ゴブリン砦攻防戦②
「ギギッ! ガ、ゴガァ!!」
「ギーヨンバレン、ガッッガッ!!」
相対した七味と敵ゴブリンが、奇声をあげている。
ついに野性に目覚めてしまったか、とユーマは目頭を押さえて嘆いた。
腰ミノ半裸に飽き足らず、奇声まであげるようになるなんて・・・・・・。
腰に下げて蛮刀を外し、床に置くとボクサーみたいなファイティングポーズで構える。
「ギギッ!? ガ、ガゴア!?」
なぜか動揺している敵ゴブリン。
まあ格闘戦を挑んでくるゴブリンなんていないんだろうなぁ、とかぼんやり考えるくらいには、ユーマは余裕であった。
「ガッ!! ガガッ!!」
七味は続けて、マッチョな胸筋をドラミング。
数秒固まった敵ゴブリンも手にしたシミターを投げ捨てるとドラミング。
「ガッ!! ガッガ!! ギーヨンギーヨン!!」
「うむ、なんて言っているか全然わからん」
ユーマは、ゴッデスポイントで翻訳機能でもつけようかと血迷いかける。
だがゴブリン語を学んだところで使い道がない。
たぶん。
「ふふふ、我が名はマウス・トゥ・ヴェサ・エレクトロニカ28! 我とステゴロで戦うのじゃ!」
一方、マウスはマウスでもう一体のゴブリンの前で仁王立ちし高笑いしていた。
石畳にはポッキリと折れたシミターが突き刺さっている。
「ギギィ・・・・・・!!」
片膝をついた敵ゴブリンが悔しそうに唸った。
塀を乗り越えて飛び掛かってきたゴブリンの手には、シミターが握られていた。
日光を浴びてギラギラ光る刀身は、マウスに白刃取りされ、折れた。
ポッキリと。
まるでプラモの細いランナーが折れるみたいに。
(なんちゅう脆い剣じゃ・・・・・・)
ユーマの脳裏に見知らぬおっさん3人の声が響く。
気のせいであった。
だが、そんなことで怯むゴブリンではない。
どこに隠していたのか、千枚通しのような刺突武器で突っ込んでくる。
「ホワチャーーーーーッ!!!」
「ギャオーッ!!」
残像を残しながら躱した幼女の尻尾が持ち手を打ち据える。
苦悶の表情を浮かべ、千枚通しのような武器を手放すと距離を取り、今に至るわけだ。
「いったいどうすれば良いんだ?」
とりあえず観戦しておけばいいのだろうか。
騎士道に則って一対一で戦う風習はあるのだろうか。
前線では、無差別バトルが繰り広げられているのに問題ないのだろうか。
などとどうでも良い事が頭を巡る。
「ギーヨンバレン!! ガッガッ!!」
「拳で戦ったことは!?」
「ガッ! ガッ!!」
「よろしい! かかってくるのじゃ!!」
ところ変わればゴブリンだって礼節を重んじるんだろうか。
立ち上がり、胸筋をドラミングからの一礼。
マウスも一礼。
とても言葉が通じているようには思えない2人が駈け出した。
石畳を蹴って2人が跳躍する。
「ぎゃわーーーッ!!」
「ギャギィ!!」
お互いの拳がほっぺにめり込む。
数歩、後ずさると体勢を整え、再度、前方に跳躍する。
目にもとまらぬ速さで拳が繰り出され、お互いの汗だか唾液だかが飛び散る。
マウスの目がキラキラ輝いている。
ゴブリンの目もキラキラ輝いている。
「やるなッ!?」
腹パンされたマウスが吹っ飛ばされながら捨て台詞を吐いた。
「ギッ!!」
ターンターンとその場で軽く跳ねながらゴブリンが挑発する。
「なのじゃー!!」
緑色の疾風と化した幼女が突っ込んでいく。
「いやー・・・・・・生々しいなあ」
ユーマは頬杖をついたまま成り行きを見守る。
どうにもこうにもファンタジーな世界観のはずが、戦闘行為に関して言えば乱闘戦か格闘戦が多い。
剣がきらめき、魔法が飛び交うなどというものを見た記憶がとんとない。
「腕が千切れたり、人が丸焼きになるスプラッタな光景は見たくないけど」
絞めワザを掛け合う七味とゴブリンの方をチラ見する。
グルグルパンチを繰り出すマウス。
キックボクシングよろしく、あまり長くも無い足で蹴りワザを繰り出すゴブリン。
「チンパンが多くて結構」
きっと世界的には剣や魔法が飛び交う戦場もあるのだろう。
一度は見てみたいとも思わなくないが。
「なに!? 背後を取られているだと!?」
ナントカ団のおっさんが振り返るのが見える。
手にはギラリと光る刃物。
「あ」
味方であっても刃渡り何十cmもの凶器を手に駆けつけてくるサマは怖い。
しかもライン戦でゴブリンを斬ったのだろう。
刀身が血まみれ。
僅か数秒のことであった。
「マウスッ!!」
ユーマは叫び、木箱から飛び降りた。
ゴブリンと揉み合うマウスが振り返る。
その目には、振り下ろされる刃物が映る。
「くたばれバケモノども!!」
ゴブリンもろとも斬り捨てようとする意志を感じた。
理由など聞かれても困るがユーマが遅れて駈け出していた。
刹那、揉み合っていたゴブリンと目が合う。
少しだけヤギみたいな瞳孔が横長だったけれど、キラキラしたキレイな目をしていて、マンガやゲームで見る怖い目では無くて。
「ぎゃん!!」
思いっきり蹴り飛ばされたマウスが石畳に転がる。
びゅん!
緑色の腕がクルクルと宙を舞い、バッと真紅の花弁が散った。
「ギャアアアアアッ!!!」
振り抜いた刃物がゴブリンの腕だけを寸断し、刃先はマウスの鼻先をかすめていった。
「この野郎!!」
「ぐがッ!?」
イヤらしい笑みを浮かべる男にタックルをぶちかますユーマ。
男はもんどりうって倒れると打ちどころが悪かったのか伸びてしまう。
「お、おぬし!?」
マウスを”かばって”倒れたゴブリンの腕から赤い血がどくどくと溢れる。
「なんでじゃ!?」
「死ぬな! まだ勝負がついておらん!!」
筋肉質で、だけど少し下腹が出ていて、キラキラした子どものような目をしたゴブリンが少し茶けた歯を見せる。
何かつぶやいたような気がした。
そして。
ゆっくりと瞼が落ちていった。
「のう」
突っ伏したゴブリンを幼女がつつく。
「・・・・・・のう。まだ、決着がついておらんのじゃ・・・・・・」
石畳の溝を赤い筋が伸びてゆく。
「起きよ・・・・・・。死んだフリとか卑怯なのじゃ」
うつむいた小柄な体が小刻みに震えていた。
相変わらず前線で怒号と断末魔のような叫び声が聞こえていた。
ユーマにはよく分からぬ。
でもきっと”闘い”と”戦い”は違うのだろう。
きっと本当の意味はもっと複雑で、難解で、平和な時代に生まれたユーマには理解できないものだろう。
彼らはお互いを憎んで殺し合いたいほどなのだろうか。
相容れないのだろうか。
それなら仕方が無いね、としか言えないけれど。
そんなに単純じゃないと思いたい。
確かに刃物を振りかざして襲ってきたけれど。
殴り合いの誘いに応じてきたし、チンパンバトルの彼らの目はキラキラして楽しそうだった。
少し離れたところで七味と相手のゴブリンが立ち尽くしていた。
きっと戦わなくてもよい戦いだったんじゃないだろうか。
世の中、そんな単純じゃないことも分かっているけれど。
それでも―――。
「もうたくさんじゃ」
お目目が真っ赤になったマウスが呟いた。
鼻水をズズッーとすする。
「もう! 殺し合いなんぞ!! 何もおもしろうない!!!」
吼えた。
「ああ、おもしろくない。同感だな」
実際に死んでないから映画とかゲームは面白いのだ。
「もう! 帰るのじゃ! 何もかも破壊して!!」
幼女は激怒した。
背の翼をはためかせ、くるりと身をひるがえすと暴風が吹き荒れる。
人もゴブリンも殺し合いの手を止め、暴風の発生源を見つめる。
木箱が巻き上げられ、空中でバラバラに砕け散っていった。
組み上げられた城壁がギシギシ鈍い音を立てる。
心なしか雲の流れが速くなった気がする。
「ドラゴンだ・・・・・・」
誰かが呟いた。
粉々になった木片が降り注ぐなか、見上げた先には身の丈10mほどの黄色い鱗の竜が舞っていた。
青い宝玉のような眼球に金色の瞳孔。
そのドラゴンの開かれた口先に白く弾ける光球が現れる。
本物を見た事なんてこれっぽっちも無いけれど、何となく高圧電流の塊なんだろうな、とユーマは考えていた。
「やっべぇ!」
その瞬間、駈け出していた。
城壁の飛び出したところに足を掛け、跳躍する。
手を伸ばした先にはマウスのゴツゴツした長大な尻尾。
学生時代、走り幅跳び以来の大ジャンプであった。
尻尾のウロコを掴み、よじ登る。
バチバチした衝撃を感じるが、それどころでは無い。
羽ばたく翼に振り落とされかけながらも後頭部? にしがみ付く。
と同時に大気が震えた。
雷が落ちた時みたいな衝撃が走り、ユーマの衣服がビリビリ引き千切れていく。
指先が痺れるような感覚がある。
一方、光球の塊が一段と白く、激しく輝くと極太の白色光線もとい電撃のブレスが放たれた。
眼下の砦に向かってジグザグに進むブレスが組み上げられた石壁を溶断する。
直撃した石はドロリと溶け、周りのものは巻き上げられるように辺りに飛び散りながら破壊されていく。
「マウス! しっかり狙え!!」
マウスの角を掴み、ユーマが叫んだ。
ただでさえもジグザグに進むのに、かなり大雑把に打ち出されているのだ。
砦が轟音を立てて崩壊していく中、敵味方共に悲鳴をあげながら逃げ惑う。
もたもたしている騎士が雷光の中に掻き消えそうになる。
「ふんぬぅうっぅぅううううーーーーーッ!!!」
手綱を引くように思いっきり角を引っ張る。
僅かに射角が変わり、九死に一生を得たようだ。
「ああああああーーーーーーーッ!!!」
何故ドラゴンのブレス攻撃を制御せねばならないんだろう。
ビリビリ痺れて、衣服が弾けるように破れていく中、ユーマは一生懸命だった。