ゴットンGO
RPGの城とかで見掛けるような石廊下のど真ん中にトロッコが鎮座していた。
「いや、おかしいだろ」
思わず声に出てしまうくらい奇怪な光景である。
塩気で錆びたのであろうか。
全体的に茶色い箱に車輪が付いている。
「確かに妙ですね」
口元に手をあて同意するミズホ。
石の廊下の上にサビ付いたレールが引かれ、薄暗い奥につながっている。
建築した人の頭の中では何を想定していたのであろうか。
「歩くのがメンドクサイからトロッコに乗れ、ということでしょうか・・・・・・」
ミズホはエスパーだったのだろうか。
ユーマの心の声に返答する。
「おお! 知っておるぞ! この間、妙な本で見たのじゃ!」
訝しむ2人を尻目にマウスは、躊躇せず遺跡内に踏み込んでゆく。
妙な本とはカタログのことである。
全ページフルカラーのカタログは『妙な本』とか『グリモア』とか呼んでいるらしかった。
「デズネーラウンドォとかいうヤツじゃろ!」
「読みがちがうの。ディ―――」
「おいやめろ、夢の国に連れ去られるぞ」
言わんとしていることを察したユーマは言葉に言葉をかぶせる。
恐らくスプラッシュ・マ〇ンテン的なアレのことであろう。
「なかなか、良き!」
なにが良きなのか分からないが、マウスがトロッコに乗り込むと縁から顔を出す。
某夢の国なら身長制限に引っ掛かりそうな有様である。
飛び乗った衝撃で、ゴトンという音を立てて、少し動いた気がした。
「マウスちゃん、動き出したら危ないですよ」
見かねたミズホが飛び降りると、トロッコに近づく。
ゴトン
「ん?」
ミズホの体がトロッコに触れた音だろうか。
なにやら小気味良い音がして、トロッコがゆるゆるとレールの上を滑り出していた。
「おお、動いたのじゃ」
「おお」
マウスとチヒロが感嘆の声をあげる。
「え、えええ? マウスちゃん降りてー!」
焦ったミズホが、濡れた石畳で滑る。
そのまま前のめりに転倒。
トロッコ後ろ扉が内側に開き、車内に消えていった。
「おおお!」
ゆるゆると進み始めていた車体が加速する。
「まてまてまて!!」
ユーマは考えるよりも先に足が動いていた。
一足飛びに廊下に飛び降りると走り出したトロッコを追い掛ける。
とりあえず縁を掴んで踏ん張れば、まだ制止が効くはずだ。
「ぬあああああッ!!」
足場が悪過ぎた。
トゥルントゥルンと床が滑る。
きっと長い期間水中に没していたのだ。
床の上一面に海藻が張り付いていた。
「ああああああああッ!!」
通路の奥にぐんぐん進んでゆくトロッコ。
一度走り出したものは、簡単に止まらなかった。
いつまでもトロッコに引きずられているワケにもいかない。
やむなく開いたり閉じたりしている昇降口から飛び乗る。
「おおー・・・・・・」
通り過ぎてゆくチヒロの声。
そして、廊下の側面に並ぶデブ男のボディにタコの頭が乗った邪神像。
様々なポーズを取る、どう見ても邪神像が居並ぶ廊下を爆走していく。
レールの上にも海藻が生えていたらしい。
何の抵抗も無く、車輪がクルクル回転。
「ワクワクなのじゃー!」
暗闇に向かって疾走するトロッコの縁を掴み、幼女は胸を高鳴らせる。
一方、ユーマは飛び込んだ拍子にミズホの上にのしかかる形になり焦っていた。
別に意味で胸がどきどきする。
「ひゃあ!」
「ご、ごめ!! うおおッ」
トロッコ内も海藻が生えているのかトゥルントゥルン滑る。
立ち上がろうにしても体をどかそうにもうまく行かない。
悪意無きユーマのお手手がミズホのアレを鷲掴みにするトラブルが起きたり、逆に踏まれたりする。
その都度、お互い謝罪を口にするが、暗闇の中であった。
「なんか、すまない」
「わ、わたしこそ」
ようやく立ち上がることに成功した2人は、ヌメヌメのベトベトになっていた。
全身からワカメを茹でたような匂いがする。
「お風呂に入りたいです・・・・・・」
ミズホが情けない声を出す。
薄暗くて、よく分からないがきっと悲しい顔をしていることであろう。
ヌメヌメする中、海藻パックとはこんな感じなのだろうか。
などとユーマは現実逃避していた。
トロッコが何度かカーブした時に事故で揉んでしまったアレの感覚が消えない。
意外と純情だった自分に驚く。
「ほんの少し硬めのスポンジのようだった・・・・・・」
ガタガタ騒音を振りまきながら爆走しているからか、ユーマの口から洩れたアレの感想は誰にも届かない。
「しかし」
今どこを走っているのだろう?
カーブも何度かあったとはいえ、直線距離でかなり疾走していた。
風を切る音がビュービュー聞こえるから結構な速度が出ているだろう。
うっすらと見えるマウスのポニーテールがバタバタとはためく。
「行き止まりなのじゃ――――!!」
「え!?」
竜眼とは暗闇でも視界良好なのだろう。
進行方向をガン見していたマウスが叫んだ。
と同時にミズホとユーマの素っとん狂な声が重なる。
シンクロ率100%の瞬間であった。
「どういう事だ!? いや、そんな事よりブレーキ!!!」
壁があるのかレールが途切れているのか定かではない。
爆走するトロッコの速度を考えるとブレーキを掛けた方が早い。
さっき、右に左にごろんごろんしていた時に床から生えているバーを見かけたのだ。
「ブレーキ!? ええっと、これですか?!」
「引け―ッ! もしくは押せッーーー!!」
とりあえず一番近くにいたミズホがレバーに手をかける。
爆走している以上、前後どちらかに動くレバーを倒しても止まるか変わらないかだろう。
「ええいッ!!」
錆びついているせいか、両足を踏ん張り、思いっきりレバーを倒すミズホがうっすらと見える。
カコンッ!
何かが外れる音がした。
「んっ!?」
「んんん???」
だいぶ重そうなレバーの割には、軽快な音である。
「おお、速くなったのじゃ」
「は、反対だーッ!!!」
わずかに増速したトロッコ。
まさか半端にブレーキがかかっていたワケでも無いだろう。
無いだろうけれど、増速した以上、半端ブレーキがかかっていたのだろう。
ユーマが滑る車内を跳躍する。
一足飛びにミズホの元に飛ぶと反対方向へブレーキレバーを倒す。
ギギギッ!
軋むような音がして、レバーがしなる。
そして、
ぼきん!!
折れた。
定番のイベントなのだろうか。
爆速で走るトロッコのブレーキバーが根元からもげた。
それはもう鋭利な刃物で切り落としたかのようなキレイな断面であった。
「・・・・・・すまん折れた」