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ミズホのはじめて

「はっ!?」

 目が覚めるとどこかで見た藁葺き屋根が見える。

「また会ったね」

 見覚えのある幼子が笑いかけてきた。

 どこか遠い世界の小屋の縁側で、何枚も重ねられた座布団を枕に寝かされている。

 さっきまでミズホが迫ってきていた気がするが、錯覚だったのかもしれない。


「やあ。異邦人くん」

 干しだいこんを片手にかっぽう着姿の千代が笑いかける。

 今からごはんでも作るのだろうか。

「千代、さん?」

「うん」

 トントンと軽やかに土間に降りていくと台所に消えていく。

 この神様はどうにも神感が無い。

 包丁片手に干し大根を切り、おたまで壺から味噌をすくうくらいは俗っぽさであふれていた。

 田舎のばあちゃんの家で見た事のあるかまど。

 その上に乗った鍋がフツフツと煮えていた。

「今日は干し大根の味噌雑炊だよ」

 フツフツと煮立つ鍋。

 香ばしい味噌の香りが漂ってくる。

 雑炊など食べたのは、いつが最後だっただろうか。

 風邪で寝込んだ時に作ってもらったのが最後だと思う。


 ネコの絵が描かれた茶碗によそわれた雑炊からふんわりと柚子の香りが漂っていた。

「柚子入り?」

「おや、嫌いだったかな?」

 トントンと縁側に出てくると座布団の上に座りながら千代が尋ねる。

「いや、良い香りだな、と思って」

「それは良かった」


 夢の中だろうと思っていた。

 だって空は近くこそ青空で白い綿菓子みたいな雲が漂っているけれど、離れたところは水墨画のようだったから。

 しかし、木のしゃもじで口に運んだ雑炊は熱々だ。

 ふんわりと舌の上でとろけるような米、少し甘辛い味噌、シャキシャキとした歯ごたえの残る干し大根が食欲をそそる。

 ただ黙々と雑炊を食べる。


 少し先に食べ終えた千代が茶碗を置くと語り掛けた。

「どうだったかな」

 柔らかな風が吹き抜ける。

「少しだけ」

 きっとゴブリン砦の件であろう。

「そう、きっと少しだけ何かが」

 何かが変わったようには思う。

 思うけれど、それが何であるか、言葉に表すのはユーマには難しかった。


「そうだね」

 ふふっと千代が笑うと蒼天を見上げる。


「色んなことが溢れていて、正しいこととかそうじゃない事とかいっぱいあるよね」


「それの何が正しくて、何がおかしいのか判断が難しいことだってあると思う」


「だからこそ、キミは自分の目で見て、触れて、考えて、キミ自身の答えを出せるようになれるといいね」


「でもきっと自分だけでは分からない事とかもあるだろうね」


「そんな時は仲間に聞いてみたら良いと思うよ。仲間ってそういうものだろう?」


「物事の一面だけ見るんじゃなくて、内々の想いや事柄にも目を向けると、きっと世界はもっともっと広くなるだろうから」


「この世界なら妨げなんてなくて、キミはどこまでだって行けるよ」


 元いた世界ほど不自由で無いと思う。

 ロッテンハイマーという都市からマハールに行った時だって、ビザみたいなものを求められたわけじゃない。

 すべての国がそうじゃないとしても、ずっと自由なのだろう。

 旅人たちが、世界の果てを目指して旅をしていたころのように。



「力は・・・・・・。力は大切なものだよ」


「でもね、それは何かに対して振るうものじゃないんだ。外に向けて誇示するものでもないんだよ」


「外に向ける力はゆがみを生む。大きな大きなゆがみを生むんだ」


「だからね、力は守るための、示すためのものなんだと私は思うよ」

 カナカナカナという虫の声が遠くから聞こえる。

 ずっと長い時を生きてきたような、遠い遠いところを見つめているような感じがしていた。

「情報に踊らされない。正しく物事を見通す力。そして抑止力、ということ?」

「どうかな。私は私の言葉でしか無いよ。聴く人の、考える人の数だけ解釈はある。だから私は伝えるだけ」

 白い歯を見せて、にへらと笑い、縁側から飛び降りる。

 桃色の鼻緒がキレイな下駄をつっかけると稲穂が揺れる田畑に向かった。


「はい! おしまい! おばあちゃんだから話が長くなっちゃう。ごめんね」

 くるりと身を翻した千代が笑った。

「異邦人くん。いいや、黄昏有馬くん。キミはこの世界(新土)でもっともっと多くのことを見ていって。それはきっと―――」

 風が吹いて、黄金の稲穂が揺れる。

 視界が白く、白くなっていった。



「ずびばぜんでしたぁぁぁあーーーーッ!!」

 目が覚めるとミズホが号泣していた。

 氾濫した川のように両目からドウドウと涙が流れ出す。

「いきおい余ってしまいましたァァァァ!!!」

 ミズホはジャンプすると、空中でDOGEZAのポーズを取り、右方向に3回転しながら着地する。

 謎の動きに翻弄され、あんぐりと開いた口が塞がらない。

「全身全霊をもってご奉仕いたします!! は、初めてなので、笑わないでくださいね!!」

「この耳かきで!!」

 月の光を浴びた耳かきがキラリと輝いていた。

「あ、はい」


 ―――。

 ――――――。


「快感であった・・・・・・なんという至福・・・・・・」

 ユーマは月を見上げながら恍惚としていた。

 脳内であふれた快楽物質が鼻から溢れそうな錯覚を覚える。


 つい先ほどまで、ミズホの太ももで膝枕してもらいながら耳かきをしてもらっていた。

 耳の中をソフトタッチするような感覚に脳がとろけそうになる。

 耳垢をコリコリと取り除かれる感覚など、うっかり「おほぉぉぉー」などと口走りそうになる快感だった。

 なるほど、耳かきサロンとかいう謎業種が存在する意味も分かる。

 自分で耳かきしても大して気持ち良くないが、人にやってもらうのは・・・・・・。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ、はぁ」

 ベッドの上で着物がはだけたミズホが汗だくで寝っ転がっている。

 絵面だけ見たらイケない事をしたみたいな感じだが、至って健全であった。

 極度の緊張感から解放され、途中から止めていた息をつき始める。




 初めての耳かき。

 ウリウリ仕込みの甘い言葉を掛けながら、耳垢をソフトタッチで取っていく。

 しかも太ももの上に男性の頭が乗っかっている状態でだ。

 勢い余ってブスリとやってしまったら大惨事だ。

「はぁはぁ・・・・・・」

 ミズホは緊張していた。

 珠のような汗が噴き出すくらいには。

 心なしか手が小刻みに震えている。


 なんて甘い言葉を掛けたか分からない。

 なんせ初めてのプレイである。

 うっかり、アレが突き刺さったりなんて事故は許されない。


 ごくり


 生つばを飲み込む。

 精密さが求められる。


 着物が邪魔な気がしてきた。

 普段着ているはずなのに!

 大丈夫、インナーは着てるし!


「はぁはぁ・・・・・・ごくり」

 ミズホは着物をはだけると作業を続行する。

「・・・・・・」

 右耳、左耳、と果てしなく長く感じる時間だったが成し遂げた!


「ふぁぁぁぁーーーーーーーッ」

 極度の緊張から解き放たれ、ベッドの上に転がる。

 いつの間にか呼吸すら制限していたのかゼェハァ息が上がる。

 恍惚とした表情のユーマが幸せそうな顔で窓の外を眺めていた。

(良かった、選択肢2の方を選んで)


 ウリウリに相談したところ「男の子が喜ぶ2選」と称して出てきたのが、『選択肢1:えっちな本』と『選択肢2:快適マッサージ教本』の2つだったのだ。

 契りを結ぶ、つまりは結婚する人としかそういう事はしたらダメ、という習わしの為、選択肢1は除外・・・・・・。

 中身はしっかり見たけど・・・・・・。


 としたら選択肢2しかない。

 何でも教会でもお布施を収めた人にサービスしているらしい。

 大人気なのは、耳かきサービスだとかで技術習得したのである。

 少し大人の階段を登れた気がする。


「・・・・・・ふう、これでゆっくり眠れます。・・・・・・おやすみなさい」

 静かに呟くとやり遂げたミズホは深い眠りに落ちていった。

耳かき…

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