部屋を占拠していた)には、彼のお酒コレクションが日々増えていっている。

 自分で稼いだお金で買っているので深くはツッコまないが。

「じゃろ? 我ならお肉丸焼き食べ放題とか言うのじゃ」

 つい最近、ロリ神チヒロに「アイドルになるの」とどこかに連れ去られ、帰ってきてからは「お肉丸焼き~♪」と口ずさむようになったマウス。

 何があったかは知らないが、肉食に目覚めたらしいことだけはハッキリしている。

「そこで精霊はこう言うのじゃ『分かりました。では来年、また遊びに来ます。目印にあの大木に飾りをつけてくれませんか?』」

「『それを目印にします。来年、一緒に楽しく過ごしましょう』と言ってな、星渡りの舟に乗り込み、空の彼方に帰っていったのじゃ」

「精霊ってのは空の彼方に住んでるものなのかい?」

 使った食器を片付けながらアンソニーが口を挟む。

 おじさん運送チーム三人衆は、おとぎ話や精霊に疎いらしい。

「諸説ありますね。空の彼方には星の海が広がっているそうですよ? なので、その精霊さんもそこから来たのかもしれませんね」

 ウリウリが窓の外を眺めながら答える。

 窓の外には雪が舞っていた。

「ちなみにその精霊って名前はなんて?」

 ユーマの脳内では、ソリに乗るサンタが宇宙空間に飛び去ったあとだった。

 ならば確かめねばならない。

 そいつが、サンタクロースなのか似た何かなのか。

 謎の熱意に燃え、口を挟む。

「精霊、としか伝わってませんね」

「我も知らんのじゃ」

「ですけど。民間では、2人の人物の名前を合わせて【サントマス】って呼ばれてますよ」

「サンタクロースじゃねえか」

 思わず叫ぶ。

「知っているのかユーマ」

 やはり白ひげは宇宙人だったのだろうか。

 なんでソリが空を飛ぶのかとか

 聖夜、枕元に気配も無く現れ、プレゼントを置いていく白ひげ。

 超次元的なアレなら理解もできる。


 ユーマはサンタクロースについて、みなに説明する。

「なるほど、それは面妖な・・・・・・。しかし、精霊然り。そのような奇特な者がいるのであれば、某、温かくなるものが欲しくもありますな」

 毛布の塊のまま七味が願い事を呟く。

 できれば衣服を着て欲しい、と思わなくもない。

「ほお。ならオレは酒だな。こう、特上のワインあたりが」

 おじさん達が、うんうんと深くうなずいている。

 酔っぱらって全裸で大通りを駆け抜けないのであれば、呑むのは別に良いと思う。

「お肉・・・・・・叙〇苑」

 マウスが謎の魔法を呟く。

 ある日、帰宅した時はアイドルみたいな衣装だったし、どう見ても写真みたいなものを持ち帰って来たし、行先が想像できた。

「夢がありますよね。ですが、みなさん。精霊祭には続きがあります。『翌年、サンとトマスは、約束のモミモの大木に色とりどりの飾りをつけていきました。精霊様が目印にできるように、と』」

 ニコニコ様子を見ていたウリウリが続きを語り出す。

「『ある雪の降る夜、それはそれは輝くほどに飾り付けられた大木の元に精霊が舞い降りました。そうして彼らは再会を喜び、冬を楽しく過ごしましたとさ』おしまい! つまり精霊さんを呼ぶためにモミモの木を飾り付けなければなりません!」

 ますますクリスマスである。

 しかもそれが約一か月間続くという。

 ぼっちにとって魔の一か月間であろう。

「異世界恐ろしい」

 クリスマスぼっちだった記憶しかないユーマは戦慄した。

 現代のクリスマスならたった二日間「俗物めが」とか1人ごちていれば過ぎ去るイベントであった。

 が、一月も続くとなると恐ろしいという感想しか出ない。

「そう。ユーマ様、察しが良いですね・・・・・・」

 ウリウリの眉間にシワが寄る。

 そういえば、このシスターもぼっちであった。

 見た目、かなりの美少女だが性格というか性癖が大変歪んでいるゆえに。

「ほほう? でもヤるのじゃろ?」

 マウスがイヤらしい笑みを浮かべる。

 何をヤるというのか。

 どうせロクでもない事である。

「やらんぞ」

 道徳的によろしくない。

 不健全である、とユーマは判断した。

「ヤらないとお祝いできませんよ? ユーマさん」

 あろうことか純真の塊とも言えそうなミズホからも不穏なお誘いである。

 ユーマは困惑した。

 クリスマスもどきの時期になると、異世界の女子はみだらなケダモノになるというのであろうか。

 そりゃ現代でも性〇とか冗談で言っていたこともあったが。

「じゃあ、オレ達も混ぜてもらおうかな。みんなでヤった方があったまっていいだろ?」

 おじさん達の白い歯がキラリと光った。

 ますます困惑した。

 風紀が乱れすぎていることに。

 脳内で不健全な光景が展開される。

 やはり道徳的なところは原始的なのかもしれない。

「いやいや、いろいろマズいだろう。一体なんだってんだ」

「みんなヤりますよ?」

「待たれよウリウリ殿。ユーマ殿は異国の出身。手順をご存じ無いのであろう」

 ここに来て、静観していた七味から助け船が出される。

 異世界のゴブリンというと真っ先に非道徳的なことをしそうだが、七味は紳士であった。

「なるほど! じゃあ行きましょう! お姉さんが手取り足取り教えてあげますね♡」

 たぶん年下のウリウリはイイ笑顔を浮かべて言い放つ。



 雪が舞い散る中、ウリウリは振りかぶり、全力で雪玉を投げる。

 さながらメジャーリーガーのようなキレイなフォームである。

 タイツを履いていなければ見えてはいけないものが見えてしまったことであろう。

「GYAAAaaaa」

「しっ!!」

 風を切って飛んでいった雪玉が怪物に命中すると、そいつは断末魔をあげ倒れ伏した。

 赤い中身がこぼれだす。

 血ではなく、魔石の一種らしい。

「と、このように特製雪玉で悪い精霊を仕留めるんです」

「ああ、うん・・・・・・」

 ユーマの手のひらが冷たい。

 手にしたカチカチの雪玉が熱を吸っていた。

「悪い精霊は“スピリットアイ”というキラキラ輝く宝石を持っていまして」

 撃墜され、至るところの転がる悪い精霊の亡骸と赤々としたもの。

「それを職人さんが加工して、飾りつけのオーナメントにしてくれるんですよ」

「ああ、はい・・・・・・」

「おりゃー!! マウスちゃん様砲なのじゃーー!!」

「おい、ちびっこ!! 俺は悪霊じゃねえぇーーーッ!!!」

「おらーーーーッ!!!」

 ウリウリが手取り足取り教えてくれている後ろで雪合戦に興じる面々。

 すでに真っ白けになったミズホがうつ伏せで倒れていた。

 何故かおろしたてのレギンスが、伝線している。

 流れ弾の被害者である。

「それではユーマ様。引き続き悪霊を仕留めましょう!」

 そう言うとウリウリは駈け出した。

 まるで雪の積もった庭を駆けまわるイヌのようである。


「・・・・・・」

 雪玉に視線を落とす。

 ついさっきまで大変けしからん妄想が脳内を駆け巡っていた。

 不健全な世界だと思っていたが、不健全なのはユーマの脳みそであった。

「ええいままよ!!」

 煩悩を振り払うかのように雪玉を投擲する。

 ふよふよ宙を漂っている悪霊に命中すると赤い花を咲かせた。

「なんて非道徳的な・・・・・・」

 雪玉で敵をヤるなどという野蛮極まりない行為。

 辺りで色んな人たちが、雪玉を投げている。

 ちなみにこの行事を“血祭り雪合戦”というそうだ。

 あまりにも原始的で非道徳的な暴力行為。


 だが、やがて楽しくなってくるのだ。

 今年の冬は人生で一番充実している。

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