ケダモノ…!
ユーマの手がプルプル震える。
ドローンってそんなに高いんだ!?
実際のところドローンを買ったことが無いユーマには分からぬ。
兎にも角にも細心の注意を払いながら電源を入れ、ドローンを立ち上げる。
涼しげな顔で淡々とこなしているが、当然のようにいじった経験が無かった。
なんとなくラジコンヘリみたいな感じだろう。
コントローラーに付いている画面を見ながら2本のスティックで上昇、下降、旋回とかやるのだ。たぶん。
「使い魔発進!」
右か左どっちのスティックが上昇だ!?
説明書きは無い。
右側のスティックを前に押し込むとドローンが静かに上昇する。
ほっと安堵のため息をつくが、ここから手元の操作だけで大冒険しなければならないのだ。
たぶん、たぶんだ。
右のスティックを後ろに倒すと下降するはずだ。
昔遊んだ戦闘機だかヘリコプターのゲームではそんな感じだった。
少女たちが見上げる中、使い魔もといドローンの試運転が行われる。
ドローンが右に、左に旋回。
ユーマ達の首も右に、左に旋回。
「かわいいですね。右往左往してますよ」
もはや手元のモニターなんてこれっぽっちも見て無いし、なんだったら手元のスティックすら見ていなかった。
ユーマがコントローラーで操作しているとかは重要じゃないので伝えない。
なぜならバッテリーがもたないのでは、という恐れから余裕が無いからだ。
かと言って慣れないまま飛ばして、ぶつけない自信は無い。
上昇、下降・・・・・・とりあえず無難に操縦出来る頃には、体感15分ほど経過していた。
や、やばい!
このままではテスト飛行しただけで終わってしまう。
「ま、魔力が底を尽きそうだ・・・・・・!!」
ユーマは苦し気にうめく。
別に魔力なんてものは存じ上げない一般ピーポーである。
とりあえず、それっぽい事を言ってみただけである。
「え・・・・・・、え、えっと。す、少しだけなら吸っていいですよ?」
何故か顔を赤らめたウリウリがモジモジしだす。
何を吸えと言うのか。
なんちゃらドレインとかいうのが異世界ではあったりするのだろうか。
「いえ、結構です」
HENTAIシスターが顔を赤らめるということは、だいたいロクでもない事である。
キッパリとお断りする。
雷に打たれたみたいなウリウリの顔。
ドローンが夜闇を裂いて砦に接近する。
本体の色が黒いのも相まって、うっかりすると見失ってしまいそうになる。
外壁に沿って上昇し、まずは上の配置がどうなっているかを確認。
猫背で七味よりも小柄でメタボなゴブリンが2体1組でウロウロしている。
角の踊り場にもゴブリンが2~3体・・・・・・だいたいが仰向けに倒れ、惰眠を貪っていた。
「サボりか・・・・・・」
モニターに映るサボりどもに悪態をつく。
「八雲の悪鬼と違って怠惰なんですね・・・・・・」
ミズホが手元のモニターを覗き込む。
もはやコントローラーに対して、何のツッコミもない。
「悪鬼はまじめなのか」
「ええ、そりゃあもう。真面目に人や家畜を襲い、畑を荒らし、家屋の戸を釘で固定したり」
独り言のつもりだったがミズホが応答する。
異世界・日本こと八雲の鬼事情なんてどうなっているか知らんが、どうやら勤勉な鬼らしい。
勤勉というかなんというか。
悪さをする側は怠惰であって欲しい。
「そんなマジメは迷惑だなぁ」
今度こそ1人ごちりながらコントローラーを操作する。
割とサマになってきた気がしないでもないが、バッテリーがヤバいのではないだろうか。
上空を旋回し、ざっと防壁上だけで30体ほどのゴブリン。
「まともに相手したら1人あたり7.5体のゴブリンとバトルか。これはいけないなぁ」
まさか中は無人、なんてことは無いだろうから外だけで数的不利である。
なお戦闘要員としてユーマは含まずであった。
プロのサッカー選手に混じって、一般ピーポーが世界大会に挑むくらいには無謀であった。
しかも鈍器やら刃物をぶらさげている野蛮人たちである。
命がいくつあっても足りないだろう。
とりあえず室内も見てみたいが、電波が届かなくなるのではなかろうか。
そう思うと迂闊な操作はできない。
中が見えそうな隙間に近づいたりしながらフラフラ飛行。
「あ、ユーマさん! 戻してください!」
さっきからモニターをガン見していたミズホが小さく叫ぶ。
彼女から爽やかなジャスミンの香りがする。
「え、どこ? 手前?」
良い香りに気を取られて、どこに戻したらいいのか見失うユーマは雑念に襲われている最中であった。
「右、えっと右後ろ? です!」
ドローンが長い廊下の外壁に沿って移動している。
右後ろというと通り過ぎた塔? の銃眼のことか。
右旋回したら壁にぶつかるので左旋回して、目標地点に再接近。
「えっと、左下の隙間です」
いくつか銃眼がある中の左下に接近するが、映し出される映像は視界不良であった。
「裸のおじさんが虐げられています!」
ミズホの目は暗視ゴーグルなのだろうか。
兎にも角にも知りたくない情報がもたらされる。
「え、マジで?」
「はい、マジです! 強いられています! 何かを」
イヤだなぁ、全裸のおじさんが捕まっているとか。
別におじさんだからとかでは無い。
数的に不利、ゴブリン以外いない、無理ダメ絶対ということで断る算段だったのだ。
それがどうだ。
どこの馬の骨かも分からないおっさんが捕まっているという。
絶対、救出作戦が展開されるヤツじゃん。
ユーマは考えた。
この難局を乗り切るための悪知恵を、うんと考えた。
ダメだ。これは打開策が無い。
「はー・・・・・・」
大きな、それはそれは大きなため息をつく。
「「「あ」」」
そしてモニターに視線を戻したところで誰彼無しにマヌケな声が漏れた。
たぶん同時に漏れたんじゃないかと思うくらいには、キレイなハーモニーを奏でていた。
ヤギみたいな横向けの瞳孔に、歯科医も真っ青になるようなガチャガチャの歯並びの緑色のゴブリンがでかでかとモニターに映っていた。
反射的に右のレバーを上昇に入れる。
視界は変わらず、映っているゴブリンがイヤらしく嗤った。
おいしそうな食べ物を見つけた時みたいなウキウキした顔をしていた。
直後、口内炎っぽいものが出来まくっていて、謎のイボイボだらけの舌がモニターを遮った。
ぷつり
電源が切れた。
「!!!!!」
突然の死!!
舌でべろりんちょされただけで壊れてしまったのだろうか。
なんちゅー脆いドローンじゃ、ユーマの脳裏に見知らぬおじさんの顔とセリフがよぎる。
「使い魔さんを食べるなんて・・・・・・ケダモノです!」
ミズホがわなわなと身を震わせながら吐き捨てた。
「け、ケダモノ・・・・・・!!」
ごくり、という生唾を飲み込む音とともに要点では無いポイントに興味を示す聖、もとい性職者。
しかし状況は芳しくなかった。
壊したり紛失すると罰金19万円である。
ハ●ーン様にはしばらく黙っておくとして、何とかして回収せねばならない。
庶民であるユーマにとって19万円は大金であった。